表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
軽い気持ちで国民的アイドルと友達になったら、周りの美少女達から激重感情をぶつけられる件――え!? トップアイドルの君まで!?  作者: 沢田美


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

22/52

ほんと、ずるいなぁ

 東京ドーム本番まで、あと二日。


 その数字が近づくほど、学校の外側の世界だけがどんどん先へ進んでいく気がした。


 駅前の大型ビジョンには、白須賀沙也加のライブ告知映像が流れている。

 コンビニの雑誌棚には、表紙違いの特集が何冊も並び、朝の情報番組では「単独ドーム直前」と何度も煽られる。街のどこへいても、“白須賀沙也加”という名前が普通の空気に混ざって流れてくる。


 それなのに、学校の中だけは妙に静かだった。


 少なくとも、表面上は。


 教室の隣の席は今日も空いている。

 朝のホームルームで担任が「白須賀は引き続き公欠だ」と短く言う。もうクラスの誰も露骨には騒がない。騒がないけれど、そのあとで何人かが無意識みたいにそちらを見るのは、やっぱり変わらなかった。


 そして僕も、その一人だった。


 我ながら面倒だと思う。

 白須賀が学校を休むのは当然だ。東京ドーム単独公演なんて、普通の高校生活と並べてこなせる規模じゃない。分かっているし、頭では納得している。


 でも、頭で納得していることと、隣の席が空いたままの日常に慣れることは、少しだけ別だった。


 ※ ※ ※


 二時間目の休み時間。

 僕が廊下側の窓を開けて空気を入れ替えていると、後ろから静かな声が飛んできた。


「今日、少し落ち着かないね」


 天雨美鈴だった。


「何が」


「教室」


 そう言って、彼女は僕の少し横へ並ぶ。


「静かなのに、誰も静かじゃない感じ」


 言い得て妙だった。

 たしかに今の教室はそうだ。白須賀がいなくなったぶん派手な動きは減ったのに、その代わり、みんな別の形で落ち着いていない。噂は薄れたのではなく、水の底に沈んで形を変えただけなのだろう。


