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軽い気持ちで国民的アイドルと友達になったら、周りの美少女達から激重感情をぶつけられる件――え!? トップアイドルの君まで!?  作者: 沢田美


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19/49

同業者からの助言

 白須賀沙也加が学校を休むようになってから、教室の空気は落ち着いたようでいて、どこか妙に不安定だった。


 騒がしさが消えたわけじゃない。

 ただ、中心だけが綺麗に抜け落ちて、その周囲で残された会話や視線が宙に浮いている感じがする。


 朝のホームルームで担任が「白須賀は公欠だ」と短く告げる。

 それだけで、クラスの何人かが反射的に空いた席を見る。僕もその一人だったのかもしれない。


 隣の席は、今日も空いたままだ。


 机の上に何もなくて、椅子もきちんと収まっていて、なのに妙にそこだけ存在感がある。

 白須賀がいる時は、あの席が一番うるさい場所だった。いないと、それはそれで静かすぎて気になるから困る。


「……また見てた」


 小さな声がして、僕は視線を上げた。

 天雨美鈴が、こちらを見ている。


「見てない」


「見てたよ。今日三回目」


「数えてるの?」


「なんとなく」


 なんとなくで数えられているのが一番嫌だ。

 天雨は机の横へ立ったまま、空いた席を一度だけ見てから、僕へ視線を戻す。


「白須賀さん、まだ当分来ないのかな」


「多分ね」


「東京ドームだもんね」


 その言い方には、感心と、少しだけ別の感情が混ざっていた。


 白須賀沙也加がいない教室は、僕にとっては少しだけ楽だ。

 周囲の視線も、会話の起点も、全部が一段落ちる。少なくとも、朝から「白須賀さんとどうなの」みたいな質問をぶつけられる頻度は減った。


 でも、だからといって落ち着くかといえば、そうでもない。

 昼休みに屋上へ行っても、ベンチが広い。授業中、隣から小声で何か言われることもない。放課後、教室を出る時も、なぜか一瞬だけ立ち止まりそうになる。


 その違和感を言葉にするのは難しかった。


「沢渡くん」


「なに」


「たぶん、ちゃんと心配してるんだと思う」


 天雨は静かに言った。


「自分で思ってるより」


 それだけ言って、彼女は自分の席へ戻っていく。

 僕は何も返せなかった。


 ※ ※ ※


 同じ頃、都内の大型スタジオでは、神崎玲音が振付確認のために鏡の前へ立っていた。


 今日の玲音の仕事は、来月の音楽特番に向けた合同パフォーマンスの事前調整だった。白須賀とは別案件だが、使っているスタジオのフロアは同じで、廊下を一本挟んだ向こう側で、白須賀のドーム公演用リハーサルが組まれていると聞いていた。


