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軽い気持ちで国民的アイドルと友達になったら、周りの美少女達から激重感情をぶつけられる件――え!? トップアイドルの君まで!?  作者: 沢田美


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誰かが言った

 誰かが言った。


 究極で無敵のトップアイドルは、清廉潔白で、誰のものにもならない純潔の象徴でなければならない。恋なんてしてはいけないのだ、と。


 それを聞くたびに、僕は胸の内で静かに思う。


 ――そんなのは、都合のいい幻想だ。


 現実はもっと生々しくて、もっと重い。


 誰かを本気で好きになったアイドルは、綺麗なままじゃいられない。笑顔の奥に執着を隠して、平気なふりをしながら、その人の呼吸も視線も時間も、全部ほしがる。


 愛した人がいるアイドルは、その感情を、まるごと相手にぶつけてくる。


 逃げ場なんて、最初から用意されていないみたいに。


※ ※ ※


「来週から一年生だけで、二日間、別の学校の一年生と合同で林間学校を行う」


 担任の口から告げられたその一言に、教室の空気がざわりと揺れた。


 前の席の生徒が振り返り、後ろの方では早くも誰と同じ班になるかなんて話題で小さな盛り上がりが起きている。浮き足立った声があちこちで跳ねる中、担任は意に介した様子もなく黒板に日程と集合時間、注意事項を書き連ねていった。


 キュッ、キュッ、と乾いたチョークの音が教室に響く。


 林間学校。本来なら春に実施されるはずだった行事だ。けれど、白須賀のこの学校への入学、学校案内の収録、ショートドラマの撮影――そんなイレギュラーが次々に重なったせいで、ずっと延期になっていた。


「林間学校……」


 思わず漏れた呟きに、隣の席の白須賀がこちらへ顔を向けた。


 窓から差し込む秋の朝の光が、彼女の横顔を淡く縁取っている。睫毛の影まで綺麗で、何も知らない人が見たら、その表情をただ可憐だと思うんだろう。でも、近くで見ると分かる。その目の奥には、柔らかな光だけじゃないものが沈んでいる。


「ねえ、沢渡くん」


「なに? 僕、一応まだ病み上がりなんだけど」


「知ってるよ、それくらい」


 白須賀はすぐに答えた。あまりにも自然で、あまりにも迷いがない返事だった。


「ちゃんと見てたもん。復帰してから顔色が少し戻ったのも、歩く速さが前より安定してるのも、咳の回数が減ったのも」


「……そこまで見てるの?」


「好きな人のことだもん。それくらい普通でしょ?」


 さらりと言われて、僕は一瞬だけ言葉に詰まる。


 白須賀は小さく微笑んだ。綺麗すぎる笑顔だった。綺麗すぎて、逆に何を考えているのか読めない。


「それでね。復帰したのはつい先日でしょ? だったら少しくらいは回復してるよね?」


「待って。今、何か企んでる?」


「企んでるだなんて、ひどい言い方しないでよ」


 そう言って笑う声は明るいのに、視線だけが妙に離れない。


 少し離れた席から、天雨の視線がこちらへ向いているのを感じた。相変わらず静かで、音もなく、存在感だけを肌に残すような見つめ方だった。何も言わないくせに、全部聞いていて、全部覚えていそうな目。


