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軽い気持ちで国民的アイドルと友達になったら、周りの美少女達から激重感情をぶつけられる件――え!? トップアイドルの君まで!?  作者: 沢田美


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文化祭当日

 姿見の前で、白須賀と天雨の視線がぶつかったまま数秒が過ぎた。


 どちらも大きく感情を荒げたりはしない。しないくせに、その沈黙だけで十分すぎるほど空気は張る。文化祭準備のための空き教室にいるはずなのに、ここだけ別の意味で息がしにくい。


 白須賀は先に小さく笑った。


「副会長さん、そろそろ戻ってくるかも」


 軽い調子だった。


 けれど、その軽さの内側にあるものは全然軽くない。白須賀は僕の胸元を最後に一度だけ整えるふりをして、指先をシャツ越しに軽く押し当てた。その一瞬だけでも、どこへ触れれば僕が黙るのか、もう覚えてしまっている手つきだった。


「沢渡くん、当日ちゃんと覚えててね」


 耳元に近い声だった。


「私の隣、空けといて」


 そう言い残して、白須賀は何事もなかったみたいな顔で空き教室を出ていく。


 残されたのは、僕と天雨だけだった。


 扉が閉まった直後、室内の静けさが一段深くなる。さっきまでは白須賀の熱が場を支配していた。けれど、その熱が消えたあとに残る天雨の沈黙は、別の意味で逃げ場がなかった。


 天雨はすぐには動かなかった。


 姿見の前に立ったまま、僕の服の乱れを見て、それから顔を上げる。静かな目だ。静かで、その分だけ余計に感情が沈んで見える。


「……こういうことばかりされてると、麻痺しそうね」


 独り言みたいな声だった。


「何が」


「距離感」


 それだけ言って、天雨は僕へ一歩近づいた。


 白須賀みたいに勢いはない。ないのに、その一歩の方がよほど重い時がある。逃げようとすれば逃げられる距離のまま、でも逃げないだろうと分かって詰めてくるからだ。


「沢渡くん」


 名前を呼ばれて、視線が上がる。


「なに、美鈴さん」


「今のままだと、当日もっと面倒になるわ」


 淡々としていた。


「白須賀さんは、見せつけることをためらわない。人が多いところでも、多分やる」


 その予測は、嫌なほど現実味があった。


 天雨はそこで、僕の肩へ手を伸ばす。服の皺を直すみたいに見せながら、指先は喉元のぎりぎり手前で止まった。


「だから、先に言っておく」


 声が低くなる。


「私も、遠慮しない」


 そのまま、ネクタイをぐっと引かれた。


 勢いは強くない。けれど、身体の重心が一瞬だけ前へ崩れ、そのまま天雨との距離が一気に縮まる。背中が姿見の縁へ軽く当たった。


 天雨の手はネクタイから離れない。


「当日、あなたが他の子に愛想を振りまくたびに、白須賀さんだけが近づくと思わないで」


 その一言ごとに、胸の奥がざわつく。


「私は、白須賀さんみたいに大勢の前で見せびらかしたいわけじゃない」


 そこまでは、これまでの天雨らしい。


「でも」


 次の瞬間、天雨はネクタイを掴んだまま、僕をもう一歩だけ引き寄せた。


 息がかかる距離になる。


「見えないところなら、いくらでもできる」


 それが一番怖かった。


 白須賀は分かりやすい。だからまだ対処のしようがある。けれど天雨は違う。静かな場所、誰も見ていない時間、その全部を味方にできる。


 しかも彼女は、それをもう自覚してしまっている。


「文化祭、本番は忙しいでしょ」


 天雨の指先が、ネクタイからシャツの襟へ移る。


「だから、少し目を離しただけで、誰と何をしてたか分からなくなる」


 白い指が襟元を正すみたいに動く。


「それ、すごく嫌」


 そのまま天雨はネクタイを軽く整え直し、ようやく手を離した。何事もなかったみたいに離れるくせに、残された方は何事でもないままでいられない。


 その瞬間、廊下の向こうから柊先輩の足音が近づいてきた。


 天雨はそれを聞き分けたらしく、一歩下がる。何もなかったみたいな顔に戻るのが早い。早すぎて、さっきまでの距離が余計に現実味を失う。


 だが、僕の呼吸の乱れだけが、それを現実へ繋ぎ止めていた。


※ ※ ※


 文化祭当日、朝の学校はいつもとは別の生き物みたいだった。


 校門の前からすでに人が多い。一般公開があるせいで、保護者や近隣の中学生、招待客らしき姿まで見える。昇降口には案内板が立ち、廊下には模造紙のポスターと矢印が並び、教室ごとに違う色の装飾が視界へ飛び込んでくる。


 そんな祭りの空気の中で、二年生の教室を和風喫茶へ変えた僕たちのクラスは、開場前からかなり慌ただしかった。


 机は低いテーブルに見立てて配置され、暖簾風の布が入口に下がっている。壁には墨文字風のメニュー表。床にはすだれと畳柄のマット。思っていた以上に、それらしく仕上がっていた。


 そして接客衣装へ着替えた白須賀は、その教室の空気を一人で格上げしていた。


 和風エプロンに、軽くまとめた髪。派手すぎないよう抑えられているのに、それでも隠しきれない華がある。国民的トップアイドルが文化祭の喫茶店で接客する、という状況の異常さを、本人だけがいちばん自然に着こなしていた。