 最初は、ただ少し気になる、それくらいのものだった。


 東京ドーム単独。

 業界にいる人間なら、そのニュースだけで十分ざわつく。白須賀沙也加がどこまで仕上げてくるのか、どれだけのものを見せるのか、純粋に気にならないわけがない。


 けれど、玲音が本当に引っかかったのは、昼過ぎに廊下ですれ違った時だった。


「おつかれ」


 白須賀はいつも通り、明るくそう言った。


 レッスン着のまま、首にはタオル、髪は高い位置でまとめられている。ぱっと見ではいつも通りだ。汗をかいていても顔は整っているし、声も明るい。

 でも、玲音はその一瞬で違和感を覚えた。


「……おつかれ」


 返しながら、無意識に白須賀の足元を見る。


 右足首に、薄いテーピング。

 それ自体は珍しくない。踊る人間ならよくあることだ。けれど問題はそこじゃない。


 歩幅が少しだけ均一すぎる。

 疲れているのに、それを悟らせないように歩き方まで整えている時の動きだ。


「休憩?」


 玲音が聞くと、白須賀は首を振った。


「五分だけ。すぐ戻るよ」


「今日何本目?」


「分かんない」


 そう答えて笑う。

 その笑顔も、やっぱり綺麗だった。


 綺麗すぎた。


 玲音は昔から知っている。

 白須賀沙也加は、元から上手い。元から人を惹きつけるし、努力もする。

 でも本当に強い時の白須賀は、もっと雑に光る。笑い方に少しだけ隙があって、煽りも感情が先に出て、なのに全部ひっくるめてステージの中心になる。


 今の白須賀は、それがなかった。


 整えて、揃えて、崩さないようにしている。

 “トップアイドルとして正しい白須賀沙也加”に寄せすぎている顔だった。


 その違和感が、午後の玲音の仕事中も頭の隅に残り続けた。


 ※ ※ ※


 自分のレッスンが一段落したあと、玲音は水を買うついでのふりをして、白須賀たちのスタジオ前を通った。


 扉は半開きになっていた。

 中では、大音量の音楽に合わせて白須賀が一人で花道の移動確認をしている。ドーム本番用の簡易セットを模したマークが床へ貼られていて、その線に沿って歩幅、停止位置、目線の角度まで細かく調整されていた。


「違う、そこじゃない!」

「もう少し外周へ意識飛ばして!」

「歌は抜かない! でも表情は固い!」


 スタッフの声が飛ぶ。

 白須賀はすぐに「はい」と返す。呼吸を整える。位置へ戻る。また曲が始まる。


 玲音は扉の外から、その流れをじっと見ていた。


 一回目。

 二回目。

 三回目。


 どれも大崩れはしていない。

 むしろ上手い。相変わらず、びっくりするくらい上手い。


 でも、見ていて分かる。

 今の白須賀は“間違えない”ことへ寄りすぎている。失敗しないように、弱く見えないように、隙がないように。その意識が強いぶん、本来の爆発力が少しだけ奥へ引っ込んでいる。


