13 開戦
シランキオ歴 二百十二年 春
冬は記録的な寒さになりシランキオの北の方でも雪が積もった。そのさらに北にある敵国テナージャにとって厳しい冬となった様だ。なので食料が足りておらず、雪解けと共にシランキオを攻め込むのではないかと睨んでいた。
「……とうとう開戦も近くなって来たわね」
「ジェネ様……」
このところジェネ様は顔に暗い影を落とす様になった。シランキオが敗戦した場合、間違いなくジェネ様の父、シランキオ国王の首を欲するのを知っているから。
通常敗戦したとしても、有能な人物であれば、国王であっても肩書きが変わるだけで済む事もある。しかし、相手はあのテナージャ王国。過去にとある国の王族を皆殺しにした事がある国だ。敵の王が善政を敷いていようが、悪政を敷いていようが、邪魔な者は一切排除する。それがテナージャ王国の気質なのだ。
するとジェネ様は私達の方を向いた。
「今から約一ヶ月後。戦争が始まります。ダーシー。ホリー。辞めるなら、今の内ですよ」
いつになく真剣な声色だった。でも、私達の心は決まっている。
「ご心配なく。夫の許可をもぎ取りましたので、ここに残ります。ただ、戦争が終わったらすぐに辞するのが条件ですが……」
「そう。……ホリーは?」
「私も残ります。そのための里帰りでしたから」
「二人共……残ってくれるのね」
「ジェネ様……」
「私……恐いの」
ジェネ様がこんな風に感情的に吐露する姿は滅多にない。それだけ、今回の戦争の重さをひしひしと感じる。
「きっと……彼らは私の大事なものを奪うわ。何もかもね。……それがシランキオの民にも、向かなければ良いのだけど……」
恐いのは私も同じだ。
ついこの前まで私は呑気に戦争の後も生き残っていると思っていた。けれど、戦争が近づくにつれどんどん不安になる。
無情にも、それは近くまで迫っていた。
戦争は騎士団中心に構成され、足りない分を平民から徴兵する事になった。今は騎士団がその平民を鍛えているところだ。ビルはその指導員をしているらしい。久々に夜の街に繰り出した時に教えてくれた。
「まだ拙いところもあるけれど、皆、筋が良いんだよなぁ」
「教えやすいでしょう?」
「うん。これならまともに戦えそうだ」
「……ビルも行くんだよね。戦場……」
「そりゃ……うん。行く」
ビルが所属する隊は、なんと戦争の最前線へ向かう事となった。同じ隊であるミックも一緒に。
「ホリーは王城だろ?」
「うん。でも最前線よりは……」
「当たり前だろ。そんな事になったら俺、直談判する」
「そうじゃなくても、女騎士は最前線には送られないって」
女騎士は基本王城勤務だし、王家の女性を守るのが主な仕事だ。最前線に送られる事は歴史的に見ても滅多にない。
「行く前には……会える?」
「……何とか時間作る」
「……そっか」
食堂の活気はいつもよりなかった。皆、なんとなくだがしんみりとしている。私達の様な客が多いせいだ。どこか店員の顔もいつもよりは暗い。
民の笑顔を守れるだろうか。
ジェネ様が言っている事が、身に沁みる気がした。
そして、あっという間に戦争前日になった。
私はビルから手紙で呼び出され、いつもの所へ向かう。しばらく待っていると、ビルが現れた。
「ホリー!! 遅くなった……ごめん」
「ううん。無理言って……」
「違う。……俺も会いたかった」
「ビル……」
「ホリー……」
だんだん顔が近づいて、二人の唇が重なった。今日は離れたくなかった。朝までくっついていたい。時間が許す限り私達はキスを続けた。散々続けた後、ビルはぎゅっと私を抱きしめた。
「ビル……私、こんな事、騎士なのに情けないけど……行って欲しくない」
「ホリー……俺も、ずっと一緒に居たい」
「ビル……」
私はビルの背中を掴んで、強く抱きしめる。それに合わせるように、ビルの腕にも力が入った。
しばらく抱き合った後、ゆっくりとお互い離れた。
「……生きて、帰って来て。ビル・ロッドフォード」
「あぁ。行ってくる。留守は頼んだぞ。ホリー・コリンソン」
私の目からは涙が流れてしまったが、それを拭って出来る限りの笑顔をビルに贈った。
ビルもそれに応える様に、微笑みを浮かべる。
次の日。
ビルは戦場へと向かった。
王城はしばらくの間、嘘の様に平和な日々を送っていた。それでも厳戒態勢は緩めていない。
「状況は?」
ジェネ様はいつでも動ける様、女騎士の様な格好をしていた。伝令を伝えに来た騎士に貫禄がある声でジェネ様は問いかける。
「はっ! 現在砦にて衝突しておりますが、両者拮抗しており、崩されてはおりません」
「だとしても時間の問題でしょうね。あちらが砦ごと魔法で壊さない選択をしないだけ、ありがたいわ」
シランキオが善戦している……とは言い難い状況だが、思っていたよりも対抗している様だ。その言葉に、私はダーシーさんと目を合わせ互いに微笑みを浮かべた。
「王城への侵入者は?」
「今のところはありません」
「そう。引き続き、警戒を続けて」
「はっ!」
慌てた様子で騎士はすぐに王女の部屋を退出した。
「今のところは何とかなっているみたいね。でも、気を抜かないで」
「「はっ!」」
私とダーシーさんはいつになく真剣な声で答えた。
数日後、いつもの伝令とは違う騎士が慌てて王女の部屋に転がり込んで来た。
「失礼します!!」
バンといきなり扉を開けて、私とダーシーさんは思わず剣を抜いた。
「何事です!!」
慌ててジェネ様が尋ねると、息が絶え絶えになった様子の騎士が肩で息をしながら答えた。
「ホ……ホリー・コリンソン護衛騎士殿に伝えろと……言われて……」
伝令は手紙を私に差し出した。
私はゆっくり手を伸ばして手紙を受け取ると、中を改める。手紙の中身を開くと……
『ビル・ロッドフォード 敵の襲撃を受け、殉職』と書いてあった。
「…………え?」
「どうしたの、ホリー……は?」
私も、手紙を覗き込んだダーシーさんも、固まって声を発せない。
「何て書いてあるの?」
不安そうな声で聞くジェネ様の言葉にダーシーさんが代わりに答えてくれた。
「ビル……ホリーの恋人が……天に召されたそうです」




