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軽い気持ちで国民的アイドルと友達になったら、周りの美少女達から激重感情をぶつけられる件――え!? トップアイドルの君まで!?  作者: 沢田美


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20/50

トップアイドルとして何をしたい?

 白須賀沙也加が学校を休むようになってから、教室の空気は妙な静けさを帯びていた。


 騒がしさが消えたわけではない。

 むしろ、誰もが“あの席が空いていること”を意識しないふりで意識しているせいで、沈黙の輪郭だけが妙にはっきりしている。


 朝のホームルームが終わったあと、担任が僕を呼び止めた。


「沢渡、これ」


 差し出されたのは、事務所名の入った白い封筒だった。

 周囲の視線が、嫌になるくらい分かりやすく集まる。


「……何ですか」


「白須賀側から。公演前日のドレスリハ見学パスだそうだ。学校経由で渡してくれって」


 教室の空気が変わった。


「えっ、ドレスリハ!?」

「沢渡だけ!?」

「マジかよ……」


 うるさい。

 うるさいし、僕だって今初めて知った。


 封筒の表には、簡潔に僕の名前だけが書かれていた。沢渡裕二。

 それを見た瞬間、胸の奥で変な音が鳴る。白須賀は今、学校にいない。なのに、こういう形で急にこっちの現実へ割り込んでくる。


「別に参加は自由らしいぞ」


 担任は他人事みたいに言う。


「まあ、貴重な機会ではあるんじゃないか」


 それはそうかもしれない。

 でも、陰キャにとって“貴重な機会”は大体しんどい。


 僕が封筒を受け取ると、席へ戻るまでの数歩で、すでにいくつかの視線が刺さっていた。

 しかも、今朝に限って天雨は前の席から振り返りもせず、ずっとこちらを見ていないふりをしている。そのぶん、逆に気づく。絶対に気にしている。


 休み時間になって最初に口を開いたのは、やっぱり天雨だった。


「……それ、行くの?」


「まだ決めてない」


「ふうん」


 短い返し。

 でも、そのあとで小さく付け足す。


「行くなら、ちゃんと見てきて」


「何を」


「白須賀さんが、どういう顔で立ってるのか」


 僕は少しだけ黙った。


 天雨はそこでようやく振り向く。

 静かな顔のまま、でも視線だけが少し強い。


「私たち、学校にいると分からないから。今の白須賀さんが、どこまで平気なふりしてるのか」


 その言い方に、妙な現実味があった。


 少し遅れて、柊先輩が教室の前を通りかかった。

 僕の机の上の封筒に気づくと、一瞬だけ足を止める。


「届いたのね」


「知ってたんですか」


「学校経由で渡すものなら、生徒会にも話は来るわ」


 柊先輩は淡々と答え、それから視線を落とす。


「行くなら、ちゃんと見てきなさい。東京ドームの現場なんて、そう簡単に触れられるものじゃないから」


「先輩まで」


「それに」


 そこで少しだけ言葉を切る。


「白須賀さんが今、どこまで自分を削ってるのか。気づける人がいたほうがいい」


 天雨と柊先輩が、違う顔をして同じことを言った。

 その事実が、封筒の重みを少しだけ増す。


 ※ ※ ※


 翌日の東京ドームは、本番前日だというのに、すでに巨大な熱を孕んでいた。


 関係者入口から入った瞬間、まず音の量が違う。

 どこかでリハのベース音が鳴り、照明の確認でスタッフが走り、トランシーバー越しに短い指示が何度も飛ぶ。まだ客は一人もいない。なのに、空間そのものが本番を前に脈打っているみたいだった。


 受付を抜け、案内された関係者席へ向かう途中で、見覚えのある声が飛ぶ。


「裕二くん!」


 振り向くと、吉良明日香がいた。

 私服の上に薄いブルゾンを羽織っているが、明るい金髪はこんな場所でもやっぱり目立つ。手には関係者パス。つまり、彼女も招待されているらしい。


「吉良さん」


「え、来たんだ! やった、ちょっと安心した!」


「安心?」


「だって沙也加ちゃん、今ぜったい張ってるじゃん。そういう時、裕二くんいたほうがよさそうだし」


 その言い方がやけに自然で、返事に困る。


 少し遅れて、西条静も現れた。

 黒髪を低い位置でまとめた私服姿は、清楚というより少し大人びて見える。


「来ていたのね」


「西条さんも」


「ええ。招待状をいただいたから」


 相変わらず無駄のない答え方だった。

 その少し後ろでは、神代蓮と二階堂蒼真も関係者席の案内を受けている。二人ともきちんとした服装で来ていて、芸能界慣れしている空気を隠さない。


 ただ、その視線の先は分かりやすかった。

 東京ドームの構造でも、演出でもなく、白須賀沙也加そのものを見に来た顔だ。


「白須賀さん、もうステージ入ってるのかな」

「多分そうだろうな。こういうのって直前が一番忙しいし」


 神代と二階堂がそんな会話を交わす。

 やっぱり、狙いはそこらしい。


 その時、少し離れた通路の影で、玲音の姿が見えた。

 前にいた時のように気安く近づいてくるわけではない。僕へ一度だけ視線を寄越して、それから短く顎を引く。


 挨拶というより、確認だ。

 ちゃんと来たんだ、くらいの。


 玲音は明日香や静たちのほうを、テレビで見た芸能人同士の距離感そのままに眺めていた。会ったことはないのだろう。近づく様子もなく、あくまで一線引いた位置に立っている。


