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軽い気持ちで国民的アイドルと友達になったら、周りの美少女達から激重感情をぶつけられる件――え!? トップアイドルの君まで!?  作者: 沢田美


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私変わったよね

 班決めが終わると、僕たちはそれぞれ割り当てられた部屋へ向かった。


 四人一部屋の、二段ベッドが二つ置かれた部屋だった。壁も床も木目が多く使われていて、山の中の宿らしい落ち着いた空気がある。窓の向こうには濃い緑が広がっていて、カーテンの隙間から差し込む午後の光が、置いたばかりの荷物の輪郭を柔らかく照らしていた。


 荷物を置き終えると、夕方までは自由時間だと告げられる。


 部屋にいても落ち着かなかった僕は、そのまま一人で外へ出た。


 宿の中を歩いてみると、ちょっとした土産物が並ぶ売店があり、自販機があり、さらには温泉まである。林間学校と聞いてもっと簡素な施設を想像していたけれど、実際は半分修学旅行みたいなものだった。


 館内をひと通り見て回ったあと、僕はそのまま屋上へ出た。


 扉を開けた瞬間、涼しい風が顔を撫でる。


 視界の先には、どこまでも続く山並みがあった。木々の海みたいな緑のうねり。遠くで川が光を反射して細くきらめいている。空は高く、雲はゆっくり流れ、街にいる時とは時間の進み方そのものが違うみたいだった。


 僕は柵の近くまで歩いていき、深く息を吸う。


 空気が、うまい。


 肺の奥までひんやりとした澄んだ空気が入り込んでくる。それだけで、胸の内に溜まっていた熱やざわつきが少しだけ薄れていく気がした。


 ――ここなら少しくらい、一人になれるかもしれない。


 そんなふうに思った時だった。


 屋上の扉が静かに開く音がして、僕は振り返る。


 そこにいたのは、結城だった。


 彼女は僕の姿を見つけると、ほっとしたように目を細めた。それからやわらかく笑って、自然な足取りで近づいてきて、僕の隣に並んで立つ。


「ねえ、沢渡くん」


「どうした?」


「私、変わったよね。小中の頃より」


 風に髪を揺らしながら、結城が前を向いたまま言う。


 その横顔は昔よりずっと垢抜けていた。明るくて、誰の目にも可愛いと映るような華やかさがある。小中の頃の、どこか人と距離を置いていた静かな面影は、もうほとんど残っていない。


「そうだね。同級生だった僕でも、一瞬じゃ分からなくなるくらいには」


 そう答えると、結城は少しだけ嬉しそうに笑った。


「そっか」


 短くそう言ったあと、彼女は視線を遠くの山へ向ける。


「沢渡くんも変われたかな?」


 変われた、か。


 この高校に入学したばかりの頃の僕と、今の僕。比べれば、たしかに変わったんだと思う。変わらざるを得なかった、という方が正しいかもしれない。白須賀や天雨や、他にも色んな人たちの重たい感情に囲まれて、何も知らなかった頃のままではいられなくなった。


「変わったよ。半ば無理やりだけど」


「そっか……」


 結城は小さく頷いた。そのあとで、少しだけ声の調子を落とす。


「でも私、一つだけ変わらなかったものがあるよ」


「ん?」


 僕が彼女の方を見ると、結城はまっすぐ僕を見返してきた。


 屈託のない、やさしい顔だった。けれど、その瞳の奥には、昔のままじゃない熱があった。


「沢渡くんへの想いは、何も変わってないよ」


 一瞬、言葉が詰まった。あまりにもまっすぐで、あまりにも自然に言うから、冗談みたいに聞こえる。なのに、冗談では済まされない重さがある。


「なんだそれ」


「なんだろうね〜」


 結城はわざとはぐらかすみたいに笑うと、そのまま僕の肩へ腕を回してきた。ぴたりと体が触れる。髪が頬のそばまで来て、甘い匂いがかすかに鼻先をかすめた。


「沢渡裕二くん」


「なんだよ」


「少しだけ、その辺散歩しよ」


「……わかったよ」


※ ※ ※


 結城に連れられるまま宿を出て、施設の周囲に整備された舗装路を歩いた。


 山の空気はやっぱり澄んでいて、夕方前の柔らかな光が木々の間を斜めに差し込んでいた。鳥の声と、遠くの水音だけが聞こえる。結城は僕の隣を歩きながら、どこか安心したような顔をしていた。


 結城葵。


 彼女は元々、こんなふうに人懐っこくて明るいタイプじゃなかった。もっと静かで、少なくとも今みたいに誰とでも自然に話して、その場の中心に立てるような人間ではなかったはずだ。けれど今の結城には、そういう面影がほとんどない。


