第23話:訪問販売のミュートと、絶対遮断領域
冷房の効いた快適なリビング。
大画面テレビで流れる映画が、ちょうどクライマックスを迎えようとしていた。
その良いところで、窓の外からガサガサと不快な物音が響く。
「カケル君……なんか、外に誰かいるみたい……」
未亜がクッションを強く抱きしめ、怯えた声で身を寄せてくる。
窓の外から伝わる、複数の荒々しい気配。柄の悪い男たちの怒声や、金属がカチャカチャと擦れる音が微かに漏れ聞こえる。
先日のドライブの際、駐車場で空の彼方へ吹き飛んでいった連中の仲間――元クランの半グレの本隊が、徒党を組んで押し寄せてきたのだろう。
だが、俺にとっては知ったことではない。どうせ、また怪しい宗教の勧誘か、光回線の悪質な訪問販売だ。
どちらにせよ、映画のセリフが聞こえないのは明確なバグである。
「いいところなのに邪魔だな。近所迷惑だろ」
リモコンをテーブルに置き、視界の端で『論理最適化』のスキルを起動。
半透明のホログラムウィンドウが、空間に展開される。
スマホのシステム設定画面と同じインターフェース。
『プロセス:外部環境からの干渉』
『ステータス:物理的・音響的ノイズの侵入』
『警告:住人のストレス値の上昇』
真っ赤なエラーログ。
これを解決するのに、小難しい結界魔術や迎撃の呪文などいらない。
やることは、玄関の『チェーンロック』をかけ、テレビのリモコンで『ミュート(消音)』ボタンを押すだけだ。
一軒家の敷地境界線をターゲットに設定。
物理的な侵入を完全に弾き返す『チェーン』の論理と、音波の振動を強制的にゼロにする『ミュート』のベクトルを空間に上書きしていく。
カチリ。
赤いエラー表示が、流れるように『正常』へと切り替わる。
ピタッ。
外界のあらゆる音が、完全に消失した。
風の音も、遠くの車の走行音も、外で蠢く男たちの足音すらも。
窓の外を見ると、半グレどもが血走った目で怒号を上げながら、ドアを蹴り破ろうとしたり、武器で窓ガラスを叩き割ろうとしている。
だが、そのすべてが見えない壁に阻まれ、振動一つ、音一つ伝わってこない。
声を出さずに大げさな身振り手振りを見せる、出来の悪いサイレント映画のコメディアン。
「よし。これでテレビ聞こえるね」
「うんっ! カケル君、すごい静か! 映画館みたい!」
怯えていた未亜の顔に、パッと明るい笑顔が戻る。
持ってきたコーラとポップコーンをテーブルに置き、再びソファに深く腰を下ろす。
画面の中で繰り広げられるアクションシーンの大音響と、未亜の楽しそうな笑い声だけが、空間を満たしている。
外で殺意を剥き出しにして喚き散らす道化どもなど、この平穏な日常には指一本、音一粒すら届かせることはできない。
求める『究極の引きこもりインフラ』は、また一つ完璧なピースを手に入れたのだ。
――だが。
外界から完全に切り離された家の外側では、絶対的な『絶望』が到着していた。
「くそっ! なんだこの見えない壁は! どんなスキルを使っても傷一つ付かねえぞ!」
「音も出ねえし、どうなってんだこのボロ家!」
ミュートされた空間のすぐ外で、半グレの男たちが悪態をつきながら息を切らしている。
その時、彼らの背後の空間が、ガラスのようにパリンと割れた。
「……あ?」
振り返った半グレたちの顔が、一瞬で恐怖に凍りつく。
そこに立っていたのは、漆黒の重甲冑。
ダンジョンの管理者アドミニストレータが、対象カケルを排除するために直接スポーンさせた真の絶望。
対イレギュラー用エージェント『黒騎士』。
黒騎士が、無造作に腕を振るう。
悲鳴を上げる暇すらない。ただそれだけで、半グレどもはボロ雑巾のように吹き飛び、遥か彼方の空の星となって消え去った。
圧倒的な暴力の顕現。
邪魔者を排除した黒騎士は、赤いバイザーの奥で一軒家を捕捉し、ゆっくりと歩みを進める。
絶対の防音結界に守られた、平和な要塞に向けて。




