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軽い気持ちで国民的アイドルと友達になったら、周りの美少女達から激重感情をぶつけられる件――え!? トップアイドルの君まで!?  作者: 沢田美


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準備はどこまでも忙しい

 文化祭準備二日目に入る頃には、クラスの空気はもう完全に“当日へ向かう色”に染まり始めていた。


 教室の後ろには買い出し予定表が貼られ、黒板の端には必要備品の一覧が増えている。模造紙の匂い、布の端切れ、試作のメニュー表。放課後の教室は、普段の授業を受ける場所というより、ひとつの企画を組み上げる現場みたいになっていた。


 そして、そういう“みんなで一緒に作る空気”が強くなるほど、僕の周囲だけは妙に息苦しくなっていく。


 理由は単純だった。


 白須賀は、接客担当として僕を当然のように自分の隣へ置こうとする。


 天雨は、会計と進行管理の立場を使って、僕の動線そのものを自分の把握できる範囲へ収めようとする。


 どちらも表向きはクラスのためだ。だから厄介だった。誰の目にも不自然にならない理由を、二人とも持っている。持った上で、その内側へ自分の感情をきれいに滑り込ませてくる。


 昼休みの終わり、黒板の前でシフトの仮組みが始まった時もそうだった。


 文化祭当日は、接客担当でも休憩時間をずらして回す必要がある。会計との連携も必要になるし、混雑時に呼びに行ける人間も決めておかなければならない。誰がどの時間にフロアへ出て、誰が裏へ回るか。そんな話し合いの中で、最初に僕の名前を口にしたのは白須賀だった。


「沢渡くんは、前半ずっとフロアの方がよくない?」


 やわらかい声だった。


 クラスメイトたちは特に疑問も持たずにその意見を受け止める。たしかに、接客担当である以上、僕がフロアへいる時間は長い方が自然だ。


 けれどその直後、天雨が静かに否定した。


「前半は人が集中するから、会計側との連絡が取れる人を一人は固定した方がいいわ。沢渡くんは後半フロア、前半は会計寄りの補助で」


 事務的だった。


 事務的なくせに、きっちり白須賀の提案を切っている。しかも理屈として正しいから、クラスの誰も反対しづらい。


「えー。でも接客に慣れるなら最初からフロアの方がいいんじゃない?」


 白須賀は笑顔のまま言い返す。


「途中から入ると沢渡くん緊張しそうだし」


「そのくらいは調整できるでしょ」


 天雨もまた、表情を変えない。


「むしろ前半に会計へ慣れておいた方が、全体の流れは見やすいと思う」


 どちらも間違ったことは言っていない。


 だからこそ、黒板の前で交わされているのが“僕の取り合い”だと、表向きには誰も気づかない。


 気づかないまま、クラスメイトたちは「たしかに」「それもあるかも」と頷き合う。そして僕だけが、二人の言葉の奥にある熱を肌で感じていた。


 最終的に、担任代わりに進行していた学級委員が折衷案を出した。


 僕は前半を会計補助、後半をフロア接客に回る。


 つまり、前半は天雨の視界の中、後半は白須賀の隣。どちらにも譲らない形で決まった。


 最悪の着地点だった。


 僕が心の中でそう思った直後、白須賀は黒板へ向けていた顔のまま、小さく呟いた。


「半分ずつでも、ちゃんとこっちの時間あるならいいや」


 その声は機嫌よく聞こえた。


 だが、背後から落ちてきた天雨の声音は、逆にひどく静かだった。


「私も、前半で十分」


 十分、という言葉に妙な含みがあった。前半だけで足りる、ではない。前半でちゃんと残すものを残す、みたいな響きだった。


※ ※ ※


 その日の放課後、買い出し担当の最終確認が始まった。


 和風喫茶に必要な小物や食器類は、近くの大型店へ何人かで見に行くことになっていた。模造の掛け軸、紙提灯、トレイ、布、会計用の小銭ケース。細かいものが多い分だけ、手分けが必要になる。


