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軽い気持ちで国民的アイドルと友達になったら、周りの美少女達から激重感情をぶつけられる件――え!? トップアイドルの君まで!?  作者: 沢田美


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30/70

始まる夏休み

 終業式の日は、朝から暑かった。


 まだ本格的な夏ではないはずなのに、校門をくぐった時点で、空気の温度が明らかに違う。アスファルトの照り返しも、蝉の鳴きかけみたいな音も、全部が「もう逃げ場はない」と言ってくるみたいで嫌だった。


 教室へ入ると、案の定、白須賀沙也加はまだ来ていなかった。


 ここ数日はそうだ。

 ライブ後の取材、特番、雑誌、配信、ラジオ。ニュースで見るだけでも、白須賀の予定は明らかにおかしい密度になっていた。東京ドームを成功させた人間が、数日で普通の高校生活へ綺麗に戻れるわけがない。


 それでも今日は終業式だからか、クラスの空気がどこか浮き足立っていた。


「白須賀さん、来るかな」

「終業式だけ顔出すんじゃない?」

「ていうか夏休み入ったら、もうほとんど会えなくない?」


 そんな会話が、あちこちから聞こえる。


 僕はそれを聞き流すふりをしながら、自分の席へ座った。

 隣の椅子は空いたまま。机の上もきれいに片づいていて、なのにそこだけ妙に存在感がある。


 ……慣れたくないな、と、思う。


 別に、白須賀が学校へ来ないこと自体は当然だ。

 でも、当然だから平気かといえば、そうでもない。最近の僕は、自分で思っているよりずっと、この席の有無に引っ張られている気がした。


 ホームルームが始まる直前になって、ようやく教室の扉が開く。


「おはよー」


 たったそれだけで、空気が変わった。


 白須賀は、夏の光をそのまま連れてきたみたいな顔で教室へ入ってくる。

 制服姿なのに、もう完全に“テレビの向こうの人”みたいに見える瞬間がある。それでもやっぱり、こうして僕の隣へ歩いてくると、妙に現実味もあって困る。


「おはよう」


 前を向いたまま小さくそう言うと、白須賀は席へ座りながら、机の下で軽く僕の膝に触れた。


 一瞬だけ。

 でも、その一瞬が、教室のざわめきよりずっと強く意識へ刺さる。


「今日はちゃんと来たよ」


「見れば分かる」


「ふふっ。そうじゃなくて」


 白須賀は前を向いたまま、ほんの少しだけ声を落とした。


「終業式、沢渡くんの隣で受けたかったの」


 そんなことを、朝の教室で、平然と言わないでほしい。


 けれど当の本人は、それで満足したみたいに少しだけ笑う。

 ホームルームで担任が入ってきた頃には、もう何でもない顔に戻っていた。


 ※ ※ ※


 終業式そのものは、驚くほどあっさり終わった。


 校長先生の長い話。夏休み中の注意。進路指導の諸連絡。

 毎年同じような流れのはずなのに、今年だけは、どこか“その先に何かが待っている”感じが濃かった。


 教室へ戻ると、担任がプリントを配り始める。

 課題一覧、成績表、夏休み中の連絡事項。そんな、普通の高校生ならそれなりに面倒で済むはずの紙束が、今日の僕には妙に軽く見えた。


 その代わりに、もっと面倒なものが、別のところから一気に押し寄せてきた。


「沢渡くん」


 最初に来たのは、白須賀だった。


 クラスメイトたちに囲まれる前の、ほんの短い隙を狙って、彼女は僕の机の端へ一枚の紙を滑らせる。

 折りたたまれた、小さなメモだ。


「後で見て」


「今じゃダメなの」


「今見ると顔に出るから」


 それだけ言って、白須賀はすぐに別の子たちへ囲まれていった。

 逃げ方がうますぎる。


 次に来たのは、天雨美鈴だった。


 教室が少しざわつく中、彼女は僕の机の横へ来て、当たり前みたいに小さな封筒を置く。


「何これ」


「夏休みの予定」


「なんで僕の?」


「私の」


 静かな声だった。

 でも、その内容は十分に重い。


「図書館行く日と、塾の夏期講習ない日と、家の手伝いで動けない日、全部書いてあるから」


「なんで?」


「合わせたいから」


 即答だった。


「沢渡くん、放っておくと勝手に誰かに取られそうだし」


 その“誰か”が誰を指しているのか、わざわざ聞くまでもなかった。

 天雨は少しだけ僕のネクタイの結び目を直す。


 指先が喉元へ触れて、一瞬だけ息が止まる。

 柔らかい。細い。なのに、その手つきのほうが、下手な言葉よりずっと独占欲が強かった。


「夏休み、逃げないでね」


 囁くみたいな声だった。

 でも内容だけは全然やさしくない。


 天雨が離れたあと、今度は白須賀がこっちを見ているのに気づく。

 あからさまに不機嫌、ではない。ないけれど、笑顔のまま目だけが少し冷えていた。


 そして、その流れに被せるみたいに、教室の後ろから最後に来たのは柊先輩だった。


「はい、これ」


 差し出されたのは、生徒会の封筒だった。


「また何かですか」


「また何かよ」


 柊先輩は平然としている。


「夏休み中のオープンキャンパス補助、あなたの名前で何日か押さえておいたから」


「勝手に!?」


「勝手じゃないわ。必要な管理よ」


 必要な管理、の意味が分からない。


「学校側から変な依頼が行かないように、先に予定を埋めたの。感謝してほしいくらいね」


