第25話:着信拒否の逆流と、温泉旅行のVIPパス
映画のエンドロール。
世界最高峰のシアターシステムが奏でる、重厚で美しいオーケストラ。
薄暗くしたリビングのソファに深く沈み込み、リラックスタイムを満喫する。
ブーッ、ブーッ、ブーッ。
テーブルの上のスマホが下品な振動音を立てた。
画面の表示は『非通知設定』。
「カケル君、こんな時間に誰だろう? また迷惑なセールスかな?」
隣で高級ポップコーンを食べていた未亜が小首を傾げる。
通話ボタンをタップする。
『――ガハハハハッ! 震えて眠れ、天羽カケル!』
耳をつんざくようなダミ声。
俺をクランから追放し、最近破産して裏社会に逃げ込んだ元クランマスターだ。
庭に半グレどもを差し向けたのはコイツらしい。
『今頃、お前のボロ家は俺の雇ったAランクと最強の部隊に包囲されているはずだ! 俺のクランを崩壊させた恨み、たっぷりと――』
「すみません、映画の余韻が台無しになるんで切りますね」
画面から耳を離す。
絶対遮断領域で外の騒音をシャットアウトしたのに、電波を通して直接怒声が入り込んでくる。
明確なバグだ。
視界の端で『論理最適化』のスキルを起動。
半透明のホログラムウィンドウを展開する。
『プロセス:迷惑電話の受信』
『ステータス:不快な魔力通信網の接続』
『警告:住人のリラックスタイムの著しい阻害』
真っ赤なエラーログ。
対処法はシンプル。スマホの『着信拒否』機能だ。
ただし、ただ切るだけでは別の番号からかけてくる。迷惑メールの送信元に、スパムデータをそのまま送り返してサーバーをパンクさせる要領で、逆流スパイクを仕掛ける。
ターゲットを『通信元の魔力網』に設定。
着信拒否のボタンを押すと同時に、ノイズのベクトルを極大に反転させ、相手の通信設備へと一気に叩き返す。
カチリ。
赤いエラー表示が『正常』へと切り替わる。
ピッ。
通話切断。
再び、リビングに映画の美しいBGMだけが響き渡った。
「カケル君、大丈夫だった?」
「ああ。ただの間違い電話だったよ」
無料デリバリーされた冷えたコーラを飲み干す。
同時刻。
東京都心の地下深く、違法な魔力シールドに守られた裏社会のセーフハウス。
元クランマスターは、突然切れた通信機を手に呆然としていた。
「あ、あいつ……俺の宣戦布告を、ガチャ切りしやがった……!」
直後。彼の手の中の通信機が、異常な高熱を放ち始める。
「な、なんだ!? ぎゃあっ!?」
通信機を床に投げ捨てるが、遅い。
送り込んだ『逆流スパイク』は、通信機を起点としてセーフハウス内のすべての魔力設備に伝播していた。
バチバチバチッ!
照明が吹き飛び、違法な防衛システムが次々とショートしていく。
蓄積されていた高純度魔力バッテリーが、限界を超えて膨張を始める。
ドゴォォォォォンッ!
「ひ、ひぃぃぃぃぃッ! 俺の、俺の最後の隠れ家がァァァッ!」
莫大なエネルギーの逆流による完全な自爆。
安全圏にいたはずのクランマスターはすべてを失い、崩れ落ちる瓦礫の下敷きとなって気絶した。
――翌朝。
遅めの朝食のトーストをかじっている頃。
政府直轄の特命対策室。
派遣された政府の特命官が、モニターに映る人工衛星の映像を見てワナワナと震えていた。
「ば、馬鹿な……。これは、いったい何の冗談だ……!」
映像には、俺のアパートの庭が映し出されている。
ツルツルと滑りながら地面にへばりつき、シャカシャカと手足を動かしている漆黒の重甲冑。
「特命官! この異常な魔力波長……裏社会のテロリストが極秘開発したとされる、国家転覆用の『違法装甲ゴーレム』です!」
「なんという悍ましい兵器だ! あれが拘束を解いて動き出せば、首都圏など数時間で火の海になるぞ!」
特命官が頭を抱え、絶望の叫びを上げる。
「あのFランク探索者は、自らの庭で世界を滅ぼす爆弾を必死に抑え込んでいるというのか! すぐさま軍の第一空挺団を動かせ! 標的はあのボロ家だ!」
ブーッ、ブーッ。
トーストをかじっていたスマホが震えた。
表示は『内閣府・特命対策室』。
応答ボタンをタップする。
「はい」
『天羽様ですか!? わたくし、政府特命官の――』
悲鳴のような声。
『モニターで拝見しました! テロリストの違法装甲ゴーレムを庭に拘束し、一人で抑え込んでいるのですね! 今すぐ第一空挺団を向かわせます! どうか耐えてください!』
「ああ、あの黒い粗大ゴミ。地面にくっついて動かないんで、もう放っておいていいです。軍隊とか来たら、昨日頼んだ庭の芝生工事の邪魔になるんで」
『そ、粗大ゴミ!? 動かない!? 違法ゴーレムをただの庭のオブジェ(カカシ)扱いですか!?』
「それより、昨日から物騒なんで連れと温泉旅行に行きたいんです。軍隊動かす予算あるなら、最高級の温泉旅館の永久無料VIP宿泊パスとか手配できませんか」
『お、温泉旅行!? 違法ゴーレムを庭に放置して!?……わ、わかりました! 即座に超高級老舗旅館『天月閣』の最上級スイートを、一生涯無料・貸し切り扱いでご用意いたしますゥゥッ! だから軍への刺激だけは!』
ピコン。スマホにブラックカード級の電子パスが届く。
これで極上のバカンスもタダだ。
「カケル君、お出かけするの?」
「ああ。最高級の温泉がタダで取れた。こないだ直した地下の車で行こう」
地下の整理された空間。
旅行のために魔改造した『無音エコカー(元・魔導装甲車)』の運転席に乗り込む。
しかし、エンジンをかけた瞬間。
車のホログラム・カーナビが、操作を受け付けず、勝手に奇妙な目的地を設定して赤く明滅し始めた。
『――目的地:富士樹海・未踏破S級領域』
平和なバカンスの行き先に、未知のバグが強制的に割り込もうとしていた。
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