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軽い気持ちで国民的アイドルと友達になったら、周りの美少女達から激重感情をぶつけられる件――え!? トップアイドルの君まで!?  作者: 沢田美


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合コン

 結城に「合コンについてきて」と頼まれたときから、嫌な予感はしていた。


 していたのだが――まさか、ここまで場違いな場所に連れてこられるとは思わなかった。


 待ち合わせ場所の前に立った瞬間、僕は思わず足を止める。


 ガラス張りの派手な外観。ネオンの反射。出入りするのは、見るからに陽キャという言葉がぴったりな若者たちばかりだ。制服ではない私服姿のせいもあって、余計にそれぞれの“格”みたいなものが露骨に見えてしまう。


 そして、僕の視線の先では、いかにも遊び慣れていそうな男女六人が、すでに僕たちを待っていた。


「お待たせー! みんな!」


 結城がぱっと表情を明るくして、片手を上げる。


 その笑顔は屈託がなくて、周囲の空気まで一瞬で華やかに変えてしまう力があった。こういうところは昔とは違う。結城は、どこにいても自然と中心に立てる人間だ。


「お、君が結城ちゃん? 可愛いねぇ!」


「写真より全然いいじゃん」


「やば、当たりじゃん」


 軽い調子でそんな声が飛ぶ。


 結城は慣れたように笑って受け流しながら、僕の隣にぴたりと立った。わずかに肩が触れる距離。偶然にしては近すぎる距離だった。


 目の前にいるのは、The・イケメン三人衆とでも呼びたくなる男たちと、同じように華やかな女子三人組。


 ぱっと見ただけで、美男美女が揃っていると分かる空間だ。その中に混ざる僕だけが、どう見ても埋め合わせ要員だった。


「ねぇ、みんな集まったことだし、そろそろカラオケ入らない?」


 ギャル風の女子がそう言うと、全員が「いいね」「行こ行こ」と軽い調子で応じ、そのまま店の中へ流れ込んでいく。


「……来るんじゃなかったな」


 誰にも聞こえないように呟いてから、僕も最後尾でカラオケ店の中へ入った。


※ ※ ※


 案内された個室は思ったより広く、ソファもテーブルも妙に綺麗で落ち着かなかった。


 僕は流れでイケメン三人組の隣に座り、その向かい側に結城を含む女子四人が並ぶ形になる。


 ほどなくして飲み物が運ばれ、炭酸の弾ける音やストローの擦れる音が重なる。


「それじゃ、まずは一人ずつ自己紹介からしよっか!」


 結城が場を仕切るように明るく言った。


 やっぱりこういう空気の中心に立つのが上手い。誰よりも自然で、誰よりも笑顔が板についている。


 まずは男側から、という流れになった。


「ども! 雪見清太(ゆきみ・せいた)です! みんな同じ学校だし、名前くらいは知ってると思うけど、よろしく!」


 知らねえよ、と思ったが、当然そんなことは口に出さない。僕だけ別の学校だという事実が、開始数分で早くも痛い形で表に出ていた。


 その後も一人、二人と自己紹介が続くたび、女子たちは「知ってるー」「あ、サッカー部の人だよね?」なんて気軽に反応を返していく。


 そして、僕の番になった。


「……どうも、沢渡裕二です。自分は別の学校なので、知らない人もいると思うんですけど、一応、結城とは小中からの知り合いです。よろしくお願いします」


 一瞬だけ、間があった。


「へぇ」


「そうなんだ」


「葵ちゃんと昔から知り合いなんだ」


 結城以外の女子たちの反応は、予想通り薄かった。


 まあ、当然だ。僕みたいな地味な人間が自己紹介したところで、空気が少し止まるだけだろう。


 けれど、向かい側に座る結城だけは、妙に満足そうな顔をしていた。


 “昔から知り合い”という言葉が嬉しかったのかもしれない。そんなことを思っていると、彼女はすぐに自分の番だと言わんばかりに身を乗り出す。


「じゃ、次は私ね!」


 ぱっと空気を明るくするような声だった。