 それが少し意外で、逆に自然だった。


 ※ ※ ※


 やがて客席照明が少し落ち、リハーサル用の音がドーム全体へ広がる。


 ステージ中央へ現れた白須賀は、昨日までのレッスン着とは違っていた。

 本番用衣装の一部を着けた状態で、髪もメイクもライブ仕様に寄せている。まだ完成形ではない。それでも、ただそこへ立っただけで空気が引き締まる。


「……やば」


 明日香が素直に漏らした。


 それは本当にそうだった。

 空っぽの客席。リハーサル。歓声もない。なのに、白須賀が一歩前へ出るごとに、何万人分もの視線がそこへ集まる未来が容易に想像できる。


 最初の数曲は順調だった。

 歌もダンスも、昨日見た段階よりはるかに伸びている。力みが減って、代わりに熱が前へ出ていた。


 玲音は少し離れた席でそれを見ながら、小さく息を吐く。

 昨日の言葉が無駄ではなかったことが分かる程度には、白須賀はちゃんと変えてきていた。


 だが、壁は別の場所にあった。


 三曲目終わり。

 照明が落ち、白須賀が一人、センターステージへ残る。ここは本番ならMCが入る場面らしい。


 スタッフが合図を出す。

 白須賀はマイクを口元へ上げる。


「みんな、今日は来てくれて――」


 そこで、わずかに間がずれた。


 言葉自体は間違っていない。

 でも、広いドームに対してその言葉が浮いている。ちゃんとしているのに、遠い。誰にも届いていないわけではないのに、白須賀沙也加だからこその引力がそこだけ急に薄くなる。


