第15話:流しそうめん式工場と、無尽蔵のゲーム環境
挽きたてのコーヒーの香ばしい匂い。
最高級のブルーマウンテンが、完璧な温度でドリップされていく。
「はい、カケル君。淹れたてだよ」
満面の笑みでマグカップを手渡してくれる未亜。
その足取りは羽のように軽く、後遺症の気配は微塵もない。
傍らでは、潤滑スプレーで完全無音化したゴーレムが、滑らかな動きで床のワックスがけをこなしている。
冷暖房完備、食費タダ、家事完全オート。
求める『究極の引きこもり生活』は、極めて順調に機能していた。
ブーッ、ブーッ。
テーブルの上のスマホが震え、平和な朝の空気を乱す。
画面には『医療ギルド・トップ錬金術師』の文字。
未亜の足を治すために抽出した『神薬』の余りを売り払って以来、彼からの着信が鳴りやまないのだ。
「はい」
『天羽様ァァッ! 頼みます、あの奇跡のペーストをもう一口分だけでも! 世界中の王族や富豪が、何百億積んででも欲しいと暴動寸前でして!』
「あー、すみません。あれ作るの、結構手間なんですよ」
小さく欠伸をしながら返答する。
いくら百均のおろし器やサラダスピナーを使うとはいえ、毎回手作業で加工するのは労働だ。
俺はこれからの人生、未亜と一緒にゲームをして一生遊んで暮らしたい。労働など1秒たりともしたくない。
『そ、そこを曲げて! 国家予算の半分を差し出しても――』
「とりあえず、気が向いたら送ります」
通話を切り、地下室へと足を運ぶ。
岩肌に群生するエメラルド色の『世界樹の若葉』と、こんこんと湧き出る高純度の魔力水。
これらを全自動で加工するラインを作れば、俺は完全に不労所得のシステムを完成させることができる。
視界の端で『論理最適化』のスキルを起動。
半透明のホログラムウィンドウ。スマホのシステム構築画面と同じだ。
『プロセス:手動ポーション抽出』
『ステータス:労働力によるボトルネック(エラー)』
ホログラムのパネルを操作し、空間のベクトルを書き換えていく。
小難しい自動化の魔術陣など必要ない。
夏の風物詩、『流しそうめん』の物理ラインを組むだけだ。
岩肌に沿って、竹の筒に見立てた緩やかな水路(魔力のレール)を形成する。
上流から湧き水を流し込み、そこに若葉が自動で落ちるように角度を調整。
水流に乗って滑り落ちる若葉の途中に、先日設定した『摩擦ゼロのおろし金』のゲートを設置。
さらに下流のカーブには、『サラダスピナー』の遠心力を付与。
重力と水流。
たったそれだけの自然落下エネルギーで葉がすりおろされ、遠心力でアクが弾き飛ばされる。一番下に置いた巨大なタンクへと、純度100%の黄金の液体がポタポタと滴り落ちていく。
カチリ。
赤いエラー表示が、一斉に『正常』に切り替わる。
チョロチョロという涼しげな水音。
竹筒を流れるそうめんのように、薬草が勝手に転がり、自動で加工されていく。
ランニングコストは完全なるゼロ。
指一本動かさずとも、世界を揺るがす神薬が無限に量産される工場の完成だ。
「よし。夏休みの工作にしては上出来だな」
満タンになった最初のタンクを、ギルド宛ての転送ボックスへ放り込んだ。
同時刻。
東京都心、医療ギルド本部。
送られてきた20リットルサイズの巨大タンクを前に、トップ錬金術師が泡を吹いて卒倒しかけていた。
「に、20リットルだと!? 舐めるだけで寿命が延びる神の雫が、ウォーターサーバーのボトルのようなサイズで送られてきただと!?」
「しょ、所長! 解析結果出ました! 魔力密度が完全に均一です! これは手作業ではありません、完全自動化された量産ラインの産物です!」
「馬鹿なァァァッ!」
白衣の職員の報告に、所長は頭を抱えて絶叫した。
「神聖錬金術を自動化するなど、数千人の魔導師が炉の火を徹夜で管理してようやく成立する奇跡だぞ! それがなぜ、これほど無駄なく純度100%を維持できる! どのような超絶魔導プラントを建設したというのだ!」
震える手でスマホを握りしめ、所長が電話をかけてくる。
「あ、届きましたか。流しそうめんのセット組んだんで、これからは勝手に水路転がって毎日届きますよ」
『な、流しそうめん!? あの竹から水が流れてくる、夏の風物詩の!? 神の錬金術に、重力による水すべりを応用したというのかァァッ!』
「ええ。だからもう催促しないでください。それより、量産するんで追加の対価をもらえませんか」
要求を切り出すと、電話の向こうでゴクリと喉を鳴らす音がした。
『も、もちろんです! 月額100億円! いえ、国家の裏帳簿を操作してでも現金を用意――』
「現金はいらないって言ったじゃないですか。確定申告が面倒なんで」
『ひっ!』
「代わりに、最新のゲーム機全部と、VR機器のフルセット。あと、新作ソフトの永久無料パスと、ゲーム中に食べる高級スナック菓子の無尽蔵の提供をお願いします。連れと一生遊んで暮らしたいんで」
静寂。
国家を買える神薬の対価が、引きこもり用のゲーム機一式。
『……か、かしこまりました!すぐに調達してお送りします!!!』
「おお、それは助かる」
通話を切り、リビングのオーダーメイドソファへダイブする。
最高級のフルーツに肉、そして無限のゲーム環境。
俺たちの怠惰で幸福な日常は、これで永遠に約束されたのだ。
「未亜、新しい協力プレイのゲーム届くらしいから、一緒にやろうぜ」
「本当!? やったぁ、負けないからね!」
屈託のない笑顔。
窓の外には、抜けるような青空が広がっていた。
――だが。
その青空は、突如として飛来した漆黒の翼によって無惨に覆い隠された。
太陽の光を遮る、全長百メートルを超える圧倒的な絶望の塊。
闇の魔導結社が解き放った神話級の生体兵器『災厄の魔獣』。
鋼の鱗を持つ黒竜が、アパートの防衛結界(お掃除ロボットの感知エリア)のギリギリ外側――隣町の遥か上空でピタリと静止する。
「……見つけたぞ。あの不可視の結界、外から街ごと消し飛ばしてやる」
竜の背に立つ操術師が、冷酷な宣告を下す。
大きく開かれた竜の顎あぎとに、数キロ先の俺たちの一軒家を正確に貫く、極大の暗黒熱線(超長距離狙撃)が圧縮されていく。
究極の堕落生活を謳歌する俺たちの頭上に、いまだかつてない滅びの閃光が、今まさに撃ち下ろされようとしていた。
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