「似合いすぎだろ……」


「もうこれ店じゃん」


「看板娘どころじゃなくない?」


 クラスメイトたちの反応も当然だった。


 白須賀はそういう声に明るく笑って応じながら、僕を見つけるとすぐにこちらへ寄ってくる。


「沢渡くん、帯曲がってる」


 そう言って、彼女は僕の腰紐へ手を伸ばした。


 教室の中。人は多い。だから大胆にはできないはずなのに、白須賀はそういう制限の中で一番効く距離感を選ぶのが上手い。


 手つきはあくまで衣装直しだ。なのに、結び目を整える指が必要以上にゆっくりしている。しかもその間、視線だけはずっと僕の顔を見ている。


「ちゃんと立って」


「立ってるよ」


「ううん、落ち着いてない」


 その言い方は、僕が動揺しているのを楽しんでいるみたいだった。


 そこへ、会計台の方から天雨の声が飛ぶ。


「沢渡くん、先にこっち」


 振り向くと、天雨は帳簿と釣り銭箱を前に立っていた。衣装は白須賀と同じ和風エプロンだが、雰囲気はまるで違う。白須賀が華やかな表なら、天雨は静かな裏だ。落ち着いた立ち姿と整いすぎた表情が、逆に異様なくらい目を引く。


「開場前に流れを最終確認する」


 事務的な声だった。


 けれど、白須賀の手がまだ僕の腰紐にあるのを見た瞬間、目の奥が少しだけ冷えたのが分かる。


「白須賀さん、そのへんでいいでしょ」


「副会長さんみたいなこと言うね」


 白須賀は笑ったまま、ようやく手を離した。離した直後、名残みたいに指先が腰へ一度だけ触れた。その一瞬だけで、わざとだと分かる。


 天雨は何も言わない。


 ただ、僕を会計台の内側へ呼び寄せる。


 そこで教えられたのは釣り銭の置き位置や伝票の受け渡しだったが、その説明は必要以上に近かった。帳簿を覗き込むためという名目で、肩が触れる位置まで詰めてくる。白須賀とは違うやり方で、確実に“こっち側”へ引き込んでくる。


 そして、その準備時間が終わる頃には、すでに胃が痛かった。


※ ※ ※


 開場すると、予想以上に客が入った。


 和風喫茶という無難な出し物に加えて、白須賀の存在が噂になっているのか、他のクラスの生徒や一般客まで様子を見に来る。教室の前には小さな列ができ、廊下には「ほんとに白須賀さんいるの?」という声まで混じっていた。


 接客へ回った僕は、案内と注文取りに追われる。


 忙しい。忙しいはずなのに、その忙しさの中でも白須賀と天雨はきっちり僕を挟み込んでくる。


 白須賀はフロアを回りながら、必要以上に僕の近くへ寄る。注文票を受け取る時に指先を絡めるように触れ、通路の狭いところでは背中へ手を添えて追い抜く。客の前だから笑顔は完璧だ。完璧な分だけ、その裏で僕へだけ向ける執着が余計に濃く見える。


 天雨は会計台の内側から、必要なタイミングで僕を呼ぶ。帳簿の確認、メニューの在庫、厨房との連携。どれも本当に必要な用事だから厄介だ。しかも呼ぶたびに、彼女は当然みたいに僕の袖や手首へ触れてくる。


 誰にも不自然に見えない形で。


 それが続いたせいで、文化祭が始まって一時間も経たないうちに、僕の神経はかなり削られていた。


 さらに悪いことに、午前の後半になって、見覚えのある顔が入口に現れた。


 最初に気づいたのは、明るい声だった。


「うわ、ほんとに和風喫茶だ! 沢渡くーん!」


 吉良明日香だった。


 金髪を揺らして手を振るその姿は、文化祭の喧騒の中でも妙に目立つ。学生女優としての知名度もあるせいか、周囲の客が「あれ、吉良明日香じゃない?」とざわつくのがすぐ分かった。


 その少し後ろには、西条静もいる。相変わらず静かな黒髪の美少女で、明日香の明るさと並ぶと逆に存在感が増す。さらに、その二人の少し後ろから、キャップとマスクで目立たないようにしているのに、隠しきれない空気を纏った人物が入ってきた。


 神崎玲音だった。


 芸能界側の人間が三人も一度に来る光景は、それだけで異常だった。


 しかも、その全員がまっすぐ僕の方を見ている。


 最悪だ。


 文化祭の接客としては客を歓迎すべきだ。なのに、僕の背中には一瞬で別の冷たさが走る。


 案の定、白須賀がすぐに気づいた。


 笑顔を崩さないまま、しかし目の奥だけが一段冷える。


「へえ」


 それだけ。


 それだけなのに、空気が少し変わる。


 天雨もまた、会計台の向こうからその三人を見ていた。静かな顔のまま、全部を見て、全部を理解している目だった。


 明日香はそんなことに構わず、客として席へ通されるや否や、楽しそうに手を振ってくる。


 そしてその案内役に僕が回された瞬間、白須賀が僕の腕を軽く掴んだ。


「……あとで」


 囁きは笑顔の裏に隠れていた。


「ちゃんと説明して」


 脅しだった。


 甘い声のまま、完全に。


 しかも僕が返事をする暇もなく、今度は天雨が会計台の方から静かに呼ぶ。


「沢渡くん、その卓は私が会計につくから」


 つまり、逃がさないということだ。


 明日香と静と玲音が現れたことで、文化祭はただ忙しいだけの行事ではなくなった。僕を中心にした取り合いへ、新しい火種が投げ込まれた。


 和風喫茶の教室の中、白須賀の華やかな笑顔も、天雨の静かな視線も、もう明らかに“客対応”の域を越え始めていた。文化祭はまだ始まったばかりなのに、空気はすでに、次にどこで誰が僕を引き寄せるかという緊張で満ちていた。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます!

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