「私は結城葵です! 趣味は面白いもの探し、好きなものはアイスとピザ! よろしくお願いします!」


「「「よろしくー!」」」


 男連中の声が一段高くなる。


 そこから女子側の自己紹介が続いたが、全員が全員「学校では知ってると思うけど」と前置きをつけるものだから、ますます自分だけ蚊帳の外にいる感覚が強まった。


 本当に、僕は何をしに来たんだろう。


 そんなことを考えているうちに、合コンらしい時間が始まった。


 曲を入れる者、飲み物を勧め合う者、気になる相手に話しかける者。それぞれが勝手に距離を詰めていく。


 僕はこういう場の立ち回りなんて知らないから、自然と一人になった。


 一方で結城はというと、予想通りというべきか、すぐに男子二人に囲まれていた。


「結城ちゃんって彼氏いないの?」


「休みの日なにしてんの?」


「今度二人で遊ばない?」


 矢継ぎ早に飛ぶ質問に、結城は笑って答えている。答えてはいるが、どこかぎこちない。笑顔の形は崩れていないのに、視線だけが何度かこちらへ向いていた。


 この空気に耐えきれなくなった僕は、空になったグラスを持って席を立つ。


「ちょっと水取ってくる」


 誰にともなくそう言って廊下に出た。


 個室の外は少しだけ静かで、それだけで息がしやすくなる。


 ウォーターサーバーの前で氷の溶けかけたグラスに水を注いでいると、隣に人の気配が立った。


 見ると、女子三人組のうちの一人――たしか、松島瑠美(まつしま・るみ)だった。


「あれ、沢渡くんだよね?」


「……たぶん」


「たぶんって何それ」


 瑠美はくすっと笑いながら、紙コップを取る。


「結城とは知り合いなんだよね?」


「そうだね。小中からの付き合い」


「へぇ。じゃあ結構長いんだ」


「長いけど、まさか合コンに呼ばれるとは思わなかった」


「それは分かるかも」


 瑠美は肩をすくめた。


「でも、葵が男の子連れてくるのって、なんかちょっと意外」


「そうなの?」


「うん。なんていうか、自分のテリトリーに人入れるの、けっこう慎重なタイプだから」


 その言い方に少しだけ引っかかるものを覚えつつ、僕はグラスを持ち直した。


 すると瑠美は、何気ない調子を装いながらも、少し探るように訊いてくる。


「沢渡くんって、結城のこと好きじゃないの?」


「好き、ね……」


 その問いに、僕は少しだけ考える。


 結城は昔とは違って今は距離が近くて、明るくて、面倒見が良くて――でも時々、びっくりするくらい感情が重い。


 そういうのをひっくるめて、僕はまだうまく整理できていなかった。


「どうだろう。僕の周り、わりと面倒なことが多いから、そういうの考える余裕がないっていうか」


「なにそれ。曖昧」


「曖昧なんだよ、実際」


 僕がそう返すと、瑠美は面白そうに笑った。


「じゃあ、葵にもまだチャンスあるんだ」


「なんでそうなるんだよ」


「だって、ずっと見てたら分かるもん。葵、沢渡くんのことかなり――」


 そこまで言いかけた時だった。


 個室へ戻ろうとした瑠美が、曲がり角の向こうから飛び出してきた別の客とぶつかりそうになった。


「あっ――」


 体勢を崩しかけた彼女の腕を、僕は反射的に掴む。


 腰が後ろへ倒れそうになるのを支えるように、肩と背中へ手を回した。


「大丈夫?」


「……っ、う、うん。ありがと」


 かなり近い距離になってしまっていた。


 瑠美は目を瞬かせたあと、少しだけ頬を赤くして視線を逸らす。


「気にしないで。無事でよかった」


 手を離すと、彼女は小さく息をついてから、さっきより少しやわらかい顔で笑った。


「沢渡くんって、思ってたより優しいんだね」


「そう見えなかった?」


「正直、もっと無愛想な人かと思ってた」


「失礼だな」


「でも、そういうギャップあるの、ちょっといいかも」


 からかうような口調だった。


 そのまま二人で部屋に戻ると、自然な流れでまた話が続いた。


