原点
優勝チームが決まり、イベントスケジュールを全てこなした参加者。
最後の試合も拍手喝采である。
話によれば五鈴と田代の一騎打ちの評判が良かったらしく、主催者も笑顔でそれを伝えてくれた。
イベントは進行し、ラストを飾るのは表彰式。
呼ばれた優勝チームには言葉の通り、ES3のチケットが手渡され全員が嬉しそうな表情を浮かべていた。
それを見ながら空見は気が抜けてしまう。
「お腹すきましたね...」
「全くだ。最後まで勝ち上がったら食事が冷えることぐらいわかるだろうが...」
憎しみを込めて言うと、隣にいた咲宮がまぁまぁと声をかけてくる。
「えー、続いて3位チームの表彰です。第3位のチームはチームで行こう、ケーキバイキング券です。おめでとうございます!」
「ちょっと成瀬君!おかしいよね!?ね?」
恨めしそうに3位のチームに視線を送る咲宮。空見からすればチケットよりケーキの方が良かったのかもしれない。
明人がそこに触れることはやめておくことにした。
「2位のチームにも用意しています。」
「夕凪はメロンが食べたいです」
「メロンはないだろうな、ほぼ、いや絶対。」
空見含め大いに期待した賞品は、一人だけが喜ぶ結果となった。
イベントも無事終了し、長かったようで短かった3日間もようやく締めである。
周りの参加者が荷物をまとめて出ていく中で、明人たちも同じように退場する用意をしていた。
「あたし3位がよかった。」
「いや、どう考えても焼肉食べ放題の方がレアなんだが」
「鳴海先輩。レアとかじゃないです。子供ですね」
「ねー、夕凪ちゃん」
「です」と呟いて二人して、いや、先行していた空見含めて3人が会場を出ていく。
そう言いつつもこれから焼肉に行くことは確定しているので、結局行くのかよ。と思ったのだがこれもまた心の内に秘めておくことにした。
余計な一言は言わないのが吉である。
「...。」
「五鈴も一緒に行かないか?」
「いい。仲良しごっこするため来たんじゃないもの」
「そうか。気をつけてな」
「...。」
見送る背中はいつも学園で見る五鈴よりも小さく見えてしまうのは後悔が見えたからだ。
─決勝戦が終了した直後、表彰式等の準備があるからと一旦会場を出ると五鈴は、開口一番全員に頭を下げてきた。
皆がフォローする中で、その言葉に耳を傾けずに一言。
「やっぱり私には向いてない。それが分かって良かった。...ありがとう皆」
それが五鈴が皆と話した最後の言葉で、それ以降は学園の五鈴。いつもの彼女に戻っていた。
先に会場を出ていた空見達に明人が遅れて合流する。
「五鈴さんはどうでしたか...?」
「ダメだった。来ないんだと」
「そうですか。」
あの様子を見て期待は薄かっただろうが、実際断られると寂しい気がする。それはみんなも同じだと思う。
「しょうがないなー、あたしが五鈴さんの分まで食べるから」
「太るぞ、咲宮」
「だからなんでそういうこと言うかなぁ?最悪」
反射で出てしまうのだから仕方がないと不毛なやりとりが続き、いくらか歩いた先でやはりというべきだろうか。
「悪い。眠すぎて焼肉無理だ。」
「えーっ!やっぱり全然寝てなかったんですね。しょうがないです...。」
「睡眠はとるべき。寝た方が良いです」
「了解。女子会だから後から来てもダメだからね?」
「わかったわかった...」
そうしてイベントは終わり、またいつもの日々が戻ってきた。
「みなさーん!」
「あははっ。元気過ぎ。」
「昼休みっていうのはもっとこう、ゆったりできないのか」
落ち着いた教室に満面の笑みで飛び込んでくる空見は、前後で並んでいる二人に対して朗報とばかりに一枚の紙を見せつけた。
「見て下さい、これ!ついに、ついにこの時がきましたっ!」
─e-Sports部は部活として承認されることになった。それに合わせて部室もあてがわれることになり、今日この日から新たな一歩を踏み出した3人。
放課後にやれば良いものを空見が善は急げということで昼休みになった瞬間承認を貰いに行くと言いだしこの有様である。
空見は続けて部室を見に行こうと提案してきたがさすがに二人は同意することはなく、放課後改めて行くことになった。
「お、意外と整ってる、か」
殺風景かもしれないが、必要なものは揃っている。
PC自体学園に使われていないものがあったらしく、人数分以上の数が設置されているのは人数増加を期待してのことだろうか。
「あー、でもいいかもこの部屋。これから必要なもの置いてけばいいしね。よし、まずは...」
「おい、早速棚を私物化するんじゃない。」
咲宮が家から持ってきたのだろうか、持ち帰るのが面倒な私物を棚に並べていたので注意する。
「そういう成瀬さんは家から持ってきたゲーム機を取り出してどうするんですか?」
「ぎくっ。」