「……あーあ」


 玲音は小さく息をついた。


 分かる。

 分かりすぎるくらい分かる。


 白須賀は多分、自分でも気づいている。

 気づいているのに止まれない。東京ドームという言葉が大きすぎて、正解のない場所で“正しくあろう”としすぎているのだ。


 曲が止まる。


 白須賀はタオルで汗を拭きながら、スタッフと短くやり取りをしている。笑っている。明るい返答もしている。

 でも、ほんの少しだけ肩が落ちる瞬間があった。


 玲音はそのタイミングで扉を軽く叩いた。


「沙也加」


 白須賀が振り向く。

 一瞬だけ驚いたあと、すぐにいつもの笑顔を作った。


「玲音? もう終わったの?」


「そっち、休憩入る?」


「あと十分だけ」


「じゃあ、終わったら外出て」


 言うだけ言って、玲音は廊下の自販機前まで戻る。

 白須賀は少し不思議そうな顔をしたが、何も聞き返さなかった。


 ※ ※ ※


 十分後。

 スタジオから出てきた白須賀は、さっきより少しだけ呼吸が重そうだった。


「なに?」


 それでも笑って聞く。

 その笑顔がもう、玲音には少し腹立たしかった。


「そういうの」


「え?」


「その、なんでもない顔。今それ、逆に変」


 白須賀の笑みが、一拍だけ止まる。


 玲音は自販機で買ったスポーツドリンクを投げるように渡した。


「ドーム、怖いんでしょ」


「……いきなりだね」


「いきなりじゃない。見てたら分かる」


 白須賀は少しだけ視線を逸らした。


 否定しない。

 その時点で答えは出ている。


「上手いよ、今も。ちゃんと白須賀沙也加してるし、たぶん客はすごいって言う。スタッフも大半は文句言えないと思う」


「褒めてる?」


「褒めてない」


 玲音はきっぱり言った。


「今の沙也加、優等生すぎる。失敗しない代わりに、なんかつまんない」


 その一言は、かなりきつかった。

 でも、白須賀は怒らない。ただ静かに受け止める。


「……自分でも、ちょっと思ってる」


「でしょ」


 玲音は壁へ背中を預けた。


「東京ドームって、正しいだけじゃ足りないんだよ。お前が今まで勝ってきたのって、“上手いから”だけじゃないじゃん」


「分かってるよ」


「分かってる顔じゃない」


 返した瞬間、少しだけ空気が張る。


 玲音はそれでも引かなかった。


「沙也加ってさ、こういう時ほんと面倒。強いふり上手いから、周りが気づいた時には自分でかなり追い込んでる」


「……玲音に言われたくないかも」


「私の面倒さと種類が違うの」


 白須賀はそこで、ようやく小さく笑った。

 けれどすぐに、その笑いは消える。


「だって、東京ドームだよ」


 ぽつりとこぼれた声は、思っていたよりずっと弱かった。


「今までのやり方が通じない感じがして。もっとやらなきゃって思うのに、その“もっと”が分かんない。分かんないのに、止まったらダメな気がして、ずっと回してる」


 玲音は黙って聞いていた。


 白須賀がこんなふうに、答えのない焦りをそのまま口にするのは珍しい。

 多分、本当に余裕がないのだ。


「誰かに言った?」


「……少しだけ」


 白須賀は曖昧に答える。

 玲音には、その“少しだけ”の相手が誰なのか、なんとなく想像がついた。


「ふーん」


「なに、その反応」


「別に」


 別に、ではない。

 でも今そこを掘るつもりはなかった。


 玲音は白須賀をまっすぐ見た。


「一個だけ言う」


「うん」


「ドームで勝ちたいなら、“白須賀沙也加として正しいか”じゃなくて、“白須賀沙也加だから見たいか”で作り直したほうがいい」


 その言葉に、白須賀の目が少しだけ揺れる。


「今のお前、失敗しないために頑張りすぎ。だから綺麗だけど、ちょっとだけ死んでる」


「……言い方、ひどい」


「事実だから」


 玲音は淡々と続けた。


「怖いなら怖いでいいし、足りないなら足りないでいい。でも、そのままで前に出る熱まで整えたら、お前の一番強いとこ消えるよ」


 白須賀はしばらく何も言わなかった。


 廊下の向こうで、誰かが機材ケースを運ぶ音がする。

 自販機のモーター音だけが、妙に大きく聞こえた。


「……沢渡くんにも、似たようなこと言われた」


 小さく白須賀が言う。


 玲音はそこで初めて、少しだけ肩の力を抜いた。


「だろうね」


「なんで分かるの」


「分かるよ」


 玲音は目を細める。


「そういう時のお前に、あいつ、変にちょうどいいこと言うじゃん」


 それは少しだけ悔しい言い方だった。

 でも、否定の気持ちは混じっていない。


 白須賀は、その一言で少しだけ顔を上げる。


「……玲音」


「なに」


「ありがと」


「まだ早い」


 玲音は即座に切り返した。


「気づいただけじゃ意味ないでしょ。そこから変えないと」