 学校はどこかとか、クラスではどんな立ち位置なのかとか、他愛のない話ばかりだったけれど、合コンの空気に馴染めない僕にとってはその方がまだ楽だった。


「あ、そういえば」


 瑠美が思い出したように身を乗り出す。


「沢渡くんの学校と、林間学校で私たち一緒になるんだよね?」


「え、ああ……たぶん、そうなるかも」


「じゃあ、その時はよろしくね」


 瑠美はそう言って、にこりと笑う。


 その笑顔は素直で、嫌味がなかった。


 けれど、その瞬間だった。


 背中に、ひやりとするような視線が刺さった気がした。


 反射的にそちらを見る。


 少し離れた席に座る結城が、グラスを手にしたまま、じっとこちらを見ていた。


 笑っていないわけではない。口元はちゃんと上がっている。けれど目だけが、明らかに違った。


「どうしたの? 沢渡くん」


「……いや、なんでもない。それより、松島さんは――」


「瑠美でいいよ」


「え?」


「瑠美って呼んでよ。林間学校で一緒になるかもしれないんだし、その方が話しやすいでしょ?」


「……じゃあ、瑠美は結城と仲いいの?」


「仲いいよー。いつも遊ぶし、たまにお泊まりもするし」


「へぇ、いいね」


「でしょ?」


 そんな会話をしていると、今度は僕の隣のソファが不自然なくらい大きく沈んだ。


 振り向かなくても分かる。


 結城が、僕のすぐ隣に座っていた。


「ねぇ、沢渡くん」


 声は明るかった。


 でも、近すぎる距離と、妙に甘く尖った声色が、普段の彼女と少し違っていた。


「私ともお話してよ」


「え?」


「ずっと瑠美とばっか喋ってる」


 そう言いながら、結城は笑っている。


 笑っているのに、僕の袖を掴む指先にははっきりと力がこもっていた。


「私が連れてきたのに」


「いや、別にそんなつもりじゃ――」


「うん、分かってるよ?」


 分かっていると言うわりに、結城の視線は少しもやわらがない。


「でも、あんまり楽しそうに他の子と話されると、私、ちょっと困る」


 その言い方は冗談めいていて、それでいて冗談では済ませてくれなさそうだった。


 瑠美が「じゃあ私はあっち行くね」と空気を読んで離れていく。


 結城はそれを見送ったあと、ようやく僕の方へ完全に身体を向けた。


「沢渡くん、ちゃんと私のこと見て」


「……今、見てるけど」


「足りない」


 即答だった。


「今日ずっと、ちゃんと面倒見ようと思ってたのに」


「面倒って」


「だって、こういうの苦手でしょ? 知ってるもん」


 結城は少し拗ねたように唇を尖らせる。


 そのくせ、僕の腕に自分の腕を軽く絡めてきた。


「だから隣にいようと思ったのに、気づいたら瑠美と仲良くなってるし」


「仲良くってほどじゃない」


「私にはそう見えたの」


 その一言だけ、やけに強かった。


 僕が何も言えずにいると、結城はふっと目を伏せ、それから小さな声で続けた。


「……なんか、やだった」


「結城」


「自分でも面倒くさいって分かってるよ。でも、沢渡くんが私以外と楽しそうにしてるの見ると、胸のあたりがむかむかするの。変な感じになる」


 言葉の最後の方は、少しだけ掠れていた。


 結城はいつもの明るい顔のままなのに、その下で感情だけが上手く隠しきれていない。


「今日、来てくれて嬉しかったのに」


 ぽつりと零すように言う。


「嬉しかったから、余計に嫌だった。私が連れてきたのに、私の隣にいてくれないの、なんか……取られたみたいで」


 さっきまでの賑やかな空気が嘘みたいに、僕たちの周りだけ妙に静かに感じられた。


 結局そのまま、僕は結城と瑠美に挟まれる形で合コンの残り時間を過ごすことになった。


 けれど、実際に僕の袖を離さなかったのは結城の方だった。


 歌が入っても、話題が変わっても、彼女は時々こちらを見て、ちゃんといることを確認するみたいに触れてくる。そのくせ、他の連中の前では何でもない顔をして笑っているのだから、余計に厄介だった。


