第22話:五十億円の装甲車と、モバイルバッテリー式エコカー
綺麗にラベリングされた地下空間。
片隅の『不要品』エリアに転がる、巨大な黒焦げの鉄の塊。
昨日、空間ごと収納した際に見つけた粗大ゴミを、腕組みをして見下ろす。
ひしゃげた装甲。焼け焦げた砲塔。
俺を追放した元クラン『蒼天の剣』が、ダンジョン内で自爆させて放棄した五十億円の最新鋭魔導装甲車だ。
破産した連中が置き去りにしたゴミ。だが、未亜の足も治った。遠出の旅行のマイカーとして再利用する。
運転席に乗り込み、魔力を流す。
ガガガガガッ! ドルルルルッ!
凄まじい轟音と、内臓が揺れるような激しい振動。
五秒で頭痛がしてきた。旅行どころではない。
視界の端で『論理最適化』のスキルを起動。
半透明のホログラムウィンドウが、フロントガラスに展開される。
『プロセス:魔導装甲車の駆動系』
『ステータス:魔力炉と駆動軸の直結』
『警告:極端な騒音・振動による搭乗者の疲労増大』
真っ赤なエラーログ。
出力の高い魔力炉を、そのままタイヤの回転軸に直結させている。それが無駄な爆音と振動の原因だ。
ホログラムパネルを操作する。
軍事用の小難しい魔力制御などいらない。
大容量の『モバイルバッテリー』と、『静音設定の扇風機』の組み合わせと同じ理屈だ。
重くてうるさい魔力炉は、タイヤを回す役割から完全に切り離す。ただ電気(魔力)を作るだけの「充電専用」に設定。
そして、駆動系には先日ゴーレムを無音化した『摩擦ゼロ』の論理を組み込んだ、扇風機のような静音モーターを独立して配置する。
魔力炉はバッテリーを充電するだけ。走るのはモーター。
極めてシンプルで合理的なエコカーの構造。
カチリ。
赤いエラー表示が、流れるように『正常』へと切り替わる。
シュゥゥゥ……。
焼け焦げていた無骨な装甲が不要なパーツをパージし、滑らかな流線型へと変形していく。
広々とした車内空間を持つ、漆黒のスマートなファミリーカーの完成。
アクセルを踏み込む。
……無音。
床からの振動もゼロ。高級ホテルのソファに座ったまま、景色だけが滑らかに後ろへ流れていくような感覚。
究極の移動式引きこもり部屋。
そのまま地下のゲートを抜け、地上へと車を出す。
助手席に乗った未亜が、ふかふかのシートに身を沈めて歓声を上げる。
「すごいっ! 中はこんなに広いのに、すっごく静か! カケル君、これ買ったの!?」
「いや、地下に落ちてたゴミ拾って直しただけ。これで、今度旅行に行こう」
「うんっ! 楽しみ!」
クーラーボックスから冷えたジュースを取り出し、乾杯する。
車内は完全にプライベート空間。外の熱気も騒音も一切届かない。最高のドライブ日和だ。
――その直後だった。
一軒家の駐車場に潜伏していた、元クランの半グレ工作員たち。
彼らは五十億円の装甲車を奪い返し、ついでにカケルを消すために、凶器を片手に道路へ飛び出してきた。
「死ねやぁぁッ!」
だが、半グレたちが車の前に立ち塞がった、次の瞬間。
シュォォォォォッ!
『摩擦ゼロ』の論理を組み込まれた漆黒のエコカーは、一切のタイヤの摩擦音も、風切り音も立てず、物理法則を無視した異常な滑らかさで彼らの横をすり抜けた。
あまりの静けさと規格外のスピードに、半グレたちの視神経は車の軌道を捉えることすらできない。ただ、幽霊のように通り抜けた装甲車が巻き起こした『真空の衝撃波』だけが、彼らの身体を錐揉み回転させながら空の彼方へと吹き飛ばしていく。
「「「ぎゃあぁぁぁぁぁぁっ!?」」」
遙か上空へ消えていく断末魔。
しかし、完全防音の車内には、外の悲鳴など一切届かない。
「ん? 今、道路の段差か何か踏んだか?」
「え? 全然揺れなかったよ? さすが高級車だね!」
「そうだな。乗り心地は完璧だ」
ミラーを一瞥すらすることなく、アクセルを踏み続ける。
窓の外には、夏の青空と海が広がっている。
世界を裏から支配するシステムも、元クランの薄汚い残党も。俺が求める『完全自動化された堕落インフラ』の前には、ただの路傍の石に過ぎなかった。




