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軽い気持ちで国民的アイドルと友達になったら、周りの美少女達から激重感情をぶつけられる件――え!? トップアイドルの君まで!?  作者: 沢田美


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逃げ場はどこにもない

 何してるの、と。


 林の静けさに溶けるような、けれどはっきりとこちらを刺す声だった。木漏れ日の奥に立つ天雨は、いつものように落ち着いて見えるのに、その視線だけが妙に冷えていた。


 結城は僕の唇のすぐ手前まで寄せていた顔を止め、そのままゆっくり振り返る。普段の明るい表情は崩していない。崩していないのに、笑みの端だけが固い。


「……自由時間に散歩してただけだよ」


 結城がそう言うと、天雨は一歩だけ近づいた。


「散歩にしては、ずいぶん近かったけれど」


 言い方は静かだ。静かなぶんだけ逃げ場がない。僕は木に背を預けたまま、小さく息を吐いた。ここで誤魔化せば、たぶん余計に面倒になる。


「話してただけだよ。少なくとも、今は」


 そう答えると、天雨の視線が一度だけ僕に向いた。今は、という言葉を拾ったのだとすぐ分かった。結城もそれに気づいたのか、さっきまで胸元に置いていた手を今度は僕の腕へ絡めるように滑らせる。


「今は、ね」


 結城はくすっと笑った。


「でも私、沢渡くんと二人きりでこういうところにいるの、結構好きかも」


 そう言いながら、わざとらしく僕に肩を寄せる。柔らかな感触が制服越しに触れて、心臓が一拍だけ跳ねた。天雨の目がさらに細くなる。


「結城さん」


「なに?」


「そういうの、見せつけるためにやってるなら趣味が悪いわ」


「見せつけるためじゃないよ。だって、本当に触りたいし」


 あっけらかんと言いながら、結城は僕の腕を離さなかった。むしろ指先に少しだけ力が入る。天雨はそれを見て、ようやく感情を隠すのをやめたみたいに、まっすぐ僕の前まで来た。


「沢渡くん、戻りましょう」


「……ああ」


「あなたがこういう時に押しに弱いの、知ってるから」


 その台詞は僕に向けたものだったが、半分は結城への牽制だった。結城は軽く肩をすくめたあと、それでも最後に僕の袖を摘まんで囁く。


「あとで、ちゃんと私のとこにも来てよ」


 甘えるみたいな声音なのに、断る余地はあまりなかった。


※ ※ ※


 林を出たあとは、予定通り外班での活動が始まった。僕の班は雪見、瑠美、天雨、そして僕の四人だ。山道を歩きながらチェックポイントを回り、途中で簡単なクイズや課題をこなしていく。自然観察だとか協力行動だとか、それらしい名目はついていたが、実際には班の空気を見る行事みたいなものだった。


 雪見は最初から妙に場慣れしていて、どの分かれ道でも「こっち映えそうじゃね?」と軽い調子で進んでいく。瑠美もその隣でよく笑って、けれど時々こちらへ視線を向けてくる。合コンの時よりも距離が自然で、その自然さがかえって厄介だった。


 山道は想像以上に足場が悪い。湿った土に浮いた木の根、苔の乗った石、細くなった獣道みたいな箇所もある。僕が前を歩いて枝を払えば、後ろから瑠美が「ありがと」と笑い、天雨は何も言わずにその様子を見ていた。


 吊り橋の手前で、瑠美が滑りかけた。


 反射的に伸ばした手が彼女の手首を掴み、そのまま身体を引き寄せる。軽い悲鳴と一緒に瑠美の肩が僕の胸にぶつかった。


「大丈夫?」


「……うん。沢渡くん、やさしいね」


 顔を上げた瑠美は少し頬を赤くしていた。そのやり取りを、天雨が無言で見ている。雪見だけが「おお、王子様じゃん」と笑って場を流したが、流れたのは空気の表面だけだった。


 次の休憩地点で水を飲んでいると、瑠美が僕のすぐ隣に腰を下ろした。距離が近い。肩が触れそうなくらい近くて、しかもそれを気にした様子がない。


「ねえ、林間学校終わったあとも、また話せたりする?」


「機会があれば」


「そこはもうちょっと期待持たせてよ」


 冗談めかした言い方の直後、彼女は声を少し落とした。


「でも私、結構本気で気になってるんだけどな」


 その瞬間、向かいに座っていた天雨がペットボトルの蓋を閉める音が妙に大きく響いた。


「休憩は終わりにしましょう」


 それだけだった。けれど、明らかに早い。雪見が「まだ三分くらいあるだろ」と言いかけても、天雨は引かなかった。


「歩けるうちに進んだ方がいいわ」


 結果として、外班の後半は天雨が僕の隣をほとんど譲らなかった。狭い道では自然に前後になるはずなのに、気づけば同じ列の隣へ戻ってくる。川辺の写真を撮る時も、課題の紙を覗く時も、静かに、でも確実に僕の視界に居続けた。


 最後のチェックポイントで班ごとに記念写真を撮ることになった時は、天雨が珍しく自分から言った。


「沢渡くん、中央に」


「え、僕?」


「班の中心でしょ、今日は」


 そう言って僕の腕を引いた手は細いのに強かった。反対側には瑠美が立ち、写真の一枚だけはわざとらしいくらい密着した並びになった。雪見が茶化し、瑠美が笑い、天雨は笑わなかった。笑わないまま、カメラが下がったあとも数秒だけ僕の袖を離さなかった。


