第21話:クローゼットの整理収納と、非課税特権
地下室の扉を開ける。そこには地平線が広がっていた。
「……は?」
むき出しの岩肌。どこまでも続く広大な荒野と、淀んだ地底湖。
昨日まで、ここはただの薄暗い地下室だったはずだ。
視界の端で『論理最適化』のスキルを起動する。
半透明のホログラムウィンドウが、空中に展開された。
『プロセス:空間領域の自動拡張』
『ステータス:周辺の7ダンジョンが接続・併合』
『警告:無駄なデッドスペースの肥大化』
ポーション工場や空調システムを極限まで最適化した結果、地下の魔力環境が良くなりすぎたらしい。
快適な環境に引き寄せられるように、近隣のダンジョンが勝手にくっついてきてしまったのだ。
舌打ちをする。
こんなに床面積が広がったら、固定資産税が跳ね上がってしまう。
特権で光熱費はタダになったが、税金の手続きはとにかく手間だ。それに、広すぎると移動するだけで疲れる。
ホログラムのパネルを操作する。
広大な空間を削り取る、小難しい大魔術など必要ない。
やることは、服やガラクタで溢れかえった『クローゼットの整理収納』とまったく同じだ。
まずは、空間内に散らばる魔力の動線を「日常使い」「保管用」「不要品(モンスターや罠)」の三つのカテゴリに完全分類する。
そして、使わないデッドスペースを極限まで圧縮。
動線がひと目でわかるよう、魔力の流れごとに『ラベリング』を施し、定位置を決めていく。
カチリ。
赤いエラー表示が一斉に『正常』に切り替わる。
ズギュゥゥゥンッ!
地鳴りとともに、無限に広がっていた荒野が折りたたまれるように収縮していく。
数秒後。
そこには、無駄な空間が一切排除され、金属質のパネルで美しく区切られた、システマチックな秘密基地が完成していた。
ポーションの抽出ラインも、空調の魔力チューブも、すべてが完璧な配置で収まっている。
「わぁっ! すごく綺麗になってる!」
階段を降りてきた未亜が、目を輝かせた。
「カケル君、本当に収納上手だね! どこに何があるか、ラベリングされてて凄くわかりやすい!」
「ああ。無駄なスペースを圧縮して整理した。これで税金も上がらないはずだ」
満足げにうなずいた直後、スマホが震えた。
画面には『保安庁長官』の文字。
「はい」
『天羽様ァァッ! い、今、関東圏に存在していた七つのA級ダンジョンが、レーダーから一瞬で消失しました!』
「ああ、うちの地下に勝手にくっついてきて広くなったんで。クローゼットの整理みたいに圧縮して収納しときました」
『しゅ、収納……!? 空間の断層を折りたたみ、七つの異界を一つのクローゼットに……!? 神話の創造神すら凌駕する、絶対的な空間支配!』
電話の向こうで、長官が酸欠を起こしたように喘いでいる。
「それより、地下が勝手に広がったせいで、固定資産税の査定とか来たら面倒なんですけど」
『こ、固定資産税!? とんでもない! 空間圧縮の偉業に対し、国家が税を徴収するなど! 本日をもって、天羽様の所有する土地・空間の非課税特権を永久に確約いたします! さらに、収納術の顧問料として毎月一千万円を――』
「現金はいいです。代わりに、連れと一緒に食べるちょっといいプリン、毎日届くように手配してください」
『プ、プリン……!? し、承知いたしましたァァッ!』
通話を切断。
これで税金の悩みも完全に消え去り、極上のデザートも確保された。
無駄なく整理された秘密基地を眺めながら、究極の引きこもり生活の完成度に深く満足する。
――だが。
究極の引きこもり環境が洗練されていくその裏で、新たな火種はすぐ足元に転がっていた。
綺麗にラベリングされた地下空間。
その一番奥、『不要品』エリアに、巨大な「黒焦げの粗大ゴミ」が転がっている。
俺が元所属していたクラン「蒼天の剣」が自爆させて失った『五十億円の最新鋭魔導装甲車』の残骸だ。
ダンジョンの併合に巻き込まれ、ここに流れ着いたらしい。
次なる快適な移動手段の素材が、暗がりの中でひっそりと出番を待っている。
そして地上では。
消滅した元クランの残党に雇われた薄汚い工作員たちが、標的の一軒家に向けて静かに歩みを進めていた。




