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軽い気持ちで国民的アイドルと友達になったら、周りの美少女達から激重感情をぶつけられる件――え!? トップアイドルの君まで!?  作者: 沢田美


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班決め

 バスが走り出してから三時間ほどが経った頃、ようやく目的地に到着した。


 車窓の向こうに広がっていたのは、見渡す限りの緑だった。街では見られない濃い木々の色、陽光を弾くようにきらめく川面、風に揺れる枝葉のざわめき。窓越しですら空気の澄み方が分かるほどで、息を吸うだけで胸の奥まで洗われそうな景色だった。


「わーっ! すごい! 沢渡くん、見てよ! 川がある!」


 白須賀が声を弾ませて窓の外を指さす。


 その指の先には、街中ではまずお目にかかれないほど透明な川が流れていた。底の石まで見えそうな澄んだ水。両岸に揺れる木々。朝から長時間バスに揺られていたせいか、その風景はひどく眩しく見えた。


「ほんとだ。……思ってたより、かなり自然だな」


「でしょ? こういうの、ちょっとワクワクするかも」


 白須賀はそう言って笑った。


 その笑顔は、周囲に向ける完璧なアイドルのものとは少し違っていた。僕にだけ向ける、子どもみたいに無邪気な期待が混ざっている。そういう顔をされると、こっちの調子が狂う。


 やがてバスが施設の前で完全に停まると、教師たちが前に出て注意事項の説明を始めた。点呼、行動範囲、危険区域、時間厳守――林間学校らしい堅い話が続いたあと、班分けについての説明が入る。


 どうやら、外で活動する班は男女混合の四人一組。宿での生活班はそれとは別で組むらしい。


 説明が終わり、ぞろぞろとバスを降りる。


 外へ出た瞬間、空気が違った。


 ひんやりしていて、土と水と木の匂いが混ざっている。肺の奥までまっすぐ入ってくるような空気に、思わず小さく息を吐いた。


「うーん、空気が美味しい!」


 白須賀が大きく深呼吸をする。


 陽光の下で髪がふわりと揺れ、その姿は相変わらず絵みたいに綺麗だった。周りの男子がちらちら視線を向けるのも無理はない。


 一年生が全員集合すると、そのまま僕たちは宿泊する施設へと移動を始めた。


※ ※ ※


「めちゃくちゃ綺麗だね」


「うおー、テンション上がる!」


「やば、修学旅行感ある!」


 あちこちからそんな声が聞こえてくる。


 施設は思っていたよりもしっかりした造りで、山の中にある宿舎というより、小規模な研修施設のようだった。木目を活かした外観に、大きめの玄関。整備された広場まである。


 僕がその建物を見上げていると、すっと隣に人影が立った。


「ねえ、沢渡くん」


 天雨だった。


 相変わらず静かに近づいてくるから、毎回少し心臓に悪い。


「どうしたの? 美鈴さん」


「その……よければ、私と外での班を組んでくれないかしら」


「え?」


 思わず間の抜けた声が漏れた。


 天雨は普段、自分の希望を前面に押し出すタイプではない。どちらかといえば、距離を詰める時ですら静かに、気づいた時には隣にいるような子だ。その彼女が、少し頬を染めながら、こんなふうに真正面から誘ってくる。


 それだけで、この林間学校にかけているものの重さが伝わってきた。


「私は、あなたと一緒がいいの」


 小さな声だった。でも、妙にまっすぐだった。


 僕が返事をしようとした、その時だった。


 施設の扉が開き、別の学校の生徒たちがぞろぞろと姿を現した。


 どうやら、結城たちの学校も到着したらしい。


 こちらの生徒たちも向こうの生徒たちも、互いに初めて見る顔ぶれに浮き足立っていた。知らない制服、知らない雰囲気、それだけで妙な高揚感があるんだろう。


「あ! 沢渡くん!」


 その中から、真っ先にこちらへ手を振って駆け寄ってきたのは結城だった。


 明るくて、遠くからでもすぐに分かる笑顔。見た瞬間、こちらまで少し気が緩むような、あの結城らしい空気。


「結城」


「ほんとにいた! なんか変な感じだね。学校違うのに、こうして会うの」


 屈託なく笑うその顔に、僕もつられて口元を緩める。


 ――けれど、そんな穏やかな空気は長く続かなかった。


「あれ!? 白須賀さんいる!?」


「うわ、本物じゃん!」


「やば、実在したんだ……!」


「サインください!」


 向こうの学校の生徒たちが、一気にざわめき立つ。


 当然だろう。白須賀沙也加は、もはやただのクラスメイトではない。“国民的トップアイドル”という肩書きが先に立つ存在だ。同じ場所に立っているだけで、周囲の温度を一変させてしまう。


