第12話 東国行と、政変の影
延徳2年(1490年)三月。
京の空気は、春の兆しを帯びながらも、
どこかざわついていた。
政元は、突如として東国への旅を決めた。
旅といっても、
政元の旅は“修行”であり“文化探訪”であり、
そして――
“政治”であった。
元司は、旅支度を整える政元殿の背を見つめていた。
「殿。
本当に……越後まで行かれるのですか」
「行くとも。
越後の上杉房定とは、
一度ゆるりと話してみたかったのだ」
政元は軽く笑った。
「それに……東国の空気は、
京とは違って面白い」
その言葉の裏に、
元司は別の意図を感じ取っていた。
(殿は……堀越公方・政知殿との連携を探っている)
政元は、
将軍義材の背後にいる畠山政長を嫌っていた。
その政長が幕府をほぼ掌握している今、
政元は“別の柱”を探していた。
その柱が、
堀越公方・足利政知の系統――
すなわち、政元殿が推した清晃(義澄)である。
政元は越後国へ向かい、
守護・上杉房定と会見した。
越後の空気は冷たく澄み、
山々はまだ雪を抱いていた。
房定は、
政元の奇癖を笑いながらも、
その言葉の鋭さに舌を巻いた。
「細川殿。
まさか越後までお越しになるとは」
「手紙では伝わらぬことが多い。
会って話す方が早い」
政元は、
房定の背後にある“上杉氏の力”を見抜いていた。
そして、
その力を“義澄の未来”に繋げようとしていた。
政元はさらに奥州へ向かう予定だった。
修験者としての旅でもあり、
政治的な探りでもあった。
だが――
その旅は突然終わる。
将軍義材から、
六角高頼討伐の出陣命令が届いたのだ。
「……殿。
将軍義材様より急使です」
元司が文を差し出すと、
政元は眉をひそめた。
「また六角か……
義材は、戦を“続ける”ことしか知らぬ」
政元は深く息を吐いた。
「元司。
丹波の一揆は、まだ収まっておらぬのだぞ」
「はい。
位田、荻野、大槻、須知……
国人衆は、いまだ火種を抱えております」
「それを放って六角討伐とは……
義材は、京兆家の事情を知らぬのか」
政元の声には、
怒りよりも“呆れ”が滲んでいた。
政元は、
本来なら伊豆国へ向かい、
堀越公方・政知と会見する予定だった。
だが――
政知は旅の途中で亡くなった。
その報せを聞いた政元は、
静かに目を閉じた。
「……間に合わなかったか」
政知の死は、
政元殿の“義澄擁立”の道を狭めるものだった。
だが、政元は諦めなかった。
「元司。
京へ戻るぞ。
義材の命令に従わねばならぬ」
「……承知いたしました」
政元は四月に帰京した。
だが、政元は六角討伐に反対だった。
丹波国の国人一揆は収まらず、
京兆家の兵力は分散していた。
政元は義材を諌めようとしたが――
義材は耳を貸さなかった。
「細川、
六角を討つのは幕府の威信である。
そなたの都合ではない」
その言葉に、
政元の目が細くなった。
「……そうか。
ならば、好きにするがよい」
その瞬間、
元司は政元の心に“何かが決まった”のを感じた。
(殿……
ついに、決断されたのか)
政元は、
義材と畠山政長の幕府を見限りつつあった。
この時から、
政元が“政変”を計画し始めたとされる。
京へ戻った夜。
政元は元司を呼んだ。
「元司。
幕府は……もう長くはもたぬ」
「殿……」
「義材は若く、
政長は強すぎる。
このままでは、
幕府は畠山の家臣団に成り下がる」
政元は、
静かに杯を置いた。
「元司。
そちは……この先、
私の影となれ」
元司は深く頭を下げた。
(殿……
ついに“その時”が来るのか)
政元の目は、
遠くを見つめていた。
その先にあるのは――
明応の政変。
幕府を揺るがす大嵐の始まりであった。
――桑潟武蔵守元司。
その名は、
政変の渦の中心へと、
静かに歩み始めていた。




