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第20話:換気扇の逆回転と、真夏のコタツ

焼け焦げるような蝉の声。

連日の異常気象による猛烈な熱波が、一軒家の壁を容赦なく炙っている。


「カケル君……私、もうダメ。スライムみたいに溶けちゃう……」


リビングのソファで、未亜がぐったりと伸びている。

エアコンは最大出力。だが、吹き出し口からは生ぬるい風しか出てこない。外の異常な暑さにコンプレッサーが耐えきれず、室外機が完全に沈黙している。


電気代は特権で無料でも、物理的な故障はどうしようもない。

修理業者を呼んでも、数日待たされる。


視界の端で『論理最適化』のスキルを起動。

半透明のホログラムウィンドウが、熱気で揺れる空中に展開される。


『プロセス:室内の温度調整』

『ステータス:冷却機構の完全沈黙エラー

『警告:室温上昇による熱中症リスク』


真っ赤な警告ログ。

足元には、広大なプライベートダンジョンが広がっている。

その深層部には、万年雪に覆われた極寒のフロアが存在していたはずだ。


小難しい空間転移の魔術陣などいらない。

真夏に、扇風機の前に巨大な氷柱を置いて冷たい風を送る。あの昔ながらの物理ギミックと同じ理屈。


ターゲットを『ダンジョン深層の冷気』と『リビングの換気扇』に設定。

空間のパイプを真っ直ぐに繋ぎ、換気扇のファンを逆回転させ、極寒の空気を直接部屋に引っ張り込む。


カチリ。

赤いエラー表示が、流れるように『正常オールグリーン』へと切り替わる。


ゴォォォォッ!


「ひゃあっ!?」


換気扇から、真っ白な冷気が滝のように流れ込んでくる。

一瞬にして、サウナのようだったリビングの気温が急降下。いや、下がりすぎた。

室温、マイナス五度。完全に冬である。


「さ、寒いっ! カケル君、冬! 真夏なのに冬が来たよ!」


「ちょっと効きすぎたな」


押入れから、冬用のコタツ布団とヒーターを引っ張り出す。

真夏のリビングに、ぬくぬくのコタツ。


ブーッ、ブーッ。

スマホが震える。着信表示は『気象庁・特設監視ルーム』。

通話ボタンをタップする。


「はい」


『天羽様ァァッ!』


電話口から、局長の裏返った悲鳴が響く。


『首都圏の住宅街の一部に、突如として『絶対零度の熱源異常』が発生しました! 大気中の水分が瞬時に凍り付くレベルの超低温バグ! まさか、気圧配置を弄って現代の日本に氷河期を呼び寄せたのですか!』


「いや、室外機壊れたんで、換気扇逆回しにして地下の冷気引っ張ってきただけです。扇風機の前に氷置くのと同じで」


『か、換気扇で!? 氷河期を!?』


局長が絶句する。


「コタツ出したんで電気代かさむんですよね。エアコンの修理代と合わせて払ってもらえませんか」


『こ、氷河期の対価が……電気代……!? わ、わかりました! 国家予算の特別枠から、天羽様のご自宅の光熱費を一生分、全額免除とさせていただきます! だからどうか、日本列島を凍らせるのだけは――!』


「おお、光熱費タダ。助かります」


通話を切る。

絶妙なタイミングでインターホンが鳴った。

グローバル・メディカが手配した完全武装の専属配達員。真夏だというのにガタガタと震え、吐く息を白くしている。


玄関のドアを開ける。


「天羽様……っ! ほ、本日の特急配送、最高級アイスの詰め合わせをお持ちしました……っ! なぜ玄関前が極寒なのかは、あえてお聞きしません……っ!」


「ご苦労さん」


凍えそうなSPから受け取ったドライアイス入りの箱。

一個数千円は下らない海外製のプレミアムアイスがぎっしりと詰まっている。

急いでコタツに戻り、未亜と一緒にアイスの蓋を開けた。


「んーっ! 美味しい! 真夏にコタツに入って高級アイス、最高だね!」


「ああ。これこそ究極の贅沢だな」


至福の甘さが口の中でとろけていく。

一切の苦労もなく、猛暑のストレスもゼロ。一生分の光熱費免除も手に入れた。

求める『完全自動化された堕落インフラ』は、着実に完成へと近づいている。


――だが。

その裏側で、世界は致命的なバグを検知していた。


一軒家の屋上。通気口から致死量千倍の猛毒をリビングへ流し込もうと潜伏していた『虚無の暗殺者』。


しかし彼女は今、換気扇の逆回転によってダンジョン深層からダイレクトに吸い上げられた『マイナス五十度の極寒の暴風』をゼロ距離で浴びていた。


「……がっ、あ……!?」


悲鳴を上げる間もない。猛毒の瓶ごと全身がカチコチに凍りつき、一瞬にして氷の彫刻と化す暗殺者。

標的の命を奪うどころか、何が起きたのかすら理解できずに機能停止した彼女の背後に、感情を持たない虚ろな瞳をした、一人の少女のホログラムが現れた。


ダンジョンというシステムそのものを統括し、何億年もの間休眠状態にあった『管理者』の端末である。


『――規定外のプロセス干渉を確認。世界律システムの異常書き換え。エラー原因:個体名・天羽カケル』


冷酷な機械音声が響く。

『機能停止した不要なエージェントデータを消去デリートする』


凍りついた暗殺者の体が、不要なデータとして完全に世界から消去された。


『これより、致命的なバグの排除デバッグを開始する。対イレギュラー用エージェントを起動』


遠く離れた、豪奢な洋館の一室。

天蓋付きのベッドで眠る令嬢――セレナ・フォーン・ブレイブが、静かに目を開けた。


彼女がフォーン・ブレイブ家に初めから居たかのように溶け込んでいることも、黒騎士との戦闘で失ったとされる悲劇の記憶すらも。

管理者が人類社会に忍ばせるために精巧に埋め込んだ『偽装データ』に過ぎない。


人類が誰も知らない絶対神の端末が、俺の平和な日常をシステムごと削除すべく、ついに動き出していた。

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