なんだかんだで皆部室が気に入ったようである。
ここまで来るのに大分時間がかかってしまったなと明人は思う。
そこへ新たに扉を開くと、一つ学年が下の女子生徒が顔を見せていた。
「失礼します」
「桜霞ちゃん!待ってましたっ。どうぞこちらへ」
そういうと空見が座っていた席を立ちあがり椅子を譲るようにして夕凪を迎える。
「え?いいんですか?そこは空見先輩の」
「気にしなくていいよ。まだ何も決まってないし。もちろん席の位置もね」
「そうですか」と問題ないことを確認した夕凪はそのまま誘われるようにして席に座った。
「座り心地はどうだ?」
「ん...家で使っているものと比べると微妙です」
「スバッと言うんだね。夕凪さん。私はそもそもゲーミングチェアなんて持ってないし、これで十分だけど」
咲宮がそう切り返しているうちに、夕凪にはもっと気になることがあるようで目の前に広がるPCを細かく見ていた。
「どうかしたの?桜霞ちゃん」
「このPCのスペックってご存知ですか?」
「す、すぺ..」
ゲームはもとより、PCは提供されるものであるという認識の空見には耳の痛い話である。
「夕凪、PCの上にある資料があるだろ。その中に今提供されているスペックが記載されてる。」
「どうもです」
夕凪が差された資料を開き一読し、
「学校の設備なので最新とはいかなくても、3Dのリアルタイム対戦ならもう少し上が良いのですが」
「うーん。そうです、確か一応お金に関してはきちんと部費が発生したので、それで対応出来ませんか?」
明人が近づき、「確かにそうかもしれないが、夕凪ちょっと見せてくれ」と夕凪と話している中で咲宮が誰に言うでもなく不思議そうに問う。
「あれ?もう何するか決まってる感じ?」
あ、と気づいたように明人は顔を上げる。
「...そういえば決めてないな。確かにそうだ。」
「え...」と口を開いて思わず心配そうな顔になる夕凪。何を選ぶかによってはどう転ぶか分からないような状況の中で明人が口を開く。
「どうするんだ部長。」
「そういえば私部長でした..。」
「そりゃ最初からあれだけやる気だしてればね。でも良かったと思う。イベントに参加したお陰で夕凪さんと会えたんだし。」
皆が部長に対して意見を求め、空見に視線を向ける。それは決めて欲しいというよりは、空見としての意見を聞きたいのだ。
そして覚悟を決めたようにして
「決めました!私は...」
ごくりと生唾を飲み込んだのは夕凪だろう。
正直自分が得意とするゲームが選択されなかった場合夕凪がそのまま居続ける可能性は限りなく低いような気がする。
「多数決、です!」
「そうなるか。」
納得したような表情の明人に対し緊張が続く夕凪は瞳の中に希望を望む。
「なので、部員が揃ってる必要があります。...ちょっと用事思い出したので、皆さんはここで待っていて下さい!」
強い瞳で皆に視線を向けると、駆け出すようにして部室を去る空見。扉を出た後で、咲宮が明人の方を見て
「あたしもついてくから。」
と空見の後を追っていった。
残ったのは咲宮が出た扉に視線を向けたままの二人。
「こうなるんじゃないかって思ってたんだよな。」
「私はまだゲームを決めてないことに驚きました。」
その素直すぎる返答に苦笑する明人。今の状況で笑えるのはきっとワクワクしているからかもしれない。
静まった部室を改めて見回す。ここから今まで止まっていた時間が動き出す予感がする。
ただ、そのためにはまだ問題が残っているらしい。
夕刻になった窓の外から入る光を浴びて、ふと時計を確認した明人はそのまま咲宮が消えていった方向へと歩き出す。
「...?どこに行くんですか」
「んー、ちょっとお節介をな」
更なる疑惑を生んだようだがそれは仕方ない。実際間違っていないのだから。
「─あのね、空見さん。無理なものは無理。私はもう決めたの。」
屋上で言い合う姿は三人。一人はベンチに腰掛けていて、話しかけてくる声に対して自分の意思を曲げることはない。
「でも!私は五鈴さんと一緒にやりたいんです!」
その熱意は本物だ。言葉に気持ちが乗っていることぐらい五鈴も理解できているのだろう。言葉を受けた五鈴は何度目か分からない深いため息をつくと、重むろに立ち上がり見上げた瞳には少なからずの敵意が見える。
「空見さんは嫌がる人を無理やり勧誘する?そんな人が入ってきて嬉しい?他のメンバーにも迷惑だと思う。もちろん私にも。」
強い感情を乗せた言葉はむしろ今まで受け流していた空見に向き合った結果でもある。その感情まで引き出すことはできたのだが、五鈴の気持ちが変わることはない。
「...迷惑じゃないです。私は、皆はあの時楽しかったはずです!その気持ちだけは...本物なんです」
気持ちが、願いが、五鈴に伝わるように思い出すような口調で真っすぐ五鈴見つめて言う空見。
