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軽い気持ちで国民的アイドルと友達になったら、周りの美少女達から激重感情をぶつけられる件――え!? トップアイドルの君まで!?  作者: 沢田美


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背負いきれない想い

 翌朝、目を覚ました瞬間にまず確認したのは、自分の胸の上だった。


 昨夜のことがあったせいで、半ば反射みたいなものだったのだが、今日は何も乗っていない。代わりに、すぐ目の前に結城の顔があった。


 心臓が跳ねた。


 僕のベッドの縁に頬杖をつき、結城がこちらを覗き込んでいる。カーテンの隙間から差し込む薄い朝の光が、彼女の輪郭だけを柔らかく浮かび上がらせていた。寝起きで少しだけ幼く見えるのに、目だけは妙に冴えていて、まっすぐ僕を捕まえてくる。


「おはよ、沢渡くん」


「……何してるの」


「起きるの待ってた」


 あっさり言いながら、結城は指先で僕の前髪を払った。額に触れた指がひやりとして、寝起きの頭には妙に鮮明だった。


「今日は白須賀さんより先に起きたから、私の勝ち」


「何の勝負だよ」


「沢渡くんの朝を、一番最初に見る勝負」


 そんな勝負を始めた覚えはない。ないのに、結城は本気で言っている顔だった。


 その時、向かいのベッドから衣擦れの音がした。


 振り向くと、白須賀が起き上がったところだった。髪をかき上げる仕草ひとつでも様になるのが、朝からずるい。


「結城さん、朝から近いね」


 穏やかな声だった。


 穏やかなのに、その奥にあるものは少しも穏やかじゃない。


「だって今日は私が先だったから」


「そっか」


 白須賀は笑う。


「じゃあ私は、朝ごはんのあとで取り返そうかな」


 朝から始めないでくれ、と言いたかったが、もう遅かった。


 ※ ※ ※


 朝食後、午前中の活動は外班での森の散策と簡単な課題だった。


 僕の班は昨日と同じく、雪見、瑠美、天雨、そして僕。山道を歩きながら、指定されたポイントで写真を撮ったり、自然に関するクイズに答えたりしていく。内容自体は大したものじゃない。大したものじゃないのに、班の空気は昨日よりずっと濃くなっていた。


 雪見は相変わらず調子が軽く、先頭を歩きながら場を回している。瑠美はその隣で笑っていたが、視線だけは何度も僕へ向いてきた。狭い道では自然なふりをして袖をつまみ、段差の手前ではためらいなく手を求めてくる。


「沢渡くん、ここちょっと怖い」


「足元見て。岩、滑るから」


「じゃあ、手」


 言い方があまりにも自然で、断る方が不自然だった。差し出した手を瑠美が握る。そのまま一歩下りたところで、彼女は小さく笑った。


「ありがと。ほんと頼れるね」


 その直後、天雨が僕の反対側へ回ってきた。


「そっちより、こっちの方が安定してるわ」


 そう言いながら、今度は僕の腕を取る。瑠美に聞かせるためでも、見せつけるためでもないような顔で、実際にはそのどちらも含んでいる触れ方だった。


「……ありがとう」


「別に」


 短い返事。けれどそのまま、天雨はしばらく僕の隣を譲らなかった。


 休憩中、瑠美が水筒を飲みながら言った。


「沢渡くんって、やっぱり優しいよね」


「普通だと思うけど」


「その普通がずるいんだって」


 笑いながら言うくせに、目は冗談じゃなかった。


「林間学校終わったら、ちょっと寂しいかも」


「まだ終わってないだろ」


「そうだけど、終わる前にもう少し仲良くなりたいなって」


 その瞬間、天雨が立ち上がる。


「次のポイントへ行きましょう。時間が押すわ」


 雪見が「まだ少し休めるぞ」と言っても、天雨は引かなかった。表情は変わらない。変わらないまま、空気だけが明らかに冷えている。


 その後の道中、天雨は前よりさらに近かった。僕が足場を確かめれば、そのすぐ横に立つ。地図を見れば肩が触れる位置へ来る。何も言わず、ただ僕の周りの空きを埋めるみたいに。


 川辺で短い自由時間になった時、天雨はようやく口を開いた。


「沢渡くん」


「どうした?」


「あなた、少し無防備すぎる」


「無防備?」


「誰にでも同じように手を差し出すこと」


 淡々とした言い方なのに、その一言ごとに感情が沈んでいるのが分かる。


「優しいのはいいことかもしれない。でも、受け取る側が同じ温度とは限らないわ」


「……分かってるつもりだよ」


「つもり、じゃ足りない」


 そう言ってから、天雨は一度だけ目を伏せた。


「見ていて、かなり嫌な気分になるから」


 そこだけ、言葉が鋭い。


 僕は少し考えてから答えた。


「誰かを期待させたいわけじゃない。けど、拒絶みたいな真似をしたいわけでもない」


「それが一番残酷な時もあるわ」


 正論だった。だから返事に詰まる。


 天雨は僕の袖を軽く摘まんで、静かに続けた。


「私は、あなたが簡単に誰かへ触れるの、あまり見たくない」


 お願いみたいな言い方だった。


 でも、その中身はずっと重かった。


※ ※ ※


 午後は生活班での散策と、夜のキャンプファイヤー準備になった。


 つまり、僕はまた白須賀と結城に挟まれる。


 三人で山道を歩いているだけなのに、妙に空気が甘くて息苦しい。結城は景色を指さしながら、何度も僕の腕へ触れてくる。転ばないように、という名目で。白須賀は写真を撮ろうと誘って、当然みたいに僕を自分の隣に立たせた。