 教師たちが慌てて制止に入るが、それでも興奮はすぐには収まらなかった。


 白須賀は囲まれながらも、崩れない笑顔で対応していた。愛想よく、柔らかく、でも一線は越えさせない完璧な受け答え。見ているだけで、どれだけ場慣れしているか分かる。


 その光景を見ながら、結城が感心したように呟く。


「すごいね……私、テレビ以外で初めて見たかも。沢渡くんと同じクラスなの?」


「同じクラス。しかも隣の席」


「……そっか」


 僕が特に隠すことでもないと思って答えると、結城は一瞬だけ表情を止めた。


 口元は笑っているのに、目だけがわずかに揺れる。驚きと、納得と、それから説明しづらいもやもやが混ざったような顔だった。


「毎日あんな子が隣にいるんだ」


 独り言みたいに落とされたその一言は、軽い調子のはずなのに、妙に引っかかった。


 そうしているうちに、教師陣が前へ出て、両校の生徒たちをどうにか静かにまとめ上げる。


 まだ興奮の残る中、事前に作られていた班分け用のプリントが配られた。そこには外活動用の班と、宿での生活班の二種類があると書かれていた。


 それから十分ほど経った頃、早速「誰と組むか」という名の勧誘合戦が始まった。


 そして当然のように、視線も声も、まず白須賀へ集まる。


 アイドルと同じ班になりたい。そんな下心が透けて見えるほど露骨だった。白須賀は表向き困ったように笑いながらも、誰をどう受け流すかを冷静に見極めている顔をしている。


 その様子を少し離れた場所から眺めていた僕のもとへ、見覚えのある二人がやってきた。


「あれ、確か……沢渡くんだったよね?」


「お! 沢渡くんじゃーん!」


 雪見清太と、松島瑠美だった。


 前に結城に連れられて行った合コンで一緒になった面子だ。二人とも覚えていたらしく、妙に気さくな距離感で話しかけてくる。


「ここで再会したのも何かの縁ってことでさ」


 雪見が人懐っこい笑みを浮かべながら言う。


「沢渡くんさえ良ければ、一緒に外の班組まない?」


「沢渡くん、話しやすいしね。私もそれ賛成」


 瑠美もにこっと笑って同意した。


 ありがたい申し出ではある。けれど、素直に頷けない事情が僕にはあった。


 ここで「はい」と答えれば、おそらく白須賀と天雨、両方からの視線が飛んでくる。しかもただの視線では済まない気がする。かといって断るのも感じが悪い。


 僕が返答に迷っていると、背中を押すようなタイミングで、またひとつ影が差した。


「早い者勝ち、ってところかしら」


 天雨だった。


 僕の顔を見ながら、彼女はやわらかく微笑む。


「白須賀さんには悪いけど、私は先に声をかけたもの」


 その声音は穏やかだった。穏やかなのに、妙に挑発的だった。


 普段は感情を表に出しすぎない天雨が、こんなふうにわざわざ白須賀の名前を出すあたり、本気度が窺える。少し意地悪そうで、でもその意地悪さが妙に似合っていて、正直少しだけ可愛かった。