「持ち物等はこのプリントに書かれているから、各自ちゃんと目を通しておくように」


 担任はそう言い残し、朝のホームルームは終わった。


 途端に教室のざわめきが一段と大きくなる。


 その喧騒の中でも、白須賀はまだ僕を見ていた。


 まるで、林間学校なんて行事よりも、そこに僕がいることの方がずっと大事だとでもいうみたいに。


※ ※ ※


 昼休み。


 屋上の扉を押し開けると、秋の風が頬をやわらかく撫でた。


 夏の終わりの熱をもうほとんど残していない、少し乾いた涼しさ。高い空には薄い雲が散っていて、陽射しは明るいのに、空気だけが静かに季節の移ろいを伝えてくる。


 そして――珍しく、そこには白須賀だけがいた。


 天雨の姿はない。


「なんか珍しいな。白須賀さんだけなんて」


「そうだね。私だけなの、珍しいかも」


 白須賀は柵に背を預けたまま、僕を見ていた。


 風が彼女の髪をさらう。頬にかかった髪を払おうともせず、ただじっとこちらを見る。その視線には、待っていた時間の長さが滲んでいた。


 僕が近づくと、白須賀は柵から身を離した。


 次の瞬間、ためらいもなく僕に抱きついてくる。


 細い腕が背中に回り、きゅっと力がこもった。見た目からは想像できないくらい、離すつもりのない抱きしめ方だった。制服越しに伝わる体温が、やけに熱い。甘い香りが秋風に溶けて、鼻先をくすぐる。


「林間学校、楽しみだね。沢渡くん」


「あまり学校でそういうことするの、よくないんじゃないか。誰かに見られたら終わるだろ」


「そうなったら、そうなったでいいよ」


 白須賀は胸元に顔を埋めたまま、くぐもった声で言う。


「沢渡くんが責任、取ってくれるんでしょ?」


「簡単に言うなよ……」


「簡単じゃないよ」


 彼女の腕に、さらに少しだけ力が入った。


「私、軽い気持ちでこんなことしてないもん」


 耳元で囁かれた声はやわらかいのに、ぞくりとするほど真剣だった。


「私の時間も、気持ちも、これから先のことも、もう沢渡くんにあげるって決めてるの。だから、沢渡くんにもちゃんと同じだけ返してほしい」


「白須賀……」


「ねえ、沢渡くん」


 白須賀は顔を上げた。


 至近距離で目が合う。アイドルらしい完璧な顔立ち。その中で、瞳だけが妙に熱を持って揺れていた。


「林間学校、楽しみなの。ずっと一緒にいられる時間が増えるでしょ? 班行動も、自由時間も、夜だってあるし」


 そこで彼女は、ふっと微笑む。


 可愛い笑みだった。けれど、その裏側にある感情は可愛いだけでは済まない。


「誰にも邪魔されたくないなって、思っちゃうくらいには」


 さらりと言われた言葉が、風よりも冷たく肌を撫でた。


「天雨さんにも?」


「……どうだろうね」


 白須賀は否定しなかった。


 その代わり、僕の胸元に指先を這わせるみたいに制服の皺を整えながら、静かに続ける。


「でも、沢渡くんがちゃんとしてくれたら、私、そんなに嫌な子にならなくて済むかもしれない」


「それ、僕次第ってこと?」


「うん。だって、私をこんなふうにしたの、沢渡くんだもん」


 理不尽だと思う。けれど、白須賀は本気でそう思っている顔をしていた。


 好きという言葉だけでは足りない何かが、彼女の中で少しずつ形を変えている。抱きしめる腕の強さも、僕を見る目の熱も、以前よりずっと重く、逃がさないものになってきていた。


「……離れないの?」


「まだ無理」


 即答だった。


「だって、朝からずっと我慢してたから」


「そこまで?」


「うん。沢渡くんが他の子と話してるの見てると、胸の奥がぐちゃぐちゃになるの。自分でも嫌になるくらい」


 白須賀は一度だけ目を伏せ、それから小さく笑った。


「でも、嫌になるだけで済んでるうちは、まだ大丈夫だよね」


 その言い方がまるで、いつかは済まなくなる可能性を知っているみたいで、僕は返事に困った。


 結局、白須賀が満足するまで、僕はしばらくその場から動けなかった。


※ ※ ※


 放課後。


 僕はいつも通り、一人で帰路についていた。けれど今日は、珍しく欲しい本があったので、そのまま商店街の方へ足を向けた。


 夕方の商店街は思った以上に賑わっていた。新商品の呼び込みをする店員の声、買い物袋を提げた主婦たちの談笑、喫茶店の前で立ち話をしている学生たち。日が傾き始めた通りには、生活の気配が濃く漂っている。


