第17話:大手製薬会社の電撃訪問と、最高級スイーツ
窓の外は快晴。冷房の効いた快適なリビング。
未亜と一緒に、新作の協力プレイゲームを楽しむ。医療ギルドからせびり取った最新型のゲーム機。画質は最高だ。
ピンポーン。
突然のインターホン。
ゲームの音を一時停止し、モニターを確認する。
映っていたのは、純白の高級スーツに身を包んだ白髪の老紳士。数人の屈強なSPを引き連れている。
一見して只者ではない。
「カケル君、あの人たち……誰?」
未亜が不安げに身を寄せてくる。
無理もない。警察が二十四時間態勢で警備しているはずの我が家の前に、堂々と陣取っているのだから。
「ああ、ちょっと待ってて」
コントローラーを置き、玄関のドアを開ける。
「……天羽カケル様ですね」
老紳士が、深々と頭を下げる。
胸には、見覚えのあるロゴマーク。世界最大手の製薬会社『グローバル・メディカ』のエンブレム。
「初めまして。私、グローバル・メディカのCEOを務めております、ハワードと申します。表の物々しい警察の警備ですが、保安庁の長官に直接話をつけて、強引に通していただきました。」
国家の中枢すら一通の電話で黙らせる、強大な影響力。
「はあ。製薬会社のトップが、こんなボロ家に何の用ですか」
「医療ギルドから、あの『奇跡の雫』の噂を聞きつけまして。どうしても、その製造工程を拝見したく、強引に押しかけた次第です」
熱を帯びた瞳。便利なスポンサーが向こうからやって来たらしい。
彼らを地下室へと案内する。
「こ、これは……ッ!」
地下室に降りるなり、ハワードは絶叫した。
彼が見たのは、岩肌に設置された『全自動ポーション工場』。
「竹筒から……水が流れている!? そして、この容器の底に溜まっているのは……!」
震える手で、完成したポーションのタンクを覗き込む。
「信じられん……! 不純物が、完全にゼロ!? 魔力の濁りが一切存在しない!? いったい、どのような神聖な濾過システムを!?」
「いや、ただの流しそうめんです。途中でサラダスピナーの要領で回して、アクを弾き飛ばしてるだけで」
「さ、サラダスピナー!? あの、レタスの水気を切る!?」
ハワードが白目を剥きそうになる。大げさすぎる。
ホログラムパネルを操作し、ラインの一部を見せた。
若葉が水流に乗り、見えない遠心力でクルクルと回り、不純物だけがポーンと外に弾き飛ばされていく。
それを見たハワードは、その場にガクリと膝をついた。
「あ、ああ……! 我々が何千億もの研究費を投じ、何十年もかけて到達できなかった『不純物ゼロ』の極致が……こんな、物理ギミックで……!」
「だからサラダスピナーだって言ってるじゃないですか」
「天羽様! あなたは医療の歴史を根底から覆す、まさに神の御手だ! ぜひ我が社と独占契約を! 今すぐ契約書を――!」
コンクリートの床に額を擦り付け、迫ってくる世界的企業のトップ。
小さく息を吐く。
「あー、今ゲーム中で忙しいんで。そういう面倒な話はまた今度にしてください。連れも怖がってるし、早く帰ってもらえますか」
「げ、ゲーム中で……!? 医療の歴史を変える契約よりも!?」
「ええ。とりあえずお近づきの印だけ置いて、今日は帰ってください」
ハワードは息を呑み、即座に懐から漆黒のカードを取り出した。
「も、もちろんです……! こちら、世界各国の王室御用達・最高級スイーツブランドの『VIP無限デリバリーパス』でございます! 世界一のパティシエの新作が、無料でご自宅に届きます! どうか本日はこれでご容赦を!」
ピコン。
スマホに、デジタルパスの認証完了通知が届く。
よし。これで未亜の機嫌を取る極上のオヤツが完全に確保された。
リビングに戻る。
ハワードたちは、まるで神殿を後にする巡礼者のように、何度も頭を下げながら帰っていった。
「カケル君、あの人たち帰った?」
「ああ。明日から、世界一のすごいケーキがいっぱい届くらしいぞ」
「本当!? やったぁ!」
満面の笑みで飛び跳ねる未亜。
再びコントローラーを握り、ゲームを再開する。
平和な午後。冷えた麦茶と、隣で笑う幼馴染。
この完璧な日常を、誰にも邪魔させるつもりはない。
――だが。
その完璧な日常に、すでに『異物』は混入していた。
夕暮れ時。
俺たちがゲームに夢中になっている頃。
一軒家の屋上。給水塔の陰に、一人の女が立っていた。
気配も、魔力すらも一切持たない、虚無の暗殺者。
彼女は妖艶な笑みを浮かべ、手に持った小さな小瓶を見つめる。
「……ふふっ。どんな強力な防衛システムも、物理的な『宅配便』には無力よね」
小瓶の中には、無色透明の液体。
一滴で街一つを死の眠りにつかせる、結社最強の猛毒。
「明日届くという、そのケーキ。少しだけ『甘く』して差し上げますわ」
虚無の暗殺者が、音もなく闇に溶ける。
愛する甘いスイーツが、最悪の死をもたらす凶器へと変わろうとしていた。
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