 まるで別人みたいに明るくなっていて、昔を知っている僕ですら、時々その変化に戸惑うほどだった。


 でも、変わったのは彼女だけじゃない。


 久しぶりに再会した時、変わってしまったのは結城だけだと思っていたけれど、実際には僕も同じだったらしい。


 そんなことを考えていると、不意に脳裏を過ぎるのは合コンの日のことだった。結城が見せた、あの本気の顔。あのキスは僕にしかしないと告げた時の、逃げ道を塞ぐような目。


 結城葵という女の子は、白須賀や天雨に匹敵するくらい重い感情を、ずっと胸の奥に抱えていたのだと、あの日思い知らされた。


「沢渡くん」


「どうした?」


 考え込んでいた僕に、結城が声をかける。見れば、彼女はなぜか少し頬を赤くしていた。


「ちょっと、あの林の中……行かない?」


 舗装路の脇に、小さく踏み分けられた林道の入口が見える。人通りはほとんどなく、木々が重なって中の様子はあまり見えない。


「……なんでまた」


「いいから」


 結城は少しだけ視線を逸らしながら、でも拒ませない声でそう言った。


 僕は結局、彼女に言われるまま林の中へ入った。


 中は思っていたより静かだった。風が葉を揺らす擦れた音と、時折枝がきしむような音だけ。木漏れ日がまだらに地面へ落ちていて、空気は少しひんやりしている。静かすぎるせいで、自分の呼吸や鼓動までやけに大きく感じられた。


 その時だった。


 僕が結城の方へ視線を向けた瞬間、彼女は一歩近づいてきて、そっと僕の胸元へ手を当てた。


 指先が制服越しに触れる。体温が布地を通り抜けて、じわりと伝わってくる。そのまま結城は、耳を僕の心臓のある場所へ静かに寄せた。


「……え」


 気づけば僕は、背中を木の幹に預けるような形で立たされていた。逃げ道を塞ぐつもりはないのかもしれない。でも、結果としてそうなっている。


「ど、どうした急に」


「しっ」


 結城は僕の胸に耳を当てたまま、小さく囁く。


「今、沢渡くんの鼓動、聞きたい」


 彼女の髪が制服に触れて、かすかに甘い匂いがした。体温が近い。近すぎる。木漏れ日が結城の髪の上に落ちて、金色に散っている。その光と、甘い匂いと、耳を押し当てている彼女の吐息が混ざって、僕の心臓が余計に速くなるのが自分でも分かった。


 結城は何も言わず、しばらくそのまま僕の鼓動に耳を澄ませていた。静かな林の中で、時間だけが妙にゆっくり流れる。


 やがて、結城はゆっくりと顔を上げた。どこか安心したような、満ち足りたような表情をしている。頬が、さっきより赤い。


「ちゃんと聞こえた」


「……なにが」


「沢渡くんの心臓の音。速かったよ」


 指摘されて、余計に速くなる。


「こういう静かな場所じゃないと、ちゃんと聞こえなかったかも。だから、聞けて嬉しい」


 その言葉は、どこまでも重かった。相手の鼓動まで自分のものみたいに確かめたいと思う感情は、もうとっくに普通の好きの範囲を超えている。


 それなのに、その重さが妙に愛おしく思えてしまう自分がいた。


 結城はそんな僕の内心には気づいていないみたいに、また一歩こちらへ近づいてくる。


「ねえ、沢渡くん」


「……なに?」


「私以外の女の子って、どんな子がいるの?」


 その声色が、さっきまでと少し違っていた。明るさを保ったまま、底の方だけ静かに沈んでいる。


「玲音さんみたいな子が、まだいるんでしょ?」


「……それは」


「見れば分かるよ」


 結城は僕の目をじっと見つめた。逃がさないというより、誤魔化させない目だった。


「もしかして、あの白須賀さんって人も?」


 白須賀の名前を出された瞬間、胸の奥が妙にざわついた。


 結城はきっと、あの短いやり取りと、僕の空気の揺れだけで察しているのだ。


「別にいいんだよ」


 結城はふっと笑う。でも、その笑みは少しも軽くなかった。


「他の女の子と関わってても。好きだって言われても。近くにいても」


 言葉を重ねるごとに、彼女は少しずつ距離を詰めてくる。木漏れ日が揺れて、結城の顔に光と影が交互に落ちた。


「でもね」


 結城の指先が、僕の胸元をゆっくりとなぞる。制服越しに、その輪郭をなぞるように。どこか確かめるように。


「最後に、ちゃんと私を見てくれるなら、それでいいよ」


 それは許しの言葉みたいでいて、実際は全然違った。最後に選ばれる前提で話している。自分が"最後"になることを当然のように望んで、その位置を譲る気なんて少しもない声音だった。


 結城はそのまま、僕の顔のすぐ近くまで来る。吐息が触れそうな距離。甘い匂いが、ひんやりした林の空気の中でかえって濃く届いてくる。木漏れ日が彼女の睫毛を照らして、その目が潤んでいるように見えた。


 結城の唇が、ゆっくりと僕の唇へ近づいてくる。


「何してるの?」


 突然、静かな林の空気を裂くように声が響いた。


 僕も結城も、同時に体を強張らせた。


 反射的に声のした方を見ると、木々の合間に立っていたのは――天雨美鈴だった。


 いつもの静かな佇まいのまま。セーラー服が木漏れ日を受けて、黒髪が光の中でわずかに輝いている。


 けれど、その目だけが、ひどく冷たく僕たちを見ていた。


 どのくらい前から、ここにいたのだろう。


 天雨は何も言わなかった。ただ、静かに確かめるように、僕の顔を見ていた。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます!

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