「うん」


「それと、今日はここで切り上げな。今のお前、このまま続けても固くなるだけ」


 マネージャーでもトレーナーでもない玲音の言葉に、どこまで効力があるかは分からない。

 でも白須賀は、少しだけ考えたあと、小さくうなずいた。


「……分かった」


「ほんとに?」


「ほんとに」


 返答は素直だった。

 その素直さに、玲音は逆に少しだけ驚く。


 白須賀は水を一口飲んで、深く息を吐いた。

 それから、ほんの少しだけ笑う。


「やだな。玲音に言われると、ちゃんと効く」


「私もトップ側の人間だからね」


「そこは否定しないんだ」


「しないよ」


 玲音はそっぽを向く。


「でも、その代わり。次に見た時、今日みたいなつまんない沙也加だったら、普通にもう一回言うから」


 その宣言に、白須賀は今度こそちゃんと笑った。


「厳しいなあ」


「優しいでしょ」


「それはどうかな」


 軽口を交わす空気が戻ったぶんだけ、さっきまで張りつめていたものが少しだけほどけたのが分かる。


 そのあと白須賀は本当に、その日の追加練習を打ち切った。

 マネージャーやスタッフと短く相談し、夜の自主確認を映像整理と歌詞ノートの見直しに切り替える。


 玲音はそれを遠目に見て、ようやく小さく息をついた。


 完全に止まったわけじゃない。

 白須賀沙也加は、たぶんここからさらに自分を追い込む。努力する。もがく。

 でも少なくとも、“間違った方向へ無理を積む”勢いだけは、少し削れた気がした。


 帰り際、白須賀はスタジオの扉の前で一度だけ振り返る。


「玲音」


「なに」


「ライブ、見に来てくれる?」


「気が向いたら」


「絶対来るくせに」


「うるさい」


 玲音はそう返しながら、少しだけ思う。


 東京ドーム当日、白須賀がどこまで仕上げてくるか。

 そしてその時、あいつ――沢渡裕二が、それをどんな顔で見るのか。


 自分でも知らないうちに、そこまで込みで気になっていることが、少しだけ癪だった。


 ※ ※ ※


 夜。

 ホテルの部屋へ戻った白須賀は、シャワーを浴びたあと、テーブルの上にノートを広げた。


 今日はもう、無理に通し映像を見返さないと決めている。

 代わりに、曲ごとに“自分が客席へ渡したいもの”を書き出す。強さ、安心、憧れ、熱、肯定、背中を押す感じ。言葉にしてみると、ただ上手くやるだけでは届かないものばかりだった。


 ペンを走らせながら、白須賀は昼の玲音の言葉を思い出す。


 ――綺麗だけど、ちょっとだけ死んでる。

 ――“白須賀沙也加だから見たいか”で作り直したほうがいい。


 悔しい。

 でも、悔しいからこそ、本当なのだと分かる。


 さらに、その奥に重なるように、東京ドームのステージ脇で聞いた言葉も浮かぶ。


 ――怖いなら怖いまま、そこから始めれば。

 ――今までやってきたのって、結局いつも“届かせようとすること”だったんじゃないの。


 玲音の言葉は、同業者の厳しさだった。

 沢渡裕二の言葉は、業界人じゃないくせに妙に核心だけを持ってくる不思議な温度だった。


 二つが、今の白須賀の中でちゃんと繋がる。


「……負けない」


 誰に、というより。

 弱くなりそうな自分に、だ。


 ノートの空白に、新しく書き足す。


 正しくやるんじゃなくて、届けにいく。

 上手く見せるんじゃなくて、私で見せる。


 白須賀はそこで一度だけペンを置き、窓の外を見た。

 ホテルの高層階から見える夜景は綺麗で、綺麗すぎて逆に現実感がない。


 でも、その光の向こうに、東京ドームはちゃんとある。

 逃げられない場所として。

 自分が勝ちにいく場所として。


 スマホの画面には、学校から共有された課題通知がひとつだけ残っていた。

 その文字列を見ていると、教室と、空いた席と、屋上のベンチと、あの少し鈍い顔が自然に浮かぶ。


「……見ててね、沢渡くん」


 小さく呟いてから、白須賀はもう一度ノートを開いた。


 今日みたいな“綺麗すぎるだけの自分”では終わらない。

 怖くても、足りなくても、そのまま熱へ変えて、ちゃんと白須賀沙也加として立つ。


 東京ドームまで、まだ時間はある。

 だから今夜も、眠くなる直前まで、白須賀はペンを走らせ続けた。


 努力は裏切らない――なんて甘いことは、もうとっくに信じていない。

 それでも努力し続けるしか、自分の光を信じる方法を知らなかった。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます!

このお話が少しでも面白いと感じていただけたら、ぜひ「♡いいね」や「ブックマーク」をしていただけると嬉しいです。

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