「沢渡くん、もう少し寄って」


「十分近いだろ」


「全然。画角的にも、気持ち的にも」


 さらっとそう言うあたりが、このトップアイドルは本当に厄介だ。


 しかも写真を撮る瞬間だけ、見えない角度で僕の袖口をきゅっと掴む。カメラに向ける笑顔は完璧なのに、僕に向ける体温だけがやけに生々しい。


 売店前のベンチで少し休んでいた時、結城が隣へ座ってきた。


「白須賀さんって、ああいうの上手いよね」


「何が」


「周りを使って自然に沢渡くんの隣取るの」


 明るい調子なのに、少しも明るくない内容だった。


 そのまま結城は僕の肩へ寄りかかる。軽くじゃなく、逃げようとすれば気づかれるくらいの重さで。


「でも私だって、ただ見てるだけじゃないから」


 耳元で囁かれて、思わず視線を向けると、結城はいたずらっぽく笑った。


「今日の夜、ちゃんと私のことも見てよ」


 冗談みたいに言っているのに、目だけが真剣だった。


※ ※ ※


 夕方、キャンプファイヤーの会場には、日が落ちるにつれて独特の空気が漂い始めていた。


 積まれた薪、丸く並べられた丸太、ざわつく生徒たち。空は群青に沈み、山の輪郭だけが濃く残る。その中心で火がつけば、ありきたりな行事のはずなのに、妙に特別な夜へ変わっていく気がした。


 白須賀はそこでも目立っていた。


 立っているだけで周囲の視線をさらっていく。国民的トップアイドルという肩書きを、こんな山の中にまで当然みたいに持ち込んでしまう存在感。教師と話していても、他校の生徒と並んでいても、絵になる。


 けれど彼女は、何度も僕の方を見ていた。


 結城も同じだった。友達と話しているふりをしながら、視線だけは何度もこっちへ戻ってくる。天雨は少し離れた位置で、静かに全部を見ていた。


 火がつく。


 薪が爆ぜて、赤い光が夜を染める。歓声が上がり、揺れる炎が一人一人の顔に陰影を落とした。


 その明かりの中で、白須賀がそっと僕の袖を引いた。


「ねえ、見て」


「火?」


「ううん、私」


 横を見ると、白須賀はもう周囲に向ける笑顔をしていなかった。火の赤を映した瞳で、まっすぐ僕を見る。


「こういうありきたりな噂、好きじゃないって言ったよね」


「言ってたな」


「でも、叶うなら欲しいなって思っちゃうの」


 その言葉の直後、反対側から結城が僕の腕を抱えた。柔らかい感触がぴたりと寄る。


「私も」


 火を見たまま、結城は声を落とす。


「今日ずっと我慢してたけど、一緒に火まで見ちゃったら、もっと欲張ってもいいかなって思う」


 左右から違う熱で責められて、息が詰まる。少し離れた場所からは、天雨の視線が静かに刺さる。何も言わないのに、何よりも重い。


 僕はそこで息を吐いた。


 向き合う覚悟はある。逃げたくない気持ちも本当だ。


 でも、それと答えを出せるかどうかは別だった。


 今の僕は、まだ誰か一人を選ぶだけの確信を持てていない。中途半端な優しさで頷けば、たぶん一番残酷な形になる。だからこそ、急いで決めるわけにはいかなかった。


「……ごめん」


 自分でも驚くほど、声は静かだった。


「ちゃんと向き合いたいと思ってる。でも、今ここで何かを決めたら、たぶん後悔する」


 白須賀が僕を見る。結城も見る。少し離れた場所で、天雨の視線も止まる。


「答えを出そうとはしてる。でも、まだ出し切れない」


 情けない言い方かもしれなかった。


 全部背負えるほど、僕はまだ強くない。けれど、分からないまま分かった顔をするよりはましだと思った。


「だから、待ってほしい……とは簡単に言えないけど、せめて嘘だけはつきたくない」


 沈黙が落ちた。


 火の爆ぜる音だけが、その場に残る。


 白須賀はしばらく何も言わなかった。やがて、小さく笑う。


「沢渡くんって、そういうところ本当にずるいよね」


 責めるみたいな言い方なのに、その目は少しも嫌っていなかった。


「でも、今の答えを無理やり綺麗にしないのは、沢渡くんらしいかも」


 結城は僕の腕を抱いたまま、少しだけ力を弱めた。


「待つの、嫌いなんだけどな」


 そう言ってから、彼女は頬を赤くしたまま続ける。


「でも、適当に選ばれる方がもっと嫌」


 少し離れた場所で、天雨がようやく目を伏せる。


 それだけだった。


 それだけなのに、今の言葉を一番深く受け取ったのが彼女だと分かった。


 キャンプファイヤーの火は相変わらず大きく燃えていた。ありきたりな噂も、結ばれるだの何だのという話も、今の僕には遠かった。


 ただ、少なくとも確かなことが一つだけある。


 彼女たちの気持ちは本物で、重くて、甘くて、面倒で、それでも綺麗だということ。


 そして僕は、そのどれにもまだ簡単に答えを出せないまま、火の揺らめきを見つめていた。


 夜はまだ終わらない。


 けれど、だからこそ、今の僕にはまだ決めきれないまま立ち尽くすことしかできなかった。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます!

このお話が少しでも面白いと感じていただけたら、ぜひ「♡いいね」や「ブックマーク」をしていただけると嬉しいです。

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