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軽い気持ちで国民的アイドルと友達になったら、周りの美少女達から激重感情をぶつけられる件――え!? トップアイドルの君まで!?  作者: 沢田美


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その時は二人きりで

 僕と玲音が二人並んでゲームセンターを歩いていると、少し離れた場所で葵が連れてきた集団と楽しそうに笑い合っているのが見えた。


 その光景を眺めながら、僕は心のどこかで結城葵という存在が遠くなったように感じていた。


 中学までの彼女は、ああいうイケイケな連中とつるむタイプではなかった。こういう大人数の遊びの輪に、自分から飛び込むような子でもなかった。それが今では、笑い声の中心にいる。変化を恐れず、変わることを選んで、その環境に順応している。


 翻って、僕はどうだろう。この半年で周りが目まぐるしく変わっていくのを、僕はただ流されるように受け取ってきただけだ。変化しているのか、していないのか、それすら自分では判断がつかない。


 そんな答えの出なそうな問いを頭の中で転がしていると、葵がこちらへ気づいて手を振ってきた。


「お腹すいたし、お昼にしない?」


 葵の提案に、その場の全員が賛同した。僕もその流れに乗って、みんなでフードコートへ向かう。


 各々が食べたいものを探しに散っていく中で、僕が向かった列に葵がいた。注文表を真剣な顔で見つめている。


「お、沢渡くんもここにするの?」


「うん」


「そっか」


 二人で横に並んで、順番が来るまで列に立った。葵はメニューを眺めながら、ぽつりと言った。


「なんか、沢渡くんは変わってなくて良かった」


 唐突な言葉に、僕は思わず葵の横顔へ視線を向けた。


 彼女はどこか遠くを見るような目をしていた。懐かしんでいるような、それでいて少し寂しそうな顔だった。


「沢渡くんは、昔の私のこと知ってるもんね」


「まあ……体育の余り組でよく一緒になってたし」


「それまだ覚えてるの? ウケる」


 葵が小さく笑う。それからまた遠い目に戻って、静かに続けた。


「私は変わったよ。中学までの自分から変わりたくて、メイクとか今どきの流行とか必死に調べてさ。コミュ力もゼロから練習して、やっとここまできた。……でも沢渡くんには敵わないな」


「え?」


「まさか、有名なアイドルと関係を持ってるなんて。想像もつかないよ」


 葵は笑いながら言ったが、その笑みはどこか苦さを含んでいた。


「……結城」


「沢渡くんはさ、彼女とかまだいないの?」


 その時だけ、何か返そうとしていた言葉が、うまく出てこなかった。


「私はまだ好きな人ができたことないんだよね。自分に見合った人を見つけられる気がしないし、外見は変われても内面はあんまり変わってないみたいだから」


 葵は苦笑いを浮かべながら言う。それから、ほんの少し声のトーンを落として、僕の方へ顔を向けた。


「私さ、昔、沢渡くんのことが好きだったんだよ」


 視線がぶつかった。葵は目を逸らさなかった。


「大したきっかけがあったとかじゃなくてね。ただ沢渡くんって、どんな物事も現実としてちゃんと受け取って、さりげない優しさをいろんな人へ向けてるじゃない。それを見てたら、憧れと恋心がごちゃ混ぜになって……気づいたら好きになってた」


 僕は何も言えなかった。


 葵は照れるでも笑うでもなく、ただ淡々と、自分の中にあったものを整理するように話した。それがかえって、言葉の重みをじわりと増やしていた。


 葵が肉うどんを注文して、トレーを受け取る。僕はその工程を眺めながら、さっきの言葉をどう処理すればいいのか分からなかった。


 順番が回ってきて、僕はごぼ天うどんを頼んだ。お盆を持って、みんなの待つ席へ歩く。葵が隣を歩いていたが、お互いに何も喋らなかった。沈黙が気まずいというより、何かを言うより黙っている方が自然な、そういう静けさだった。


「あ、沢渡くん。この後少しだけ付き合ってくれない?」


 席に着く直前に、葵がそっと言った。


 さっきの言葉が、まだ頭の中に残っていた。


「分かった」


※ ※ ※


 先に食べ終えた僕と葵は、二人でショッピングモールの中を歩いた。用事があるわけでもなく、どこかへ向かうわけでもなく、ただぶらぶらと流れるままに店の前を過ぎていく。会えなかった時間を埋めるように、というより、何かを確認するように、二人でゆっくりと歩いた。


「沢渡くんはさ、自分で変わろうとは思わないの?」


「今のところは思わないかな。……今は色んな人から色々な感情を向けられてて、変わろうにも変われないっていうか」


「そっか」


 葵が僕の少し前を歩いている。靴がショッピングモールの床を叩く音が、BGMの合間に聞こえてくる。


 その瞬間、葵の足元が崩れた。


 考えるより先に体が動いていた。葵の手首を掴んで、自分の側へ引き寄せる。彼女の体が僕の胸元に収まる。日焼け止めと、葵自身のわずかな体温が伝わってくる。


 一瞬だけ、時間の流れが遅くなった気がした。


「大丈夫?」


 葵はしばらく、視線をあちこちへさまよわせていた。目が合いそうになるたびに、どこか別の場所へ逃げていく。


「……うん」


 そう言って、葵はゆっくりと体を離した。


 その時の顔が、さっきまでと少し違った。照れているというより、何かを確認して、それを噛み締めているような表情だった。


「沢渡くんは相変わらずだね」


「……?」


「なんでもない」


 葵は小さく笑って、前を向いた。歩き出す前に、もう一度だけ振り返る。


「沢渡くんが変わってなくて、良かった」


 その声は、さっきより少しだけ柔らかかった。


※ ※ ※


 ショッピングモールの外へ出ると、空はすっかり夕焼けに染まっていた。


 みんながそれぞれ今日の感想を言い合う中で、僕の視線は自然と葵に向いていた。


 葵はいつも通りに見えた。よく笑っていて、よく喋っていて、集団の中に自然に溶け込んでいる。けれど、あの瞬間から――足を崩した葵を引き寄せたあの瞬間から――僕へ向ける仕草だけがどこか忙しなかった。視線が合いそうになると逸れる。話しかけようとして、止まる。


 その繰り返しを、葵は意識していないふりをしていた。


「ねえ、沢渡くん」


 人の輪から少し外れたところで、葵が声をかけてきた。緊張しているのが、声のわずかな固さで分かった。


「また遊ぶ日があったら連絡するね」


「うん、その時はよろしく」


「うん……その時は、二人っきりで」


 最後の一言だけ、少し小さかった。顔が赤いのは夕陽のせいだと思いたかったが、この角度から見れば分かる。夕陽のせいだけではない。


 葵はそのままそそくさと集団の方へ戻っていった。その背中が、明らかに足早だった。


 見送っていると、隣に立っていた玲音が脇腹を肘でつついてきた。


「な、なに?」


「アンタって本当に人垂らしがすごいわね」


「どういう意味?」


「もうなんでもない!!」


 玲音は顔を背けて、ぷいと前を向いた。その耳が赤いのが、夕陽の光の中でも分かった。


 こうして、その日の遊びは終わった。


 空は深い橙色に染まって、人の波が駅の方へ流れていく。その中で僕は一人、今日起きたことを静かに反芻していた。まだ夏休みは始まったばかりだ。この先どうなっていくのか、不安がないと言えば嘘になる。


 けれど、この日だけは。


 何かに、少しだけ期待している自分がいた。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます!

このお話が少しでも面白いと感じていただけたら、ぜひ「♡いいね」や「ブックマーク」をしていただけると嬉しいです。

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