11 ネックレス
夕食時。
姉はまた昼寝から復活していて、三人で楽しく食事を摂っていた。しかし、父はまだ諦めてはいなかった。
「ホリー。……やっぱり帰ってきてくれないか?」
「……そんなにうちの領地経営が悪化しているのですか?」
「違う! 戦争になったら、シランキオは……それに……」
「分かっております。負け戦になる事は……」
「そうじゃない! 嫌な予感がするんだ」
「予感……とは?」
「ホリーが……王都に居てはならない気がして……」
青い顔して言うお父様にお姉様はすかさず尋ねた。
「お父様。そう言ってホリーに戻ってきてもらって、どこぞの親戚と引き合わせて無理矢理結婚させる……なんて事しませんよね?」
悪戯な口調で圧をかけるお姉様に、お父様が苦しそうな顔で口にした言葉は否定ではなかった。
「……しない……とも言い切れない」
「お父様!」
私は思わず立ち上がって強く抗議した。
「私にはビルしかいません!!」
「なら……なぜビル・ロッドフォードはうちへ来ないんだ。結婚する意思があるのだろう? だったらなぜ、顔も見せないんだ」
「それは……休みが合わなくて……」
「……する気があるのなら、家に逆らってでも来るものだ。一人でな! 王都に居る時に尋ねるなりなんなり出来たはずだ。それをしなかった奴の事なんか、信用できるか?」
さすがにぐうの音も出なかった。
「私は心配なんだ。カーリーが遺してくれたお前達の事が……」
「お父様……」
「……ホリー。ここまで言っても無駄なら、ゆっくりここで休んだ後、王城へ戻りなさい。それが……お前の決めた道なのだろう? ……怒鳴って済まなかった」
お父様はうつむいたまま、謝罪の言葉を口にしてから食堂から出て行ってしまった。その背中は、ひどく寂しげなものに私は見える。
気まずい雰囲気を壊したのは、お姉様の言葉だった。
「……お父様が言う事も、一理あるのよね」
「……え?」
「一度も顔を見せに来ないって、おかしくない?」
「それは……」
「もちろん、騎士の仕事が忙しいのは分かっているつもりよ。王城でのパーティーの時は警備をしているのも知っているし。だけど、一度くらい顔見せてくれたって良いと思わない?」
「……まぁ」
「あちらが何を考えているのかは分からないわ。私も出来るだけホリーの意見に従いたいけれど……お父様の話を聞いて、ちょっと考えが変わったの。今のままでは、ビル・ロッドフォードは信用できない」
「お姉様!!」
「ホリーの事は信じているけれど、会いに来ないのはおかしい。これは私の経験則なのだけど、本当に結婚したいのなら『親に会わせて』って言ってくるのが普通じゃないかしら? 私がそうだっただけから、一概には言えないけれど……」
「……」
「私も本当はお父様に賛成なの。騎士団を退団して、ここでのんびり暮らして欲しい」
「お姉様」
「でも……ダメなのでしょう? 貴女は……ジェネヴィーヴ様やビルって人の側に居たいのでしょう?」
私は口を結んでとコクリと縦に頷いた。
「だったら止めない。……でもいつでも帰って来て、良いのよ」
戦争が、現実味を帯びたからだろうか。それとも、私もビルの行動がおかしい事を前から思っていたからだろうか。
私は、決断を迫られている気がした。
次の日以降、お父様とお姉様は騎士団やビルの話を一切しなかった。それだけ私に配慮してくれているのが分かる。お陰で私は思っていたよりも穏やかに過ごす事が出来た。
「ねぇ、ホリー。街へは行くの?」
「あ! お土産買わないと」
「では一緒に行きましょう」
「え……体調は?」
「大丈夫よ。何かあった時は騎士達に頼むし」
思ったよりも元気そうだったので、姉の従者達と一緒に街へと向かった。
街には久々に来たが、前より人通りが少ない気がする。
「戦争の噂を耳聡い商人達が聞きつけて、少しずつ他国に流れているのよ」
「そんな……」
「仕方がないわ。さすがのシランキオも魔法には勝てないから」
かつて「武のシランキオ」と呼ばれた時代があった。しかし過去の栄光も今では遥か彼方。
「ここまで被害が及ばなければ良いのですが……」
「セイラー子爵領までは来ないだろうって予想はしていたけれどね」
テナージャに接しているシランキオの北側が戦地となると予想されている。王城は国の北側にあり、お姉様がいるセイラー子爵領とコリンソン領は南側。コリンソン領は若干王城寄りなため、戦地になるかどうかは曖昧な土地だ。
「もし秘密裏にテナージャ人が入国していて思いも寄らない所から襲撃……なんて作戦で来たら、コリンソン領も被害を受けるかも」
「多分そんな作戦、取らないと思うます」
「……そうよね」
テナージャは力業で有名。いつも正面突破がお決まりなのだ。
「そんな事より、お土産でしょ? 決まっているのかしら?」
「はい。レッドバイソンのジャーキーを買って行きます」
「え……まぁ、確かにそれも良いけれど……アクセサリーも考えてみたら?」
「……アクセサリー?」
そういえば、ビルに今来ているコートを買ってもらった事を思い出した。「でも……アクセサリーで良いのかな?」と思っていると、お姉様は満面の笑みをこちらに向ける。
「ペアで着けられるものを探してみましょう」
「え? ……お姉様!?」
お姉様は私の腕を引っ張って、アクセサリー商店に入店した。
「まぁ! 品揃えが良いわ」
その店は平民が利用する事が多いようで、所狭しとアクセサリーが並んでいた。
「品質はまずまずね。高価すぎる物は買えないでしょ?」
「はい。……お給金は頂いておりますが……」
さすがに私の手持ちじゃ払いきれない。
「リングは……指の太さとかは分かる?」
「いえ……そもそも着けたくない様で……」
「なら却下ね。無難にこれかしら?」
お姉様が手に取ったのは、先端が輪の形になっているネックレスだった。その輪にはポイントで小さい石が一つが埋め込まれている。
「これなら殿方でも着けられるのではなくて?」
「そう……ですね」
「色んな色があるのね。どれにする?」
「……これを二つ」
私が選んだ物を見て、お姉様の顔がにやけた。
「お揃いの物を持ちたいのね。埋め込まれている石は小さいけれど……ダイヤモンドかしら?」
「え……じゃあ他の物に……」
ダイヤモンドは値が張る事は私でも知ってる。すると店員が話しかけて来た。
「そちらの商品は売り物にならない石を使っておりますので、安心価格ですよ」
そう言って提示された額は思っていたよりも安価だった。
「これなら……」
「この商品をお二つですね」
話を聞いていた様で、商品を手に取りすぐにそのネックレスにリボンをつけた。この国では贈り物には必ずどこかしらにリボンがあしらう慣わしなのだ。購入したという証拠にもなる。
「またのお越しをお待ちしております」
ニッコリと店員が入り口のところまで見送られながら、私達はその店を出た。