「白須賀さん、明後日だよね」


「うん」


「……すごいね」


 その“すごい”には、いろいろな意味が含まれていた。


 規模の大きさ。

 そこへ立つ白須賀自身。

 そこまで行ってしまう人間が、同じ教室にいたという現実。

 全部が混ざっているように聞こえる。


「昨日、特集見た?」


「少しだけ」


「私は最後まで見た」


 天雨はそこで、ほんの少しだけ口元を引いた。


「内容はちゃんとよかった。すごく綺麗だったし、頑張ってるのも分かった」


「……でも?」


「でも、見てて嫌だった」


 そこは、はっきりしている。


「何が」


「頑張ってる人を見るのが嫌なんじゃないよ」


 天雨は視線を窓の外へ逃がしたまま言う。


「沢渡くんが、それを見て気にするだろうなって思ったから」


 僕は一瞬だけ黙る。


 この人は、たまに本当に容赦がない。

 わざとじゃない顔で、心の真ん中に近いことをそのまま言う。


「別にそこまで」


「気にしてるよ」


「……そんなに分かりやすい?」


「分かりやすい」


 即答だった。


「沢渡くん、自分のことになると鈍いのに、自分が気にしてること隠すのだけは下手だから」


 言い切られて、僕は何も返せなくなる。


 天雨はそこで少しだけ僕を見る。


「ライブ、行くんでしょ」


「うん」


「なら、ちゃんと見てきて」


「またそれ」


「今度は、もっとちゃんと」


 その声は静かだった。

 でも、いつもより少し低い。


「白須賀さんがどれだけすごいか、じゃなくて。どれだけ無理してでも立とうとしてるか」


 その言葉を残して、天雨は教室へ戻っていった。

 背中はいつも通りまっすぐだったのに、最後の一言だけが妙に重く残る。


 ※ ※ ※


 昼休み。

 今日は珍しく、屋上へ行く前に柊綾乃先輩から声をかけられた。


 呼び出しではない。たまたま廊下で会っただけだ。

 それでも、今の僕は条件反射で少し身構えてしまう。


「そんなに警戒しなくても大丈夫よ」


「すみません」


「慣れたわね、その反応」


 柊先輩は小さく息をついてから、手に持っていたクリップボードを閉じた。


「今朝、広報の先生と話していたの。白須賀さんの件で、学校へまた問い合わせが増えてる」


「取材とかですか」


「ええ。それと、ライブに合わせたコメント掲載依頼。あと、なぜか学校周辺の撮影許可申請まで来ていたわ」


「学校ぐるみみたいにしたいんですかね」


「したいのでしょうね。けれど、こちらとしては困るだけよ」


 柊先輩らしい、少し冷えた答えだった。


「東京ドームは東京ドーム。白須賀さんの単独ライブであって、学校の催しではないもの」


 その線引きは、きっぱりしていた。

 たしかにその通りだ。白須賀が学校に在籍しているからといって、何もかもを学校と結びつけるのは違う。


「でも、逆に言えば」


 柊先輩はそこで少しだけ視線を和らげた。


「彼女は今、本当に一人で背負っているのよ」


「……一人で」


「学校の後ろ盾じゃない。クラスの応援でもない。白須賀沙也加の名前だけで、ドームを埋めて、終演まで持たせて、帰らせる。それを求められている」


 そう言われると、急に実感が増した。


 “東京ドーム単独公演”という言葉が、少しだけ別の重みを持つ。

 イベントの大きさではなく、一人で背負うものとして。


 柊先輩は僕の顔を見る。


「あなた、行くのでしょう」


「はい」


「なら、余計な憧れだけで見ないことね」


「余計な憧れ?」


「ええ。すごい、綺麗、遠い人、そういう言葉だけで終わらせると、肝心なものを見落とすから」


 言われたことは、天雨の言葉と少し似ていた。

 角度は違うのに、同じ方向を指している。


「それと」


「はい」


「今日の屋上、たぶん風が強いわよ」


「……なんでそんなこと」


「天気予報を見たから」


 最後だけ少し外した答え方をして、柊先輩は歩き出した。

 その背中を見ながら、僕は思う。多分、先輩なりに“あまり一人で考え込みすぎるな”と言いたかったのだろう。


 不器用さの種類が、みんな違う。


 ※ ※ ※


 その頃。

 白須賀沙也加は、都内のレコーディングスタジオで、マイクの前に立っていた。


 本番二日前の今日は、ドーム公演用の最終音確認と、演出映像に合わせた歌パートの微調整が中心だった。朝から何度も同じフレーズを録り直し、その合間に別フロアでダンスの修正、戻ってきてまた歌。

 気が遠くなるような繰り返しなのに、時計だけが容赦なく進む。


 昨日までとは少し違う感覚がある。


 追い込みそのものは、もっと前から始まっていた。

 でも今は、ただ量で押し切る段階を越えて、“何を残して、何を削るか”の時間に入っている。


「沙也加ちゃん、今のサビ終わり、少しだけ伸ばしすぎ」


「はい」


「でも前よりいい。変に安全側へ逃げなくなった」


「……それ、褒められてます?」


「褒めてる褒めてる」


 歌唱ディレクターの言葉は軽い。

 軽いけれど、その一言で少しだけ肩の力が抜ける。


 白須賀は今、自分の中に二つの顔があることを分かっていた。


 一つは、トップアイドルとして“正しい”顔。

 失敗しない。綺麗。強い。誰が見てもすごい。


 もう一つは、もっと人間臭い顔。

 怖い。足りない。届くか不安。それでも立ちたい。


 今までは前者だけで走ろうとしていた。

 でも東京ドームに必要なのは、多分、その二つを綺麗に分けることじゃない。両方を抱えたまま、白須賀沙也加として前へ出ることなのだ。


 それが少しだけ見えてきたからこそ、今度は別の難しさが出てきた。


 どこまで見せるか。

 どこからは見せないか。

 “本気”と“生々しすぎるもの”の境目を、全部自分で決めなければならない。


 鏡の前で衣装合わせに入る。

 今日の仮衣装は本番用にかなり近い。肩口に入る装飾、裾の軽さ、ライトが当たった時に返る光の量まで調整されている。


「沙也加ちゃん、歩いてみて」


 スタイリストに言われて、白須賀はステージ移動を想定した歩幅で床を進む。

 ヒールの高さ、布の揺れ、ターンした時の見え方。全部が“白須賀沙也加がドームの真ん中にいる”ために作られていた。


 その瞬間、唐突に、変な気持ちになる。


 ここまで整えられて、磨かれて、期待されて。

 この状態の自分を、何万人が見に来る。

 その中で、自分だけは“中身の揺れ”を知っている。


「……綺麗」


 思わず漏れた声に、スタイリストが笑う。


「でしょ? 沙也加ちゃん用だもの」


 その返事に、白須賀は少しだけ微笑んだ。

 でも次の瞬間には、鏡の中の自分を見つめたまま、静かに考える。


 綺麗であることは大事だ。

 でも、綺麗だけでは勝てない。

 そのことを、東京ドームが決まってから何度も思い知らされてきた。


 ふと、テーブルの上に置いたスマホが光る。

 学校の課題共有通知。味気ない文字列。いつもなら流してしまうそれに、白須賀は一瞬だけ目を留める。


 教室。

 空いた自分の席。

 屋上。

 そして、多分今も、あまり上手く気持ちを整理できていない顔で、でもちゃんとこっちのことを気にしているであろう男の子。


 自分でも少し笑ってしまう。


「……ほんと、ずるいなあ」


 こんなタイミングで思い出すのは、派手な言葉じゃない。

 “怖いなら怖いままでもいい”なんて、あまりにも飾り気のない一言だ。


 でも、その言葉を思い出すたびに、変に整えすぎた自分へ戻らずに済む。


「沙也加ちゃん、次、移動していい?」

 スタッフの声が飛ぶ。

「はい、お願いします」


 白須賀はスマホを伏せ、もう一度鏡の中の自分を見る。


 トップアイドル。

 国民的。

 東京ドーム単独。


 その全部の言葉を、今はまだ完全には背負いきれていない。

 でも、背負いきれないまま立って、それでも最後には“白須賀沙也加でよかった”と思わせる。それができた時、多分、本当にそう呼ばれる側へ行ける。


 白須賀は深く息を吸い、次のフロアへ向かった。


 喉は少し重い。

 足も疲れている。

 それでも、今日は昨日よりほんの少しだけ前へ進んでいる気がする。


 東京ドームまで、あと二日。

 短い。短すぎる。

 だからこそ、この一日を無駄にはできない。


 白須賀沙也加は、もう一度だけ心の中で繰り返した。


 届ける。

 上手くやるためじゃなく、自分の全部を持っていくために。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます!

このお話が少しでも面白いと感じていただけたら、ぜひ「♡いいね」や「ブックマーク」をしていただけると嬉しいです。

応援が次回更新の励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