 そして、気がつけば合コンは思ったより早く終わっていた。


※ ※ ※


 店を出ると、夜の空気が肌にひんやりと触れた。


 店内の熱気から解放されて少しだけ肩の力が抜ける。とはいえ、最後は各々で連絡先を交換し合う流れになり、完全には気が休まらなかった。


「ねぇ、沢渡くん。連絡先交換しようよ!」


 帰り際、瑠美がスマホを片手にそう言ってきた。


 僕は深く考えずに応じ、そのまま連絡先を交換する。


「林間学校の時、また話そ?」


「機会があれば」


「なにそれ、もっと愛想よくしてよ」


 瑠美は笑いながら手を振って、友達たちの方へ戻っていった。


 その背中を見送っていると、隣から声がした。


「沢渡くん、いい人見つかった?」


 結城だった。


 街灯の下に立つ彼女は、さっきまでと同じように笑っていた。笑っているのに、その声だけが妙に静かだ。


「どうかな」


 曖昧にそう返して、僕はこのまま帰ろうとする。


 ――その瞬間、ぐい、と手首を掴まれた。


 思ったより強い力だった。


「ねぇ、沢渡くん」


「……なに?」


「私でよければさ、付き合わない?」


 あまりに唐突で、一瞬意味が追いつかなかった。


「彼氏彼女って意味で」


「な、なんで急に」


「急じゃないよ」


 結城は僕の手首を掴んだまま、一歩だけ距離を詰めてくる。


 さっきまでの明るい笑顔はもうなかった。代わりにあるのは、ずっと我慢していたものが限界まで溜まってしまったみたいな、熱を帯びた表情だった。


「私、今日、結構我慢したんだよ」


「我慢……?」


「男子はみんな私に話しかけてくるし、沢渡くんは沢渡くんで瑠美と楽しそうにしてるし」


 結城の声は震えていなかった。


 だからこそ、余計に本気だと分かる。


「ずっと、変な感じだった。胸の奥がざわざわして、落ち着かなくて、見てるだけでどうにかなりそうだった」


「結城、僕はまだ――」


「分かってる」


 結城は僕の言葉を遮る。


「答えをくれないことくらい、分かってるよ。沢渡くん、そういうところ慎重だし」


 彼女は自嘲するように小さく笑った。


「でも、分かってても嫌なの。誰かに取られるかもしれないって考えるだけで、ほんとに無理」


 掴まれた手首がじわじわと熱い。


「今日、瑠美と連絡先交換したでしょ」


「……見てたのか」


「見てたよ。見ないわけないじゃん」


 結城はまっすぐ僕を見る。


 その目は赤くも涙ぐんでもいない。ただ、妙に必死だった。


「私が連れてきたのに。私の隣にいてほしくて呼んだのに。なのに他の子と仲良くなるの、やだった」


 言葉の一つ一つが重い。


 重いのに、それを軽く聞かせようともしない。


「本当は、合コンの間ずっと私が沢渡くんのこと見てるつもりだった。私だけ見てくれたらいいって、ちょっと思ってた」


「それは……」


「めんどくさいでしょ?」


 結城は自分でそう言って、少しだけ口元を歪めた。


「でも、もういいやって思った。めんどくさくても、重くても、沢渡くんに分かってほしい」


 一歩、さらに距離が詰まる。


 夜風が吹いているのに、彼女の周囲だけ妙に熱を持っていた。


「私、本気だから」


 その直後だった。


 結城は僕の手首を掴んだまま、もう片方の手で僕の制服の胸元を軽く引いた。


 反応する間もなく、頬にやわらかな感触が触れる。


 短い、けれどはっきりとしたキスだった。


 離れたあとも、頬には熱が残っていた。


 結城は頬を赤く染めていた。それでも視線だけは逸らさない。


「……これができるの、沢渡くんだけだよ」


 その声は小さいのに、妙にはっきり耳に残る。


「誰にでもこんなことしない。したくない」


 結城はゆっくりと僕から手を離した。


 けれど、完全に離れる直前、名残を惜しむみたいに指先が一度だけ僕の手に触れる。


「沢渡くん、私ね」


 夜の街の喧騒の中で、その声だけが妙に近かった。


「次に会うまでに、ちょっとでも他の子のこと考えてたら嫌かも」


 冗談めかして言っているようで、目はまったく笑っていない。


「私のこと、ちゃんと考えて。今日のことも、今のことも、忘れないで」


 それだけ言うと、結城はようやく一歩下がった。


「……沢渡。今度は林間学校でね」


 わざと苗字だけで呼び捨てにしたその言い方が、妙に甘くて、妙に独占欲じみていた。


 結城は最後に一度だけ僕を見て、それから背を向ける。


 立ち去っていく後ろ姿はいつものように明るく見えたのに、僕の頬に残った温かさだけが、まるで逃がさない印みたいに、いつまでも消えなかった。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます!

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