表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
軽い気持ちで国民的アイドルと友達になったら、周りの美少女達から激重感情をぶつけられる件――え!? トップアイドルの君まで!?  作者: 沢田美


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

104/110

変わらないもの

 沙也加が学校へ戻ってきたその日は、朝から妙に騒がしかった。


 全国ツアー初日の映像や地方公演のニュースが広がり、教室へ入ってきた彼女へ、クラスメイトたちが次々と声をかけていく。


「白須賀さん、ライブすごかった!」


「次の公演も頑張って!」


「新曲、早く配信してほしい!」


 沙也加は一人一人に笑顔で答えていた。


 疲労を感じさせない、完璧な白須賀沙也加の笑顔だった。


 ただし、机の下では僕の制服の袖を掴んでいる。


「沙也加」


「なに?」


「返事をしてる間くらい離せ」


「無理」


「何でだ」


「久しぶりだから」


 数日しか離れていない。


 それでも、地方を移動しながら連日ステージに立っていた沙也加にとっては、長い時間だったのかもしれない。


 僕が無理に振りほどかずにいると、天雨が自分の席からこちらを見た。


「白須賀さん」


「なに、美鈴ちゃん」


「その状態で今日一日過ごすつもり?」


「できれば」


「授業中に先生から注意されるわ」


「じゃあ授業中は離す」


「当然よ」


「休み時間は裕二の袖、予約済み」


「予約制なのね」


 天雨は呆れていたが、どこか安心したようでもあった。


 ステージの上では圧倒的だった白須賀沙也加が、学校へ戻れば相変わらず面倒な女の子であることに。


※ ※ ※


 昼休み、僕たちは久しぶりに屋上へ上がった。


 冬の空気は冷たかったが、雲の隙間から差し込む日差しは柔らかい。沙也加はベンチへ座ると、僕との間をほとんど空けなかった。


「学校、落ち着く」


「さっきまで囲まれてただろ」


「それでも落ち着くの。知ってる人しかいないから」


「全国のファンに聞かれたら泣くぞ」


「ファンのみんなは大好き。でも、学校は違う場所」


 沙也加は膝の上へ両手を置き、校庭を見下ろした。


「ステージに立ってる時は、もっと見てほしいって思うの。もっと名前を呼んでほしい。もっと遠くまで届きたいって」


「ああ」


「でも、終わったら急に静かな場所が欲しくなる」


 その横顔には、ツアーを経験する前にはなかったものがあった。


 何万人もの期待を背負い、熱狂の中心へ立った者だけが知る孤独なのかもしれない。


「だから、裕二の隣に戻りたくなる」


「僕の隣は静かだからな」


「違う」


 沙也加が僕の肩へ頭を預ける。


「裕二の隣だと、何者にもならなくていいから」


 白須賀沙也加でなくてもいい。


 トップアイドルでなくてもいい。


 ただの沙也加でいられる。


 彼女が求めている帰る場所とは、きっとそういうものだった。


「でも、今日は夕方には行くんだろ」


「うん」


 次の公演地へ向かうため、放課後を待たずに出発する予定だった。


「もっと学校にいたい」


「仕事だから仕方ない」


「裕二を鞄に入れて連れていきたい」


「人間を荷物扱いするな」


「大きめのキャリーケースなら入るかも」


「試すなよ」


「もう調べた」


「何を?」


「裕二が入りそうなサイズ」


 怖い。


 冗談だと思いたいが、沙也加の場合、半分くらい本気で調べていそうだった。


※ ※ ※


 昼休みが終わる頃、屋上の扉が開いた。


 現れたのは柊先輩だった。


「白須賀さん、迎えの車が予定より早く着いたそうよ」


「副会長さん、ありがとうございます」


 沙也加は立ち上がったが、僕の袖だけは離さない。


 柊先輩はその手元を見て、静かにため息をついた。


「沢渡くんまで連れていくつもり?」


「できるなら」


「学校があるでしょう」


「休ませます」


「あなたにその権限はないわ」


 沙也加は不満そうだった。


 柊先輩は少し表情を緩める。


「次の公演も頑張りなさい。初日が成功したからこそ、気を抜かないように」


「はい」


 沙也加は真剣に頷いた。


 次の瞬間には、僕の袖を掴み直していたが。


「行くぞ、沙也加」


「……うん」


 校門近くまで見送る。


 黒い車の前には、マネージャーさんが立っていた。僕たちを見るなり、呆れたような、安心したような顔をする。


「沙也加、時間」


「分かってます」


 そう答えながらも、沙也加は動かなかった。


 僕の前に立ち、何かを待っている。


「行ってこい」


「それだけ?」


「頑張れ」


「もっと」


「次の公演も、沙也加なら大丈夫だ」


「もっと」


 要求が多い。


 マネージャーさんが腕時計を見る。


 僕は仕方なく、沙也加の頭へ軽く手を置いた。


「終わったら待ってる」


 沙也加の表情が、ようやく緩んだ。


「うん」


 彼女は鞄から小さなカードを取り出し、僕へ押しつけた。


「これは?」


「次の公演の関係者パス」


「行けないって言っただろ」


「知ってる」


「なら何で」


「持っててほしいの」


 カードの裏には、沙也加の字で短い言葉が書かれていた。


『ここにいなくても、私を見てて』


 胸の奥が少し熱くなった。


「重いな」


「知ってる」


「行けないぞ」


「分かってる」


「それでも持ってろと?」


「うん」


 沙也加は真っ直ぐ僕を見つめた。


「会場に裕二がいなくても、そのパスを持っててくれたら、少しだけ近くにいる気がするから」


 僕はカードを制服の胸ポケットへ入れた。


「これでいいか?」


「落とさないでね」


「分かってる」


「他の子に触らせないで」


「触る機会ないだろ」


「念のため」


 最後まで沙也加だった。


 マネージャーさんに促され、彼女はようやく車へ乗り込む。


 窓が閉まる直前、沙也加がこちらを見る。


「行ってきます、裕二」


「ああ。行ってこい」


 車が走り出す。


 窓越しに手を振る沙也加の姿が、少しずつ遠ざかっていった。


 胸ポケットには、彼女が残した関係者パス。


 会場へは行けない。


 ステージを見ることもできない。


 それでも公演が終われば、彼女は帰ってくる。


 だから僕は今日も、遠くへ向かう彼女の背中へ、届かない声で呟いた。


「待ってるよ、沙也加」


 胸ポケットのカードが、わずかに温かく感じられた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