 僕はその中にある、少し大きめの本屋へ入った。


 自動ドアを抜けると、紙とインクの匂いが鼻をくすぐる。店内にはアニメキャラのパネル、アニメ化した文庫本の特設棚、受験参考書、一般文芸、実用書、絵本、そしてライトノベルの新刊平台まで、ぎっしりと本が並んでいた。


 僕が手に取ったのは、ライトノベルだった。


 最近はゲームばかりでなかなか読めていなかった、気になっていたシリーズの続刊。帯の煽り文を軽く眺め、ぱらりと口絵を確認してから、そのままレジへ向かう。


 会計を済ませ、店を出ようとした、その時だった。


「沢渡くんじゃん!」


 聞き覚えのある明るい声に呼び止められ、僕は振り返る。


 そこにいたのは、結城葵だった。


「奇遇じゃん! 何の本買ったの?」


 結城はいつもより少し近い距離感のまま、ぱたぱたと僕のところへ歩み寄ってきた。ふわりと甘い香水の匂いが鼻先をかすめる。開いた胸元や、さりげなく整えられた髪型まで含めて、いかにも“偶然会っただけ”では済まない仕上がりだった。


「気になってたラノベの新刊が出たから買ったんだよ」


「へぇ、ラノベまだ読んでるんだ。私は前より読まなくなったけど……どんなジャンル?」


「ダークファンタジー。描写も細かいし、話作りも上手くて面白い」


「へぇー。じゃあ私も買ってみようかな。沢渡くんが面白いって言うなら、ちょっと気になる」


 そう言いながら、結城は僕の手元の袋を覗き込むように身を寄せてきた。


 距離が近い。近い上に、避ける隙をあまり与えない詰め方をしてくる。


「それにしても、ほんと偶然だね」


 僕がそう言うと、結城は一瞬だけにこっと笑ってから、


「……うん。偶然、だよ?」


 妙に含みのある言い方をした。


 そのまま、彼女は僕の腕を掴む。


「あっちのカフェで、お話しよ!」


「……まあ、いいけど」


「やった」


 返事をした途端、結城の機嫌が目に見えて上がった。掴まれた腕に絡む指先が、ほんの少しだけ強くなる。


 こういうところも相変わらずだな、と思いながら、僕は彼女に引かれるまま洒落たカフェへ向かった。


※ ※ ※


 店内は落ち着いた照明で、窓際の席には夕方のやわらかな光が差し込んでいた。


 僕と結城は向かい合う形で席に座り、それぞれ適当に飲み物を頼む。結城はメニューを見ながら楽しそうに悩んだ末、カフェラテとパフェまで追加で注文した。


「こういうとこ来ると、甘いのも欲しくならない?」


「結城はいつもそんな感じだな」


「だって、可愛いでしょ。見た目が」


 そう言って笑う結城は、たしかに周囲の空気まで明るくするタイプの女の子だ。けれど、その明るさの奥に、最近は別の色が混じることがある。


「そういえばさ」


 注文を終えたあと、結城が身を乗り出してきた。


「たぶん沢渡くんの学校と合同で林間学校があるんだけど、何か把握してる?」


「え?」


「いやだって、この学校」


 結城は鞄から一枚のプリントを取り出し、テーブルの上に置く。


「沢渡くんがいる学校でしょ?」


 そこに書かれていたのは、林間学校に関する詳細だった。見覚えのある日程と注意事項。学校名までしっかり載っている。


「この学校、結城の学校だったのか」


「そだよ! 忘れられたら困るんだけど!」


 結城は頬を膨らませて見せる。


 拗ねたような表情が少し可笑しくて、僕は思わず小さく笑った。


 その反応を見た結城は、一瞬だけ目を丸くして、それから嬉しそうに口元を緩める。


「沢渡くん、今笑った」


「笑うだろ、その顔は」


「じゃあもっと見せるから、私のこといっぱい見てよ」


 冗談めかした口調だった。


 けれど、そのあとに続いた一言は妙に重かった。


「他の子見るくらいなら、ね」


 僕が返事に詰まったところで、店員が注文を運んできた。


 アイスコーヒー、カフェラテ、そして結城の頼んだパフェ。ガラス器の中に盛られたクリームやフルーツが、照明を受けてきらきら光っている。


 僕はアイスコーヒーに口をつけた。


 一方の結城は、まずカフェラテを一口飲んでから、すぐにパフェへスプーンを入れる。ひとくち食べて、満足そうに目を細めたあと――次の瞬間、そのスプーンを僕の方へ差し出してきた。