 そして当然みたいに、そこでまた僕の名前が挙がった。


「沢渡くん、力仕事できるよね?」


「台車押せる人いた方がよくない?」


 そんな流れで、僕は買い出し要員へ回されそうになる。


 正直、裏方の方がまだ気楽だった。フロアに立つよりは視線も減る。少なくとも、そう思いかけた時だった。


「じゃあ私も行く」


 白須賀が言った。


 あまりにも自然なタイミングだった。


「接客の小物、実際に見て決めたいし。沢渡くん、趣味悪くはないけど、和風の可愛い感じはたぶん私の方が分かるよね?」


 言い方が上手い。


 茶化しているようで、自分が行く理由をきちんと用意している。


 けれど、その直後には天雨が続く。


「なら、私も必要」


 視線は黒板へ向けたまま、声音だけがまっすぐだった。


「会計周りで使う備品を、当日の動線に合わせて決めるなら確認しておきたいから」


 白須賀がゆっくりそちらを見る。


 天雨もまた、視線を逸らさない。


 ほんの数秒の沈黙だったのに、教室の空気がひどく張った気がした。


 そして、その膠着をさらりと崩したのが柊先輩だった。


 ちょうどその時、生徒会からの連絡で教室へ入ってきた先輩は、状況を一目見て察したらしい。手にしていた文化祭関係の申請書を軽く持ち上げて、落ち着いた声で言った。


「買い出しなら、学生証の確認が必要な備品もあるでしょ。責任者を一人つけた方がいい」


 みんなの視線が一斉に向く。


 副会長という立場の言葉には、それだけで場を整える力がある。


「私が同行する」


 教室の空気が、一瞬だけ変わった。


 これで、白須賀と天雨の二択だったものに、柊先輩が入ることになる。しかも副会長という大義名分つきだ。誰も反対できない。


 白須賀はさすがに一拍遅れてから、やわらかく笑った。


「副会長さんまで来るんですね」


「文化祭は全クラス平等に見る必要があるから」


 柊先輩は崩れない。


 そのまま僕へ視線を向ける。


「あなたも来なさい。荷物持ち要員」


 言い方は事務的だった。


 けれど、その一言で結局、僕は副会長、白須賀、天雨と一緒に買い出しへ行くことになった。


 逃げ道どころか、面倒な人選だけがきれいに揃ってしまった。


※ ※ ※


 大型店までの道のりは、四人で歩くには妙に狭く感じた。


 放課後の街は学生で混んでいる。制服姿のまま歩くには自然な時間帯だ。けれど、自然なのは周囲だけで、僕の横にいる三人の空気は少しも自然ではなかった。


 白須賀は、あくまで“文化祭の買い出しに来ているクラスメイト”の顔をしている。華やかで、明るくて、周りから見れば理想的な人気者。そのくせ、歩道の狭いところでは当然みたいに僕のすぐ隣へ来て、肩が触れるぎりぎりの距離を譲らない。


 天雨はその逆だった。必要以上に話しかけない。けれど、信号待ちや店内の移動で位置がずれるたび、いつの間にか僕の進行方向へ戻ってくる。目立つことはしないまま、確実に視界の中へ入り続ける。


 そして柊先輩は、その全部を黙って見ていた。


 副会長としての監督役に徹しているようでいて、時々こちらへ向ける目があまりに冷静すぎる。たぶん、誰がどう動いているか全部把握している。


 店に着いてからも、その構図は崩れなかった。


 白須賀は布や小物を手に取るたび僕へ意見を求める。


 天雨は会計周りの備品を確認しながら、そのついでみたいに僕へ配置案を聞いてくる。


 柊先輩は必要な品をカゴへ入れつつ、時々「あなた、それ持って」「次はこっち」と自然に僕を自分の近くへ使う。


 誰も露骨ではない。


 露骨ではないのに、僕の行き先だけは常に三方向から引かれている。


 和柄の布を選ぶ売り場で、白須賀が一枚の深紅の布を持ち上げた。


「これ、どうかな」


 夕方の照明の下でも、その色は妙に映えた。和風喫茶の装飾としては悪くない。悪くないのだが、白須賀はその布を自分の肩へ当てるみたいにして、僕にだけ聞こえる声で続ける。


