全国ツアーは続く
次の地方公演の日、僕はいつも通り学校にいた。
沙也加が遠くの街でリハーサルをしている頃、僕は教室で数学の問題を解いている。その事実が、妙に不思議だった。
昼休み、スマホが短く震えた。
『会場着いた』
『裕二がいない』
『知ってたけど、やっぱりいない』
文面から、少しだけ曇っているのが分かる。
『学校にいるからな』
『でも応援してる』
すぐに既読がついた。
『声でほしい』
僕は周囲を確認してから、人気のない階段へ移動した。そして、短い音声を録音する。
「沙也加、今日も行ってこい。終わったら待ってる」
送信して数秒後、返信が来た。
『保存した』
『本番前に十回聴く』
『一回にしろ』
『じゃあ五回』
交渉の意味がない。
思わず笑っていると、背後から天雨の声がした。
「白須賀さん?」
「ああ」
「遠くにいても、相変わらずね」
天雨は僕の隣へ立ち、窓の外を見た。
「寂しくないの?」
「少しは」
「正直ね」
「でも、沙也加は仕事に行ってるだけだ。帰ってくる」
僕がそう言うと、天雨は目を細めた。
「あなた、本当に白須賀さんの帰る場所になったのね」
声は穏やかだった。
それでも、ほんの少しだけ寂しさが混じっていた。
※ ※ ※
その夜、公演が終わったのは二十二時を過ぎてからだった。
スマホが鳴り、通話に出る。
「ただいま、裕二」
初日より疲れた声だった。
けれど、その奥には確かな充実感がある。
「おかえり。どうだった?」
「最高だった。初日とは歓声の響き方も違って、地方まで来たんだって実感した」
「そっか」
「裕二はいなかったけど」
「そこは言うんだな」
「大事だから」
沙也加は少し笑った。
「でも、音声を聴いたら立てた」
「五回も?」
「七回」
「増えてるじゃないか」
「だって足りなかったから」
重い。
でも、その重さが今は遠くから届いてくる。
「裕二」
「うん」
「次の街にも行ってくるね」
「ああ」
「ちゃんと待ってて」
「待ってる」
電話の向こうで、沙也加が安心したように息を吐いた。
「よろしい」
全国ツアーは続いていく。
僕の見えない場所で、沙也加は何万人ものファンを熱狂させる。
そして公演が終わるたび、遠くから僕へ帰ってくる。
距離はあっても、その声だけは、いつも一番近くにあった。
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