「……じゃあ、外の班はそれでいいかな」


 僕がそう言うと、天雨はわずかに目を細めた。


 嬉しそうだった。けれど、あからさまには出さない。その慎ましさが逆に重たい。


 こうして外活動の班は、僕、天雨、雪見、瑠美の四人で決まった。


 白須賀は白須賀で別の班へ誘われていて、結城も向こうの学校のメンバーと外班を作っていたらしい。


 ……問題は、その次だった。


 教師から「生活班は外活動班とは別のメンバーで組むこと」と追加ルールが伝えられる。


 それを聞いた途端、僕の周囲の空気が変わった。


 振り向かなくても分かるくらいには、はっきりと。


 気づけば、僕のすぐそばには白須賀と結城がいた。


 しかも二人とも、笑っている。


 笑っているのに、その目の奥にあるものがまったく穏やかじゃない。


「よろしくね! 沢渡くん!」


 結城が真っ先に言った。


 声音はいつものように明るい。けれど、その明るさの裏に「今度こそ逃がさない」とでも言いたげな圧がある。


「……よろしく」


 白須賀も笑顔のまま短くそう続ける。


 たったそれだけなのに、結城の声とは違う重さがあった。静かで、やわらかくて、それでいて圧倒的に逃げ道がない。


 残り一人の枠はなかなか埋まらず、人数調整の関係もあって、最終的に僕、白須賀、結城の三人で生活班が組まれることになった。


 嫌な予感しかしない組み合わせだった。


「三人班って珍しいね」


 結城がプリントを見ながら言う。


「でも、なんか特別感あるかも」


「……僕はあんまり特別じゃなくていいんだけど」


「私は特別がいいな」


 結城がさらっと言った、その直後。


「私も」


 白須賀が、かぶせるように言った。


 二人の視線が一瞬だけぶつかる。


 笑顔のまま。笑顔のままなのに、そこに流れる空気だけが冷たかった。


 どうしてこうも、ラブコメの神様とやらは、わざわざ面倒な配置ばかり選んでくるのか。


 そんな文句を心の中で呟いていた時だった。


 周囲から見えない角度で、白須賀の指先がそっと僕の手に触れた。


 ほんのわずかに、指先と指先が重なる。


 離そうと思えばすぐに離せるはずなのに、白須賀は逃がさないみたいに軽くなぞってくる。


「ねえ、沢渡くん」


 囁くような声だった。


「知ってる? 二日目の夜、キャンプファイヤーするらしいんだけど」


「らしいね」


「その火を一緒に見た男女のペアは結ばれるんだって」


「……なにその、ありきたりな設定」


 思わず呆れたように返すと、白須賀はくすっと笑った。


「だよね。ありきたり」


 そう言いながら、彼女は指先をさらに絡めるように触れてくる。


「でも、私はそういうの好きかも」


 甘い声だった。


 ありきたりだと笑いながら、その実まったく笑っていない。本気でその“ありきたり”を、自分の未来に引き寄せようとしている声だった。


 すると今度は、反対側から結城が僕の腕をやさしく掴んだ。


「沢渡くん、二日間よろしくね!」


 にこにこと笑っている。


 けれど、その手は思っていたより強く僕の腕に絡んでいた。軽く触れているだけに見せかけて、ちゃんと離さない力加減だった。


「今度は私ともいっぱい話してよ?」


「……そのつもりだけど」


「ほんとに?」


 結城は僕を覗き込むように顔を寄せてくる。


「だってさっき、あの子と同じ班になってたし」


 あの子、という言い方で誰のことを指しているのかはすぐ分かった。


 天雨のことだ。


 結城は彼女の名前をまだ知らない。けれど、知らないままでも十分に警戒しているらしい。


「別に、ただ班が一緒になっただけだよ」


「でも、それだけでも嫌だなって思っちゃう時あるんだよね」


 結城は笑ったまま言う。


 その笑顔は明るいのに、言葉の中身はまるで明るくない。


「私、めんどくさい?」


「今さら聞く?」


「ひどっ」


 そう言って頬を膨らませる結城の横で、白須賀が静かに笑った。


「沢渡くんは、そういう少し面倒なところも含めて可愛いって思ってるのかもね」


「白須賀さんに言われると、なんか別の意味に聞こえるんだけど」


「どういう意味?」


「……深くは言わないでおく」


 言えばたぶん面倒になる。しかも確実に。


 そうして、両側からまるで当然みたいに距離を詰められながら、僕は改めて実感した。


 この林間学校、たぶん平穏には終わらない。


 白須賀の静かで逃がさない重さ。


 結城の分かりやすく甘くて、でも独占欲の強い重さ。


 それぞれ種類は違うのに、どちらも僕を自分の方へ引き寄せようとしてくる。


 二人の感情の重さが、触れられた指先と掴まれた腕からじわじわ伝わってくる中で、僕はそれでも笑って見せた。


「……まあ、よろしく」


 それが今の僕にできる精一杯だった。


 けれど、心の奥ではもう決めている。


 この林間学校で、僕はきっと答えに近づく。


 彼女たちの重すぎる愛の、その先にあるものを。


 ただ甘いだけじゃない、綺麗なだけでもない、本気で誰かを求める感情の行き着く先を。


 逃げずに見つけると、そう決めていた。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます!

このお話が少しでも面白いと感じていただけたら、ぜひ「♡いいね」や「ブックマーク」をしていただけると嬉しいです。

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