表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
軽い気持ちで国民的アイドルと友達になったら、周りの美少女達から激重感情をぶつけられる件――え!? トップアイドルの君まで!?  作者: 沢田美


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

27/63

君はもう私のもの

 呼吸の仕方を忘れたみたいに、胸のあたりが変に熱かった。


 何か言わなきゃいけない。

 そう思うのに、頭の中はさっきの一瞬で真っ白になっていて、まともな言葉が一つも出てこない。


「……なんか言ってよ」


 白須賀が、少しだけ拗ねたみたいな声を出す。


 さっきまでの重さをそのまま引きずっているくせに、その言い方だけ妙に年相応で、余計に反応に困る。


「いや……今の、いろいろ急すぎて」


「急じゃないよ。私の中では、全然急じゃなかった」


 即答だった。


 白須賀は僕の袖から指先を離さないまま、少しだけ首を傾げる。


「むしろ遅いくらい」


「何が」


「こうするの」


 そう言って、もう一度だけ僕の口元へ視線を落とす。

 思わず一歩引きそうになったのを、ぎりぎりで堪えた。


「……白須賀さん」


「うん」


「今の、ライブの勢いとかじゃなくて?」


「勢いでこんなことしない」


 そこで彼女は、ほんの少しだけ笑う。


「勢いなら、もっと早くしてる」


 返しが強すぎる。

 しかも、冗談で逃がしてくれる雰囲気もない。


 控室の外で、誰かが通る足音がした。

 それだけで僕の心臓はまた変な鳴り方をする。今この部屋の中で起きていることを、外の誰かに知られたら終わる。いや、もういろんな意味で終わっているのかもしれないけど。


 白須賀はそんな僕の様子を見て、少しだけ目を細めた。


「怖い?」


「……怖いっていうか」


「うん」


「処理が追いついてない」


「そっか」


 その返しは、意外なくらい穏やかだった。

 でも、穏やかなだけで終わらないのがこの人だ。


「じゃあ、追いつくまで覚えててね」


「覚えてて、って」


「今のこと」


 白須賀はそう言って、自分の唇へ軽く触れる。


「消さないで」


 その一言が、キスそのものよりずっと危なかった。


 僕が言葉を詰まらせていると、ちょうどそこで控室の扉がノックされた。


「白須賀さん、五分後に囲み取材です」


 スタッフの声だった。


「はーい」


 返事をした瞬間、白須賀の表情が切り替わる。


 怖いくらい自然だった。

 さっきまで僕へ向けていた重い視線を、きれいに胸の奥へ仕舞い込んで、代わりに“白須賀沙也加”として完成された笑顔を浮かべる。東京ドームを成功させた国民的アイドルの顔だ。