「文化祭当日、私がこれ着てたら見惚れる?」


 さすがにその聞き方はどうなんだと思ったが、言葉にする前に天雨が横から布端を取った。


「目立ちすぎるわ」


 静かな声だった。


「教室全体の色を考えたら、もう少し落ち着いた方がいい」


 白須賀が笑う。


「でも、目立つ方がいい時もあるよね」


「そういうのは個人の趣味でやって」


 天雨の返しも鋭かった。


 売り場の中で、店員に聞こえない程度の温度で火花が散る。その真ん中で、僕だけが何も言えずに立ち尽くしている。


 柊先輩はそんな二人を見て、小さく息をついた。


「二人とも」


 低く、よく通る声だった。


「それ、装飾を選んでるのか、別のことで張り合ってるのか、少し分かりやすくなってる」


 その一言で、白須賀も天雨も一瞬だけ黙る。


 けれど、黙っただけだった。


 白須賀は布を畳み直しながら、やわらかく笑う。


「副会長さん、意外と意地悪ですね」


「現実を言ってるだけ」


 柊先輩は表情を変えない。


「文化祭の準備はあなた達の感情整理の場じゃない」


 ぐうの音も出ない正論だった。


 それでも、白須賀が引いたわけではないことは、そのあと僕の手首へ軽く触れてきた指先の長さで分かった。


※ ※ ※


 帰り道、荷物は結局ほとんど僕が持つことになった。


 両手に袋を提げたまま、夕方の街を歩く。副会長がいる手前、白須賀も天雨もあまり大胆には動けない。だからこそ余計に、視線や距離や些細な接触の方へ神経が向く。


 駅へ向かう途中、小さな横断歩道で信号待ちをしていた時だった。


 白須賀が僕のすぐ隣へ並ぶ。


「沢渡くん、荷物重い?」


「まあまあ」


「半分持つよ」


「いいよ、大丈夫」


「じゃあ、せめてこっち向いて」


 何を言われたのか一瞬分からなかった。向き直ると、白須賀は信号機の赤い光を受けたまま、僕をまっすぐ見上げる。


「副会長さんも、美鈴ちゃんもいるから我慢してるけど」


 その声は、やけに甘かった。


「今日ずっと、沢渡くん取られてる感じして嫌」


 軽くない。


 軽くないのに、通行人から見ればただのクラスメイトの会話にしか見えない距離感でそれを言う。


 しかも直後、反対側から天雨が来た。


「信号、変わるわ」


 短い一言だった。


 けれど、そのタイミングがあまりにも正確すぎて、白須賀の“二人の時間”をきっちり切りに来たのだと分かる。


 歩き出したあとも、僕のすぐ左を白須賀、右後ろを天雨が取る。柊先輩は少し前を歩きながら、その配置を何も言わずに把握している。


 誰か一人が前へ出れば、もう一人がすぐ埋める。


 取り合う、というのはこういうことかと、今さら思った。


 大きな声で言い争うわけじゃない。


 目に見える勝敗があるわけでもない。


 でも、僕の隣の一歩、視線の一秒、触れる口実のひとつを、二人とも一切譲る気がない。


 文化祭準備はまだ始まったばかりだ。


 それなのに、もうこうだ。


 なら、本番までにどこまで行くのか。考えたくもないのに、考えないで済むほど甘くもなかった。


 駅前の雑踏へ戻る直前、白須賀がふと立ち止まる。


「ねえ、副会長さん」


 その呼び方に、柊先輩が振り返る。


「なに?」


「文化祭って、一般公開ありますよね」


「あるよ」


「じゃあ、外からも人来ますよね」


「当然」


 そこで白須賀は、きれいに笑った。


 トップアイドルらしい、何も知らない人ならただ見惚れるだけの笑顔。けれど今の僕には、その綺麗さが少しも安心材料にならない。


「じゃあ、当日もっと大変かも」


 その一言がやけに静かに落ちる。


「沢渡くん、今よりもっとちゃんと見てないと、誰かに取られるかもしれないし」


 冗談みたいに聞こえるようでいて、まったく冗談ではない。


 天雨の視線がすぐに白須賀へ向く。


 柊先輩だけが小さく目を細めた。


 その瞬間、文化祭がただの学校行事で終わるわけがないと、改めて分かった。


 林間学校で露わになった感情は、まだ文化祭という新しい舞台を手に入れたばかりだ。


 そしてその舞台の中心へ、僕はまたしても否応なく立たされようとしていた。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます!

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