第16話:元クランの大惨事と、無限の予備バッテリー
リビングの窓ガラスが、ビリビリと不快な音を立てて震えている。
保安庁からせびり取った最新型の65インチテレビ。画面に映る協力プレイのゲームが、外からの強烈な閃光で完全に白飛びしていた。
「カケル君、外が……!」
コントローラーを握ったまま、未亜が不安そうに窓の外を見る。
遥か遠くの空に浮かぶ、全長百メートル超の巨大な黒竜。
闇の魔導結社が放った『災厄の魔獣』が、数キロ先から俺のアパートを一直線に狙い、極大の熱線を吐き出そうとしている。
だが、その竜の足元の地上で、けたたましい怒号が飛び交っていた。
「撃てェェッ! たまたま現れたこの大型ボス、倒せば懸賞金でクランの借金はチャラだ! 俺たちは再び栄光を掴むんだ!」
見覚えのあるエンブレム。
破産して逮捕されたはずの元クラン『蒼天の剣』の副マスターと、残党の探索者たちだ。
保釈金を積んで出所し、金策のためにうろついていたところで偶然ドラゴンに遭遇し、一発逆転の特攻を仕掛けてきたらしい。
「ポーションを飲め! クールタイムなど無視しろ! 限界まで魔力をブーストするんだ!」
副マスターの号令で、残党たちが市販の安価なポーションを次々とガブ飲みする。
だが、その瞬間。
彼らの動きがピタリと止まり、全員が喉を掻きむしり始めた。
「が、ああっ!? 魔力が、暴走……ッ!」
視界の端で『論理最適化』のスキルを起動。
半透明のホログラムウィンドウが、彼らのステータスを可視化した。
『プロセス:安価な魔力回復薬の連続摂取』
『ステータス:不純物による魔力回路の目詰まり(エラー)』
『警告:急性魔力中毒により自壊』
小さく息を吐く。
流しそうめんの要領で不純物を完全除去した俺の『神薬』と違い、市販のポーションには大量のアクや濁りが含まれている。
そんな粗悪品を連続で流し込めばどうなるか。
安い不純物だらけのオイルを、車のエンジンに無理やり注ぎ込むのと同じ。パイプが詰まり、最後は黒煙を上げて爆発するに決まっている。
パンッ、パーンッ!
乾いた破裂音。
残党たちの武器や防具が、暴走した魔力に耐えきれず次々と自爆していく。
副マスターも白目を剥き、口から泡を吹いてその場に倒れ込んだ。
自ら質の低い粗悪品を選び、勝手に自滅していく哀れな末路。
これで元クランは、文字通り完全に消滅した。
だが、問題は残っている。
『グルウウウウウウウウウウッ!!』
邪魔者が自滅した黒竜が、いよいよ一軒家に向けて暗黒のブレスを放とうとしていた。
窓ガラスが熱でひしゃげ、部屋の冷房の効きが悪くなる。
何より、テレビの画面に光が反射して、ゲームのボス戦がまったく見えない。
「眩しいな。近所迷惑だろ」
ホログラムパネルを操作する。
強大なドラゴンのブレス。だが、構造は台所のガスコンロとまったく同じ。
つまみを最大まで回して炎が上がりすぎているなら、絞ってやればいい。
ターゲットを『黒竜のブレス器官』に設定。
ガスの元栓(魔力供給源)をキュッと限界まで閉め、エネルギーの出力先を、我が家の分電盤へと強制的に繋ぎ変えた。
カチリ。
赤いエラー表示が、流れるように『正常』へと切り替わる。
シュゥゥゥ……。
世界を滅ぼすはずだった極大の暗黒熱線が、コンロの火を消した時のように、情けない音を立てて鎮火した。
同時に、莫大なエネルギーを我が家の電力として吸い上げられた黒竜は、風船がしぼむように急激に縮んでいく。
ポンッ。
最終的に全長数十センチの黒いトカゲになり、ベランダにぽすんと落下した。
ブーッ、ブーッ。
スマホが震える。着信表示は『保安庁長官』。
「はい」
『本庁の監視レーダーから、災厄の魔獣の反応が完全に消失しました! まさか、あの絶望の化身を、一瞬で塵に……!?』
「いや、なんか眩しかったんで予備バッテリーにしました」
ベランダでキュウと鳴く黒トカゲを見ながら答える。
『よ、予備バッテリー!? 神話級の生体兵器を、家庭用のポータブル電源代わりにしたというのですかァァッ!』
「ええ。電気代も浮くし丁度いいです」
長官が電話の向こうで震え上がる音が聞こえた。
『も、もはや我々の理解の範疇を超えています……! そのポータブル電源(魔獣)の維持管理費として、費用を負担したいのですが! どうか、間違ってもコンセントを抜かないでください!』
「だから現金は税金の手続きが面倒だって言ってるじゃないですか」
『ひっ! す、申し訳ありません! で、ではどのように……!?』
画面の中で一時停止しているゲームを見る。
「電気代が完全に浮いたんで。代わりに、すべてのゲーム機やスマホアプリの課金が無料になる、特別な決済用コードか何か用意できませんか」
『ガ、ガチャ引き放題の権限を!? わかりました! 直ちに国家予算枠から特別決済アカウントを発行し、送信いたします!』
ピコン。
スマホに無制限の特別決済コードが届く。
これでゲームの課金アイテムも使い放題だ。
「カケル君、テレビ直ったよ! ボス戦、再開しよ!」
「ああ、今行く。最強の課金アイテム、全部買ったから一瞬で終わらせようぜ」
「ええっ!? ずるいー!」
スマホを放り投げ、未亜の隣のクッションに深く沈み込む。
最高級のスナック菓子をつまみながら、幼馴染と肩を並べてゲームに熱中する昼下がり。
求める究極の堕落インフラは、今日も完璧に稼働している。
――だが、世界の裏側は、底なしの悪意を煮詰めていた。
ヨーロッパの古城。
通信用クリスタルが砕け散るのを、闇の魔導結社の首領が無言で見つめている。
最強の生体兵器すら、あの男の日常を数分間邪魔しただけに過ぎなかった。
「……物理的な強さでは、奴の異常性には対抗できん」
首領の背後。
闇の中から、音もなく一人の女が歩み出る。
気配も、魔力すらも一切持たない、虚無の暗殺者。
標的の『日常』に極めて自然に溶け込み、一切の警戒を抱かせずに毒を盛る、結社最強の潜入工作員。
「私が行きましょう。あの平和な部屋を、内側から腐らせて差し上げます」
妖艶な微笑み。
あらゆる防衛システムをすり抜ける最悪の毒牙が、穏やかな食卓へと、静かに狙いを定めていた。
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