 なのに、その切り替わりの前を僕は見てしまっている。

 だからもう、あの笑顔だけを見て安心することはできない。


「沢渡くん」


 白須賀は最後に、声を少しだけ落として言う。


「今のこと、ちゃんと自分の中で大きくしておいて」


「大きくって」


「私がしたこと」


 その言葉は、ほとんど確認じゃなく命令に近かった。


「小さく処理しようとしたら、嫌だよ」


 それだけ言うと、白須賀は何事もなかったみたいに鏡の前へ戻る。

 スタッフが入ってきてもおかしくないタイミングだった。もうここに残るのは、いろんな意味で無理だ。


「……行く」


「うん」


 僕がようやくそれだけ言うと、白須賀は鏡越しにこちらを見た。


「終わったら、また会おうね」


 その“また”が、軽く聞こえない。


 ※ ※ ※


 控室を出たあとも、しばらく足元がふわついていた。


 ドームの裏通路はまだ慌ただしい。スタッフが行き交い、遠くでは撤収準備の音がしている。現実はちゃんと進んでいるのに、僕のほうだけがうまく追いついていない。


 キスされた。

 しかも、東京ドームを成功させた直後の白須賀に。

 それだけでも十分情報量が多いのに、そのあとに言われた言葉のほうが、むしろ頭から離れない。


 印をつけた。

 手放す気がない。

 次はちゃんと僕を自分のものにする。


 怖い。

 でも、その怖さの中に妙な熱が混ざっているせいで、余計に質が悪い。


「……うわ、ほんとにやられた顔してる」


 声がして顔を上げると、少し先の自販機前に玲音が立っていた。


 腕を組んで、いかにも面白がっていそうな顔でこっちを見ている。

 見られたくない相手に、一番見られたくないタイミングで見つかった気分だった。


「なんでいるの」


「そりゃ帰る前に水くらい買うでしょ」


「そういう意味じゃなくて」


「分かってる」


 玲音はペットボトルを片手で揺らしながら近づいてくる。


「沙也加に呼ばれたの、見えてたし」


 最悪だ。


 僕が顔をしかめると、玲音は少しだけ笑った。


「で?」


「何が」


「何があったの」


「言わない」


「へえ」


 玲音はそこで、僕の顔を下から覗き込むように見た。


「でも、だいたい分かるかも」


「分かるな」


「分かるよ。あんなライブやったあとだし。沙也加、絶対変なテンションになってると思ったもん」


 変なテンション、で済ませていいのかは微妙なところだ。

 多分、白須賀はあれをテンションでは片づけない。もっとずっと意識的で、もっとずっと厄介だ。


「……玲音」


「なに」


「白須賀って、前からあんな感じなの」


 聞くと、玲音は一瞬だけ黙った。


「前から強いよ。欲しいものにまっすぐなのも前から。でも、今日の沙也加は多分、いつもより止まる気ない」


 その言い方は妙に現実的だった。


「東京ドーム成功しちゃったからね」


「成功しちゃったって」


「そう。成功したら、人って少し壊れることあるじゃん」


 玲音は軽く言う。

 でも、その目は笑っていなかった。


「ずっと欲しかったものを取った直後って、安心するより先に、“じゃあ次は何を取りにいく?”ってなる人、いるでしょ。沙也加、たぶんそういうタイプ」


「……笑えないんだけど」


「私も別に笑ってないし」


 玲音はそこで少しだけ息を吐いた。


「気をつけなよ、って言いたいわけじゃない。多分もう遅いから」


「遅いって何」


「巻き込まれるの」


 はっきり言われると、否定しづらい。


 玲音はペットボトルのキャップを開けながら、どこか面倒そうに続けた。


「でも、まあ……今日のライブのあとなら、沙也加がそうなるのも分かる」


「なんで」


「沢渡が見てたから」


 それは、思っていた以上に迷いのない声だった。


「今日の沙也加、多分ずっと探してたよ。客席」


「……そんなわけ」


「ある。私はそう見えた」


 玲音はそこでほんの少しだけ肩をすくめる。


「だから、あんたもちゃんと責任取れば」


「なんで僕が」


「知らない。でも、沙也加はそう思ってるでしょ」


 それだけ言って、玲音は先に歩き出した。

 数歩先で振り返り、少しだけ嫌そうに口を曲げる。


「あと、一応言っとくけど」


「何」


「今日のあれ見たあとで、他の子にふらふらしたら、ほんと面倒なことになるから」


 白須賀とまるで同じ種類のことを言われて、僕はその場で立ち尽くすしかなかった。


 ※ ※ ※


 関係者席の近くまで戻ると、まだ明日香たちがいた。


 明日香は僕を見るなり、すぐに顔を上げた。


「おかえり! っていうか遅くない?」


「仕方ないだろ」


「え、なになに、何話したの!?」


 距離が近い。

 この人は本当にまっすぐ飛び込んでくる。


「何も」


「その顔で何もは無理あるって」