「はい。沢渡くんも、あーん」


「……わかったよ」


 あまり深く考えず、僕は差し出されたスプーンをそのまま口に入れた。


「――っ」


「……ん?」


 口の中に甘さが広がった数秒後、結城の顔がみるみるうちに赤くなっていく。


 あ、しまった。


「え、ちょ、食べるの!? ほんとに!? ……い、いや、その、これ、間接キスだよ?」


「……まあ、今さらって感じもするけど」


「い、今さらって言うな!」


 結城は慌ててスプーンを引っ込め、自分の胸元を押さえるみたいにして視線を泳がせた。さっきまでの余裕が嘘みたいに崩れている。


「良かったの?」


「聞くの遅くないか」


「だ、だって普通ちょっとは躊躇うじゃん……!」


 気まずいような、妙に甘ったるい沈黙が一瞬だけ落ちる。


 結城はそれを振り払うように咳払いし、それでも赤いままの顔で僕を見た。


「あのね、沢渡くん」


「なに?」


「ちょっとお願いがあるんだけどさ……」


「ん?」


 結城はスプーンを皿の上に置く。


 その音が、やけに小さく響いた。


「明日、良ければなんだけど……私と一緒に合コンに来てくれない?」


「は?」


「いや、変な意味じゃなくて!」


 変な意味じゃないと言いながら、結城は明らかに落ち着いていなかった。テーブルの下で指先をもじもじさせ、けれど視線だけは逸らさない。


「その、人数合わせっていうのもあるんだけど……でも、それだけじゃないの」


「それだけじゃない?」


「……私、一人で行きたくない」


 さっきまでの明るさが、少しだけ薄れる。


 結城は笑おうとして、うまく笑えなかったみたいな顔で続けた。


「知らない男の子たちの中に入るの、なんか嫌で。でも断れなくて。だから、沢渡くんが一緒にいてくれたら安心するっていうか……」


 そこで言葉を切り、結城は唇をきゅっと結んだ。


 それから、観念したように小さく息を吐く。


「……本当は、沢渡くんが他の誰かに取られるのが嫌だから、かな」


「結城」


「だって最近、沢渡くんの周り、可愛い子多すぎるもん」


 冗談みたいな口調にしようとしているのが分かる。でも、声の奥は全然笑っていなかった。


「玲音さん、以外にもいるんでしょ? 沢渡くんを見てる人。あまり知らない私だって見てるから分かるよ」


 結城はそう言って、テーブルの上に置かれた僕の手にそっと自分の指を重ねた。


 触れ方自体はやわらかいのに、逃がさない意志だけがはっきりしている。


「私、平気なふりするの得意じゃないんだよね」


 彼女は困ったように笑う。


「だから先に言っとく。明日、来て。お願い」


 重ねられた指先に、少しだけ力がこもる。


「沢渡くんが来てくれないと、私、たぶんずっとそのこと考えちゃう。誰と喋ったとか、どの子を見たとか、そんなのばっかり気にして、めんどくさい女になる」


「もう十分めんどくさい気もするけど」


「知ってる」


 結城は即答して、それから頬を赤くしたまま、それでもまっすぐ僕を見つめた。


「でも、沢渡くん相手なら、もっとめんどくさくなるよ。たぶん、自分でも引くくらい」


 冗談には聞こえなかった。


 カフェのざわめきは変わらず周囲にあるのに、その席だけ、妙に息苦しいほど熱を持っている気がした。


「だから、お願い。私のこと、放っとかないで」


 最後の声だけが、やけに素直で、やけに重かった。


 僕は結城の顔を見返したまま、しばらく何も言えなかった。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます!

このお話が少しでも面白いと感じていただけたら、ぜひ「♡いいね」や「ブックマーク」をしていただけると嬉しいです。

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