 演出席からすぐに声が飛んだ。


「ストップ。今のMC、綺麗なんだけど、ちょっと台本すぎる!」


 白須賀は一瞬だけ止まり、それからすぐにうなずく。


「……もう一度お願いします」


「歌とダンスのあと、そのまま客席を自分の空気に引き込む感じが欲しい! 今のだと“上手に喋ってる”だけで、少し距離がある!」


 その指摘は、昨日の“綺麗すぎる”とは違う種類で、でも同じ根を持っていた。


 歌とダンスでは熱を戻せている。

 でも、一人で何万の客席へ話しかけるMCになると、また“正しい言葉”へ寄ってしまうのだ。


 白須賀はマイクを握り直した。


 もう一回。

 その次も、もう一回。

 言い回しを変えて、間を変えて、声の抜き方を変える。けれど、どれも少しずつ違うだけで、決定打にならない。


 関係者席にも、さすがに緊張が走った。


 神代は黙って前を見ている。

 二階堂も、さっきまでの余裕を引っ込めていた。

 明日香は心配そうに身を乗り出し、西条は静かなまま、ずっと白須賀だけを見ている。


 玲音は席から立ち上がりかけた。

 でも、その前に、僕が無意識に通路へ出ていた。


 自分でも驚いた。

 誰かに言われたわけでもない。なのに、じっと座っていられなかった。


 ※ ※ ※


 スタッフの出入りが少ない袖近くの通路で、僕はようやく立ち止まった。


 しばらくして、白須賀がそこへ来る。

 MC確認の小休止らしく、マイクを持ったまま、少しだけ肩で息をしていた。


「……見てた?」


 開口一番、それだった。


「見てた」


「最悪だったよね」


「最悪ではないと思う」


「でも届いてない」


 即答だった。

 白須賀は自分で、それを一番分かっている顔をしていた。


「歌ってる時はまだいいの。ちゃんと前に出せる。でも、喋ろうとすると急に“正解”探しちゃう。東京ドームで変なこと言えないって思うと、全部安全な言葉になる」


 その苦しさは、さっき見ていて痛いほど分かった。


 白須賀はマイクを持つ手に少しだけ力を込める。


「どうしよう。歌は作れる。ダンスも作れる。演出も積める。

 でも、あの広さで“私一人が話す時間”だけは、どうしても自分のままでしか立てないのに、その自分がちゃんと前に出てこない」


 さっきまでのリハーサルで一番苦しかったのは、そこだったのだろう。


 僕は少しだけ考えて、それから言った。


「屋上だと、そんな感じしないのにね」


「え?」


「教室でもそうだけど、君って普段は喋る時に台本っぽくないじゃん」


 白須賀が目を瞬かせる。


「東京ドームって単語が乗った瞬間だけ、急に“国民的アイドルの正解”を喋ろうとしてる感じがする」


 言いながら、自分でもかなり踏み込んでいると思う。

 でも今の白須賀に必要なのは、多分、遠慮した慰めじゃない。


「別に客席は“正しい白須賀沙也加”聞きに来るわけじゃないでしょ」


「……じゃあ何を聞きに来るの」


「白須賀沙也加が今、本当に何を思ってるか」


 口にした瞬間、白須賀の表情が少しだけ止まった。


「ドームってすごいよね、とか、来てくれてありがとう、とか、もちろんそういうのも要るだろうけど。

 でも、多分みんなが一番聞きたいのは、東京ドームに立ってる白須賀さん自身の声なんじゃないの。すごいとか怖いとか嬉しいとか、その全部込みで」


 通路の向こうで、スタッフの声が小さく行き交う。

 でもここだけは、妙に静かだった。


 白須賀はしばらく黙り込んで、それから、ほんの少しだけ笑った。


「……沢渡くんってさ」


「なに」


「たまに、私が逃げたいところをちゃんと見つけるよね」


「逃げてた?」


「たぶんね」


 白須賀はマイクを見下ろす。


「“正しい言葉”に隠れたら、失敗しないもん。アイドルとしては綺麗に見えるし、誰にも変なとこ見せなくて済むし」


「でも、それだと君がいない」


 そこだけは、迷わず言えた。


 白須賀は息を呑むように、静かに僕を見る。


 その視線が、ほんの少しだけ熱い。

 でも今は、そこに引っ張られたくなかった。


「東京ドームって、広すぎて怖いんでしょ」


「……うん」


「だったら、そのまま言えばいいんじゃない」


「え?」


「もちろん、言い方はあるだろうけど。でも、怖くないふりして遠い言葉並べるより、怖いくらい大事で、だからここに立ちたかったって言うほうが、多分、君っぽい」


 言ったあと、少しだけ沈黙が落ちる。


 白須賀はマイクを胸元で握りしめたまま、下を向く。

 その肩が一度だけ小さく揺れて、それから、すっと息を吸った。


「……やってみる」


「うん」


「もしダメでも、あとで責任取ってね」


「なんでそうなる」


「だって沢渡くんのせいでもあるから」


 その返しに、少しだけいつもの白須賀が戻る。

 でも、目だけはまだ真剣だった。


 ※ ※ ※


 再開したMC確認は、さっきまでとは明らかに違った。


 白須賀はセンターステージへ一人で立つ。

 照明が落ちる。ドームは広く、静かで、マイクを持ったその姿だけが真ん中に浮かぶ。


 そして、彼女は一度だけ深く息を吸った。


「……こうやって一人で立つと、やっぱり広いなって思います」


 最初の一言から、空気が変わった。


 台本通りの綺麗な挨拶じゃない。

 言葉は少し柔らかくて、でもそのぶん確かに本人のものだった。


「東京ドームって、ずっと夢みたいに聞いてきた場所で。

 でも実際にここへ立つって決まってからは、夢っていうより、ちょっと怖い場所でもありました」


 関係者席が静かになる。


 神代も二階堂も、前のめりだった。

 明日香は目を丸くしていて、西条は一度だけ小さく息を吐いた。玲音は、離れた通路の壁に背を預けたまま、目を細めている。


「でも、それでもここに立ちたかったのは、きっと今日ここに来てくれる一人一人へ、私の今をちゃんと届けたいからです」


 その一言が、広い空間へきれいに飛んだ。


 届いたのだ、と分かる。

 歓声がないのに、そう感じる瞬間があった。


 演出席のスタッフが顔を上げる。

 音響の担当も、いつの間にか手を止めていた。


 白須賀はそこから先、何かを思い出したみたいに少しずつ自然になっていった。

 怖いことも、嬉しいことも、ここへ立てる意味も、全部を完璧に整えずに話す。なのに崩れていない。むしろさっきまでよりずっと“白須賀沙也加だから見たい”時間になっていた。


 話し終えたあと、しばらく誰もすぐには口を開かなかった。

 その沈黙のあとで、演出席からようやく声が飛ぶ。


「……それだ」


 短い一言だった。

 でも、それ以上に分かりやすい正解はなかった。


 明日香がぱっと笑う。

 神代が思わず拍手しそうになり、二階堂は小さく舌打ちまではしないものの、悔しそうに息をつく。西条は静かにうなずき、玲音は誰にも見えない位置でほんの少しだけ口元を緩めた。


 白須賀はマイクを下ろし、それでもすぐにはこちらを見なかった。

 でも、多分分かっている。誰の言葉が最後の一押しになったのか。


 ※ ※ ※


 リハーサルが終わり、客席の照明が少しずつ落ちていく。


 関係者たちも散り始める中で、白須賀は一人だけステージの端に残っていた。

 僕が通路から見ていると、少しして彼女がこちらへ気づく。


 その瞬間だけ、トップアイドルの顔ではなく、もっと個人的な笑みになった。


 けれど彼女は何も言わない。

 ただ、遠くから一度だけ小さく口を動かした。


 ――見てて。


 声は届かない。

 でも、その形だけははっきり分かった。


 東京ドーム本番まで、もうほとんど時間は残っていない。

 そして白須賀沙也加は、ようやく“正しく勝つ”ためではなく、“自分で届かせる”ための形を掴み始めていた。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます!

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