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クワガタ、室町末期に放たれる?  作者: 双鶴


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第4話 束の間の管領職と、甚内の役どころ

 この頃、政元は山名政豊と和睦し、

 長く続いた応仁の乱をようやく終結させたばかりだった。


 応仁の乱が終わったといっても、京の町はまだ荒れ果てていた。

 焼け残った家々の間を、風が吹き抜けるたびに灰が舞い上がる。

 細川京兆家の屋敷も例外ではなく、毎日のように客人や使者が出入りし、

 政元殿の周囲は常に賑やかで、慌ただしかった。


 だが――。


 政治の中心は、若い政元ではなく、

 後見役だった細川政国や重臣たちへと移りつつあった。


 政元の関心は、

 天狗と文化

 へ大きく傾いていたからだ。


 そして、政元は就任したばかりの管領職を、

 烏帽子が気に入らぬという理由で、わずか九日で辞してしまった。


 突拍子もない辞任劇は京兆家中を震撼させたが、

 政元はどこ吹く風である。




 甚内が京兆家に仕えて数年。

 まだ十代の少年ではあるが、

 政元の側近として扱われることも増えていた。


 ある日の朝。

 甚内は、京兆家の廊下を走る若侍に呼び止められた。


「甚内殿! 殿がお呼びです!」


「は、はい……!」


 案内された広間では、政元が直垂姿で静かに立っていた。

 その背後には、家臣たちがずらりと並び、

 皆、どこか疲れた顔をしている。


 政元は若いが、立ち姿には確かな威厳があった。

 ただ、その眼差しには――


 抑えきれない好奇心が宿っている。


「甚内、よく来た」


 政元殿が軽く手を上げると、

 家臣が一人、別室から何かを抱えて入ってきた。


 山伏の法衣一式である。


 法螺貝、錫杖、羽織、そして竹で組んだ“羽”のようなものまで揃っている。


「甚内、これを見よ」


 政元殿は直垂姿のまま、法衣を前に置いた。


「これを着て、修行に出ようと思うのだ」


 家臣たちは一斉に青ざめ、

 そして甚内へ視線を向けた。


(……また俺の役目か……)


 甚内は心の中でため息をつきつつ、

 表情には柔らかな笑みを浮かべた。


「殿……そのお考え、まことに高邁にございます。

 天狗の心を求め、修行に臨まれるとは……」


 政元殿の目がわずかに細くなる。


「そう思うか」


「はい。

 ただ――」


 甚内は声を落とした。


「天狗は、ただ羽を持つだけではございません。

 山伏を束ね、山を制し、風を読む者こそ……

 本当に“天狗に近づく”のです。」


 政元殿の呼吸が止まった。


「……甚内、それは……」


「殿が修験道を保護されているのは、

 まさに天狗への道を歩んでおられる証。

 山伏をまとめ、情報を集め、

 京兆家の目と耳とすれば……

 殿は“天狗の王”と呼ばれましょう」


 政元殿は静かに頷いた。

 その表情は、子どものような喜びではなく、

 大名としての野心を刺激された者の顔だった。


「甚内……そちは、よく見ておる」


 家臣たちは胸を撫で下ろす。

 甚内が褒めて方向を変えてくれるおかげで、

 政元殿の奇癖は“なんとか収束”するのだ。




 しかし、政元殿の奇癖はこれだけではなかった。


 俳句を詠むと言っては、


「鳥の声 天狗の羽音か 春の風」


 と、天狗の話ばかり。


 庭に出れば、


「甚内、龍安寺を見たか。

 あれは我が保護した寺よ。

 枯山水の作庭も我が意を伝えておる」


 と、枯山水の美学を語り始める。

 (政元は文化の保護者としての誇りは強かった。)


 そして時折、突然言い出す。


「修行に出る。山へ行く」


 家臣たちは青ざめ、甚内に助けを求める。


「甚内殿……どうか……!」


(なんで俺が……!)


 だが、甚内はもう理解していた。


 政元は、

 否定されれば反発し、

 褒められれば落ち着く。


 だから甚内は、深呼吸して言う。


「殿……修行に出るのは素晴らしいことです。

 ですが、山伏を束ねる“天狗の王”たる殿が、

 軽々しく姿を消してはなりませぬ。

 皆が困ります」


 政元殿は腕を組み、静かに頷いた。


「……なるほど。

 天狗の王は、軽々しく飛んではならぬか」


「はい。

 天狗の王は、山を動かす者。

 自ら動くより、山伏を動かすべきです。」


 政元殿は甚内の肩に手を置いた。


「甚内……そちは、我が心をよく読む」


(読んでない……読んでないけど……!)


 甚内は笑顔を保つのに必死だった。




 その日、政元殿が去った後。

 家臣たちは甚内の周りに集まった。


「甚内殿……助かりました……」


「殿は……ああ見えて、誰の言葉も聞かれませぬ。

 そちだけが……唯一の“手綱”なのです」


「これからも……頼みますぞ……!」


 甚内は心の中で叫んだ。


(俺、いつの間にこんな役目に……!)


 だが、誰にも言えない。


 こうして、

 政元殿の奇癖を“褒めて収束させる”役目は、

 いつの間にか甚内の仕事になっていた。


 そして――

 政元の周囲は、今日も慌ただしく、賑やかだった。


 応仁の乱は終わった。

 だが、甚内の戦いは、まだ始まったばかりである。


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