「...。」
違いが沈黙を作る中で先ほどとは違い小さくため息を吐いたのは五鈴だった。
「ごめん、私はあまり思い出したくないの。自分自身に呆れるのはもうたくさんだわ。...話が終わったなら、もう帰るから」
「あっ、五鈴...さん」
そういって空見を横切るようにして立ち去ろうとする五鈴の前で、再び扉は開く。
そこから歩いてきた人物に飽きれるような仕草をする五鈴。
「はぁ..。あんたもなの?悪いけど話は終わったから」
立ち止まったかと思えば一言だけ言い放つと明人をスルーしようと隣を抜けるようにして再び歩き出す。
明人はそれを止めるでもなく、
「あー、勘違いしないように言っとくけど、俺は五鈴を説得するためにきたわけじゃないぞ。」
「...そう。」
「そもそも五鈴の気持ちを丸め込むようなことが他人の、むしろ屋上でしか会わなかった俺に出来るわけがない。」
「...。」
「五鈴は知ってると思うけど、俺はe-Sportsから逃げてこの学校に転入してきた。その気持ちを誰かに説得されたところで、じゃあ戻って続けますっていうのは無理な相談だ。」
「で、そこまで分かってて何しに来たわけ?同情?」
「いや、もうそろそろだ」
会話を遮るようにして呟いた明人に対して、呆れてそのまま横を通り過ぎようとして目を疑った。
「ここかなー?屋上だよね、多分。」
「な、なんで貴方がここに。」
「げ、ほんとに居るし。知ってたけど。」
開かれた扉から出てきた人物と目が合う。驚いた表情は怒りの形相に変わり、
「どういうつもりなの」
聞こえるのは酷く冷たい声。それは当然明人に向けられたものだ。
だがその視線を無視して、田崎と視線を合わせる明人。
「ええっと、五鈴。」
「なに?」
「ごめんなさい」
そこに居たのは以前の田崎そのものだ。
ただ今だけは言葉も、頭を深く下げたのも田崎本人。誰もが目と耳を伺った。当事者なら殊更。
「え...何」
「私、貴方が羨ましかった。チームに入ってきたときから口うるさくて上手くて。
練習している私よりどんどん先に、超えようとしても近づかない壁。それが私にとっての五鈴。毎日の練習が否定されているような気がして。で、何時しか私は五鈴のことが嫌いになってた。」
「辞めたときはそれはもう嬉しかったわ。陰口叩いてきて良かったーって思った。...でも同時に絶望した。こんなに上手くても無理なんだ。諦めちゃうんだって。」
「それからすぐチームを抜けて、今こんな感じ。」
「...。」
ただ聞いているだけの五鈴の目を見て吹っ切れたように顔を上げる。
「五鈴がいたから私は強くなれた。貴方という目標があったから。」
「だから、お礼だけね。」
少しだけ五鈴の眉が動いた。
田崎はそれだけ言うと踵を返して屋上を去っていった。
「...なんで連れてきたの?」
「そりゃ田崎が言いたそうにしてたからじゃないか」
「答えて」
「過去の清算とお前の気持ちを聞くためだ」
「余計なお世話よ!それに私の気持ちは」
「俺が今部活に入部したのは何も改心したからじゃない。戻ったんだ、気持ちが。」
「思い出したんだ。俺がなんでe-Sportsやってたのか。その理由とその光景を。」
「俺はあの大歓声を一心に浴びて誰かの期待に応える選手になりたい。他人の評価とか、自分の価値とかそんなもの関係なく俺はe-Sportsの世界に入ったんだ。」
「...。」
晴れ晴れとした表情は苦悶の表情を浮かべる五鈴とはまるで正反対だったが、
彼女の頬を伝うそれが全てだった。
「五鈴はどうなんだ?」
「長い演説。」
一言だけ呟くと頬を拭い、
「...私のスキルが目当て?」
「正直、無いと言えば嘘になるな。」
「あー、嫌だ嫌だ。これだから男は。...でもいいわ、私も思い出したみたい。あの頃気持ち」
「...そうか。」
「絶対話してあげないけど。ま、私が入ったら百人力よ」
「つい最近負けたけどな」
「うん、やっぱり嫌いだわ、成瀬君。」
そう良い終わった後で、五鈴のもとに走って抱き着く五鈴。
「やりましたっ!五鈴さん、待ってました」
「わあっ、ちょ、空見さん!?」
盛り上がる二人を横目に明人に近づく。
「どうやって連れてきたの?あ、もしかして焼肉来なかった日でしょ?」
「さあな。ただ、どう考えても俺には五鈴が向いていないようには見えなかった。」
「ふーん。」
その二人の後ろでずっと見ていた夕凪が姿を見せて屋上に全員が集合する。
五鈴が明人の元へと近づき、
「で、この部活何か目標あるわけ?言っといてあれだけど、ただ作ったなら入部しないわよ?」
「目標は今日の朝決めた。...俺たちは今年、学生を対象にした全国で行われるe-Sports高校生大会に出て、優勝する。」
「...ま、いいんじゃない?」
そう微笑んだ五鈴の表情はいつもの彼女らしさが見えた。