※ ※ ※


 宿へ戻る頃には、空は少し赤みを帯びていた。山の夕方は早い。廊下には夕食の匂いが流れ、風呂の案内板や売店の明かりに修学旅行めいた浮つきが滲んでいる。


 だが、僕にとって問題はそこからだった。


 生活班の顔ぶれが、白須賀と結城と僕。


 それだけで十分に嫌な予感しかしないのに、部屋へ入った瞬間、その予感はすぐ現実になった。荷物を整理している間から、二人とも理由をつけて僕のすぐ近くにいる。白須賀はベッドのシーツを整えるふりをして僕の背中に髪を触れさせ、結城は荷物の置き場を相談する名目で何度も顔を寄せてきた。


「ねえ沢渡くん、どっちのベッド使う?」


「空いてる方でいいよ」


「だめ。ちゃんと決めて」


 結城が言う。すると白須賀が、きれいに笑ったまま続けた。


「そうだよ。誰の近くかって、結構大事じゃない?」


 何が大事なんだ。そう言いたかったが、言えば余計に火がつくのは分かっていた。


 結局、下段を僕、上段を結城、向かい側を白須賀にした。これで少しは落ち着くかと思ったのに、全然そんなことはなかった。


 夕食後の自由時間、部屋に戻ると白須賀が窓際に立っていた。夜の山を背にして、室内灯に照らされた彼女は、テレビの中よりもずっと綺麗だった。アイドルとして完璧な顔のまま、僕だけに向ける目は少し熱すぎる。


「今日、外班で楽しそうだったね」


 穏やかな声だった。


「瑠美ちゃんと」


「見てたのか」


「見えるよ。それくらい」


 白須賀は笑ったまま近づいてくる。壁際まで追い込まれるほどではない。でも、逃げようとすれば追いつかれる距離だ。


「沢渡くんって、助ける時いつも自然だよね。ああいうの、勘違いする子増やすから気をつけた方がいいよ」


「勘違いって」


「自分だけ特別かも、って思うこと」


 そこで白須賀は僕の胸元に指先を置いた。制服のボタンをなぞるみたいにゆっくりと滑る、やわらかな指の動き。色っぽいのに、視線は少しも笑っていない。


「でも、私は勘違いじゃないから」


 吐息が触れるほど近くで囁かれ、息が詰まる。そこへ結城が割って入った。


「白須賀さん、近い近い」


 明るい調子なのに、結城は僕の腕を自分の方へ引く。そのまま腕に胸元を軽く押し当てたまま笑う。


「沢渡くん、今日はいっぱい歩いたし疲れたでしょ? 私が癒やしてあげよっか」


「どうやって」


「こうやって」


 結城はそう言って、僕の肩へ顎を乗せた。甘えるような姿勢なのに、白須賀へ向ける視線だけが露骨だった。二人とも笑っている。笑っているまま、僕を間に挟んで一歩も退かない。


 結局その夜、僕はまともに落ち着けなかった。就寝前の消灯後も、暗がりの中で上段から結城の寝返りの音がして、向かいのベッドからは白須賀のかすかな呼吸が聞こえる。静かな部屋なのに、妙に熱がこもっていた。


 それでも疲労には勝てず、僕はいつの間にか眠りに落ちていた。


※ ※ ※


 胸の上に、やわらかな重みがあった。


 苦しくはない。けれど、浅い眠りの底から意識が浮かび上がるには十分な重さだった。まだ薄暗い早朝の気配の中で、僕はゆっくり目を開ける。


 最初に見えたのは、白い首筋だった。


 次に、柔らかく流れた髪。寝息に合わせて上下する肩。僕の胸の上へ頬を預けるようにして、白須賀が眠っていた。


 頭が真っ白になる。


 彼女は僕のベッドへ半分もぐり込むみたいに身体を預けていて、片腕は僕の脇腹へ回されていた。抱き枕にでもするみたいに、当然の顔で。寝顔はひどく無防備で綺麗なのに、その体温と重みだけが現実だった。


「……っ、白須賀さん」


 小声で呼んでも起きない。睫毛ひとつ震えない。そのくせ、胸元へ触れる頬がじんわり熱い。離そうと手を伸ばした瞬間、上段から軋む音がした。


 見上げると、結城が身を乗り出してこちらを見ていた。


 起きていたらしい。


「……ずる」


 ぼそりと落ちた声は、昨夜までの明るさを少し失っていた。結城はそのまま上段から降りてくると、まだ眠る白須賀を見下ろし、それから僕の顔を見る。


「沢渡くん、こういうの反則じゃない?」


「僕のせいじゃない」


「分かってる。でも、見せつけられたら嫌になる」


 結城はそう言いながら、ベッド脇へ膝をついた。近い。朝のぼんやりした空気の中で、彼女の顔が妙に近い。そして次の瞬間、結城は僕の空いている方の手を両手で包み込んだ。


「じゃあ、私も少しだけ」


 細い指が絡む。白須賀は胸の上。結城は手を握ったまま、じっと僕を見つめてくる。朝日がまだ差し込まない薄暗さの中で、その二人の熱だけがやけに鮮明だった。


 ――林間学校一日目の朝は、最悪なくらい甘くて、逃げ場のない形で始まった。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます!

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