 明日香がじっと覗き込んでくる。

 僕が視線を逸らすと、今度は静が横から口を挟んだ。


「明日香、あまり詰めないで」


「だって気になるし」


「気になるのは分かるけど、今は余白を与えたほうがいい顔をしてる」


 余白って何だ。

 でも、静の言い方は妙に的確だった。


 神代が苦笑する。


「ずいぶん深刻そうじゃん」


「そっとしといてやれよ」


 二階堂までそんなことを言う。

 この二人、ショートドラマの時よりずっと余計な熱が抜けていて、逆に話しやすくなっている気がした。


 ただ、明日香だけは納得していない顔だった。


「えー、絶対なんかあったじゃん」


「……あったとしても言わない」


「うわ、あったんだ」


 墓穴だった。


 明日香の目がきらっとする。

 静がその横で、やれやれという顔をした。


「裕二くん、あなた、本当に隠すの下手ね」


「西条さんに言われたくないんですけど」


「私は隠す必要があることしか隠さないもの」


 さらっと怖いことを言う。


 その時、通路の向こうでスタッフの一団が動き出した。

 囲み取材が始まるらしい。記者たちが位置につき、カメラが一斉に構えられる。


 そして、その中心に白須賀が現れる。


 さっき控室で見たのと同じ衣装、同じメイク。

 でも、もう完全に“公の白須賀沙也加”の顔に戻っていた。


『本当に幸せな時間でした』

『ここまで来られたのは、応援してくれたみなさんのおかげです』

『でも、まだまだここで終わるつもりはないです』


 記者の質問に、よどみなく答える。

 完璧だった。トップアイドルとして、そして今日一日でさらに上へ行った存在として、何一つ崩れがない。


 なのに僕だけは、その完璧な顔の裏に、さっき控室で向けられた重い感情を知っている。


 それが、ひどく怖かった。


 白須賀は記者陣の前で笑う。

 そして、質問の合間にほんの一瞬だけ、こっちを見た。


 気のせいみたいな一瞬。

 でも、今度は間違えない。


 あの目は、僕を見つけている。


 明日香が小さく「あ」と漏らした。

 静は何も言わなかったけれど、その沈黙が逆に全部を察している感じだった。神代と二階堂も、さすがにその一瞬の視線の意味までは分かったらしい。


 僕はそこで、ようやく理解する。


 今日のライブは終わった。

 白須賀沙也加は、間違いなく国民的アイドルとしての名前を大きく上げた。

 でも、その成功の先にあるものは、きっともっと静かで、もっと個人的で、もっと逃げ場がない。


 ※ ※ ※


 家に帰り着いたのは、日付が変わる少し前だった。


 テレビでは、すでに白須賀のライブ速報が流れていた。

 “歴史的成功”“国民的アイドルの名を証明”“初単独東京ドーム、大熱狂”――どの見出しも、今日の光景を思えば大げさには見えない。


 スマホも通知だらけだった。

 学校のグループチャット。ショートドラマ経由で僕を認識したらしい何人かからのフォロー申請。クラスメイトの「お前いたよな?」みたいな雑なメッセージ。


 そして、その全部の一番上に、白須賀からのメッセージが一件だけ。帰り際に白須賀のマネージャー経由で玲音や白須賀の連絡先を交換していた。半ば無理やり気味ではあったけれど。


『今日はちゃんと見ててくれてありがとう』


 短い。

 短いのに、その一文の下に見えない続きを勝手に想像してしまう自分がいた。


 ありがとう、だけで終わる人じゃない。

 今日のあの控室で、もう十分分かった。


 僕はスマホを握ったまま、ベッドに座り込む。


 ライブの熱。

 東京ドームの歓声。

 白須賀の笑顔。

 唇に残る感触。

 “次はちゃんと沢渡くんも私のものにする”という静かな宣言。


 全部がまだ、頭の中でうまく整理できていない。


 でも、一つだけ分かることがあった。


 明日から、多分また全部が変わる。

 白須賀沙也加は、もう“学校にいる有名アイドル”では済まない場所へ行った。

 そして、その一番近くで見てしまった僕も、多分、前みたいなままではいられない。


 スマホがもう一度だけ震える。


 今度は白須賀から、追い打ちみたいにもう一件。


『忘れてないよね?』


 たったそれだけだった。

 けれど、その短さが一番怖い。


 僕はしばらく画面を見つめたまま、返信もできずに固まっていた。

 東京ドームの熱が冷めるどころか、むしろここから先のほうが、もっと厄介に燃え広がっていく気しかしなかった。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます!

このお話が少しでも面白いと感じていただけたら、ぜひ「♡いいね」や「ブックマーク」をしていただけると嬉しいです。

応援が次回更新の励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