表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
軽い気持ちで国民的アイドルと友達になったら、周りの美少女達から激重感情をぶつけられる件――え!? トップアイドルの君まで!?  作者: 沢田美


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

89/103

保護者枠の恋人

 全国ツアー準備が本格化してから、沙也加の一日は目に見えて細かくなった。


 朝は学校に来る前にボイストレーニング。昼はマネージャーとの通話。放課後は振付リハ。夜はセトリ確認と映像演出の打ち合わせ。ランスルーは全体の流れを止めずに確認する通し練習、ゲネプロは衣装や音響、照明まで含めた本番同様の最終確認らしい、と説明された時点で、僕はもうスケジュール表の文字だけで胃が重くなった。


 けれど、沙也加本人はもっと重かった。


 物理的にも、精神的にも。


 昼休み、隣の席で彼女は机に額をつけていた。朝からリハ用の仮音源を確認していたらしく、イヤホンを外したあとも、目だけが少し遠い。


「裕二」


「なんだ」


「私、今日の一限で現代文を受けてたはずなのに、頭の中でずっとサビ前の立ち位置に移動してた」


「授業を受けろ」


「受けてたよ。心だけ下手側にいた」


「戻ってこい」


「無理。二曲目のイントロでまた走らされる」


 国民的トップアイドルの悩みは、思ったより体育会系だった。


 沙也加はノートの端に、なぜかステージの簡易図を描いていた。黒板ではなく、ステージ。教師ではなく、照明位置。現代文のノートなのに、余白に「ここでターン」「ここで客席見る」「ここで裕二を思い出す」と書かれている。


「最後の一個、消せ」


「なんで?」


「授業ノートだろ」


「大丈夫。先生に見られても『恋愛比喩です』で押し通す」


「無理がある」


「私、表現力には自信あるから」


 そういう問題ではない。


 そんな沙也加の横で、天雨が静かにノートを覗き込んだ。


「白須賀さん、そこ、たぶん客席全体を見る場所でしょう」


「美鈴ちゃん、細かい」


「裕二くんだけ見たら、あとで切り抜かれるわ」


「切り抜かれたら困る?」


「困るのは沢渡くん」


 僕が困る前提で会話が進んでいた。


 沙也加はむっとした顔をしつつ、余白に書いた「裕二」を小さく丸で囲んだ。


 消す気はないらしい。


※ ※ ※


 放課後、沙也加は初めて本格的なランスルーを終えて学校へ戻ってきた。


 正確には、戻ってきたというより、燃え尽きた状態で教室に搬送されてきた、に近かった。


 迎えの車から降りたらしく、マネージャーらしき女性が廊下の向こうで軽く頭を下げて去っていく。その数秒後、沙也加は教室の扉を開け、僕の隣の席まで歩いてきて、そのまま机へ突っ伏した。


「……裕二、私の脚、今日で独立した」


「どういう状況だよ」


「もう私の命令を聞かない。階段を見た瞬間に反乱を起こす」


「深刻だな」


「深刻だよ。三曲目終わりの階段演出、あれ考えた人をステージ袖に正座させたい」


 沙也加は机に伏せたまま、片手だけ伸ばして僕の袖を掴んだ。


 疲れている時の沙也加は、いつもより遠慮がない。


 周囲に数人クラスメイトがいるのに、指先が迷わず僕を探してくる。とはいえ、表情は机に隠れているので、周りから見ればただ疲れている白須賀沙也加だ。机の下で彼氏の袖を捕獲しているとは、誰も思わない。


「白須賀さん、大丈夫?」


 近くの女子が心配そうに声をかける。


 沙也加は一瞬で顔を上げた。


「うん、大丈夫! ちょっとリハが長かっただけだから」


 完璧な笑顔だった。


 その三秒後、女子が離れると同時に、沙也加は再び机へ沈んだ。


「大丈夫じゃない」


「知ってる」


「でも言えない」


「知ってる」


「だから裕二が分かって」


「分かってる」


 そう返すと、机の下で袖を掴む力が少し強くなった。


 すると、教室の入口から柊先輩が現れた。


「白須賀さん、先生からツアー期間中の出席扱いに関する確認書類を預かってるわ」


 沙也加はまた一瞬で顔を上げた。


「ありがとうございます、副会長さん」


 その切り替えの速さに、柊先輩の眉がわずかに動いた。


「あなた、本当に大丈夫?」


「はい、大丈夫です」


「今の『大丈夫』、ビジネス用語でいうところの要注意案件ね」


「副会長さん、言い方が社会人です」


「あなたのスケジュールが社会人以上なのよ」


 その通りすぎて誰も笑えないはずなのに、なぜか笑いが漏れた。


 柊先輩は資料を置きながら、僕へ視線を向ける。


「あなたも、ちゃんと見ておきなさい」


「見てます」


「見てるだけじゃ足りないわ。白須賀さんは、倒れる直前まで『大丈夫』って言うタイプだから」


 沙也加は少しだけ唇を尖らせた。


「倒れません」


「倒れる人はみんなそう言うの」


 完全に保護者だった。


※ ※ ※


 その日の夜、沙也加から送られてきたツアー用の仮セトリには、赤字でいくつものメモが入っていた。


『一曲目、息を吸うタイミング注意』

『三曲目後、給水』

『五曲目、客席全体を見る』

『七曲目、裕二が来てる場合は見すぎない』


 最後のメモだけ私情がすごい。


 僕がそう返信すると、すぐに電話が来た。


「裕二、違うの。これはリスク管理」


「どの辺が」


「見すぎると歌詞を間違える可能性がある」


「それは僕を見ない方がいいやつだろ」


「でも見ないと元気出ない」


「詰んでるな」


「だから見すぎない。大人の判断」


 電話の向こうで、沙也加は真剣だった。


 真剣に彼氏を見る量を調整していた。


「ツアーって、もっと壮大なことで悩むものじゃないのか」


「悩んでるよ。照明、衣装、歌、ダンス、移動、MC、全部」


 少しだけ声が柔らかくなる。


「でも、その全部の中心に裕二がいるの」


 さっきまでコメディだった空気が、急に重くなる。


 沙也加はこういうことを平気で言う。いや、平気ではないのだろう。たぶん本気だから、言わずにはいられないのだ。


「全国を回るのは、白須賀沙也加としての夢。だけど、終わったあとに帰る場所があるから、私はそこまで行ける」


 電話の向こうで、紙が擦れる音がした。


 きっと、セトリを見ているのだろう。


「裕二、初日」


「行くよ」


「まだ何も言ってない」


「言わなくても分かる」


 沈黙。


 それから、ほんの小さな笑い声。


「……そういうところ、ほんとにずるい」


「何が」


「私が欲しい答え、先にくれるところ」


 沙也加の声は疲れていた。


 それでも、嬉しそうだった。


「じゃあ、初日の一曲目で私が笑ったら」


「客席全体に向けた笑顔だろ」


「うん」


 少し間が空く。


「でも、その一番奥に、裕二を置く」


 また重い。


 でも、その重さはもう怖いだけではなかった。


 白須賀沙也加は、全国へ向かう。


 ランスルーで脚を反乱させながら、ステージ図に僕の名前を書き込みながら、周囲に心配されながら、それでも前へ進んでいる。


 その姿は、少しおかしくて、少し危なっかしくて、そしてどうしようもなく眩しかった。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます!

このお話が少しでも面白いと感じていただけたら、ぜひ「♡いいね」や「ブックマーク」をしていただけると嬉しいです。

応援が次回更新の励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