 理屈としては正しい。

 でも、その正しさが一番逃げづらい。


「副会長さん、それずるくない?」


 いつの間にか白須賀が戻ってきていて、にこやかに口を挟んだ。


 柊先輩は少しも動じない。


「あなたに言われたくないわね」


「私、ちゃんと本人にお願いしてるもん」


「私は合理的に確保しているだけよ」


 言い方は違う。

 やっていることは、大差ない気がする。


 しかも、そのやり取りを天雨が静かに見ているのだから、本当にろくでもなかった。


 終業式の日の教室で、普通なら「夏休みどこ行く?」とか「宿題だるい」とかで終わるはずの時間が、僕の周囲だけ妙に濃く、妙に重く、妙に逃げ場がなくなっている。


 これが、夏休みの入口らしい。


 ※ ※ ※


 結局、白須賀から渡されたメモを開いたのは、下校の途中だった。


 校舎を出て、人通りの少ない裏門側まで来てから、ようやく折り目を開く。


 中には、短い文章が一つだけ書いてあった。


『明後日、夕方。会いたい。夏休みの最初、先にほしいから』


 ぞっとするくらい簡潔だった。


 会いたい、だけじゃない。

 “最初、先にほしい”という一文が、全部持っていっている。


 そこへ、タイミングを計ったみたいにスマホが震えた。

 白須賀からだった。


『メモ見た?』


 早い。

 しかも、見た前提で来るのが怖い。


 僕がすぐに返せずにいると、さらに一件届く。


『返事、迷ってもいいよ』

『でも、その時間は空けておいてね』


 迷ってもいい。

 でも時間は空けておけ。

 ほとんど命令だった。


 歩きながらその画面を見ていたせいで、危うく人とぶつかりかける。慌てて顔を上げると、ちょうど学校の外へ出た天雨が少し先にいた。


 目が合う。

 天雨は一瞬だけスマホ、次に僕の顔を見て、すぐに状況を察したらしい顔をした。


「……来たんだ」


「何が」


「白須賀さんから」


 もう隠すのが無理な気がしてくる。


 天雨は少しだけ足を止め、僕のほうへ歩幅を合わせた。


「答えるの?」


「まだ」


「でも行くんでしょ」


「……」


「そういう顔してる」


 今日何回目だ、それは。


 天雨は少しだけ視線を前へ戻してから、低い声で言った。


「じゃあ、私も先に言う」


「何を」


「夏休み最初の土曜、午前、空けて」


 さらっと言う。


「図書館でも、どこでもいい。でも、白須賀さんより先に、一回ちゃんと私の時間ほしい」


 それは、普段の天雨にしてはかなり踏み込んだ言い方だった。


 しかも言葉だけじゃない。

 歩きながら、彼女の指先が一瞬だけ僕の手の甲に触れる。触れて、すぐ離れる。なのに、その短さのほうが余計に残った。


「順番、取るんだ」


 僕が半分冗談でそう言うと、天雨は真顔でうなずいた。


「取るよ」


 その答えがあまりに迷いなくて、返す言葉を失う。


 ※ ※ ※


 その日の夜、家で夕食を終えたあと、僕は机の上に三つの封筒と一枚のメモを並べていた。


 白須賀の手書きメモ。

 天雨の夏休み予定表。

 柊先輩の生徒会補助スケジュール。

 そしてスマホの中で、まだ既読だけつけて返せていない白須賀のメッセージ。


 夏休み前日だというのに、すでに予定が“自分のもの”ではなくなり始めている。


 しかも、それぞれの重さの種類が違う。


 白須賀は、成功したあとでさらに欲しがる重さ。

 天雨は、静かな顔で順番を取りにくる重さ。

 柊先輩は、管理という形へ変換して囲い込む重さ。


 ろくでもない。

 でも、これがまだ入口だという気しかしない。


 そこへ、もう一度スマホが震えた。


 今度は白須賀じゃなかった。


 玲音からだった。


『夏休み入るね』


 たったそれだけ。

 でも、その短さの中に、妙な含みがある。


 僕が返信に迷っていると、さらに追撃が来る。


『沙也加、今かなり面倒な時期だと思うから』

『気をつけて』


 気をつけて、の意味が広すぎる。


 でも、あの東京ドームを見たあとだと、玲音の言葉は妙に現実的だった。白須賀は成功した。成功したからこそ、もっと重く、もっと近く、もっと遠慮なくなっている。


 そして多分、その変化を喜ばしく思っていないのは、白須賀だけじゃない。


 部屋の窓の外で、蝉が本格的に鳴き始めた。


 明日から夏休み。

 普通の高校生なら、それなりに浮かれるはずの言葉だ。


 でも僕の机の上に並んでいるものは、夏の自由なんかじゃなかった。

 それぞれ違う熱で、違うやり方で、僕の時間を先に確保しようとしてくる気配ばかりだ。


 そして、その全部の中心に、東京ドームを成功させたばかりの白須賀沙也加がいる。


 画面の上では、白須賀からの最新メッセージがまだ静かに光っていた。


『最初は私にちょうだい』


 その文面が、やけに官能的で、やけに一方的で、そしてどうしようもなく面倒だった。


 夏はまだ始まっていない。

 なのにもう、僕の逃げ道だけが先に塞がっていく音がした。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます!

このお話が少しでも面白いと感じていただけたら、ぜひ「♡いいね」や「ブックマーク」をしていただけると嬉しいです。

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