*16*
19階は、これまでの苦労が疑問になるほど順調に攻略できた。
優は床に転がるロボットの残骸をまたぎながら辺りを検分すると、翔たちの元へと戻り始めた。
別の通路から合流したルダが、優と並んで歩き始める。
「体の具合はどうだ」
「・・・まだフラフラする。人工血液とかいう奴を大量に入れたとかって聞いたけど、ホントに大丈夫なの?」
「問題があれば君は生きていない」
ルダは笑っているようだ。
こいつが笑うのを初めて見たかもしれない。
「・・・白兵戦を学んでいれば、私の持っている機能を別の方法で生かせたのだが。私には君ほどの勇気がなかった」
「教えてやろうか?長い歴史のある由緒正しい流派だぜ?」
ルダの顔には目も口もないのだが、感銘を受けているのは分かった。
「・・・遠慮しておこう。今さら学んだとて遅いし、君ほどの才能は私には無い」
優は鷹揚にうなずきながら、内心で汗をかいていた。
才能なんぞ欠片もない。あの優しいツバキが絶望するほどなのだ。だいたい、剣を使ってるのは驚くほど射撃のセンスが無いからだ。
単に生き残るために剣を振り回していたら、そこそこ使えるようになったというだけの話。ツバキの動きを真似てはいるが、その真髄は何も分かっていない。そんな奴に同門を自称されて不愉快だろうが、あいつは許してくれそうな気がする。
話しているうちに、新たに設営した前哨基地に戻っていた。
「大丈夫そうね、優ちゃん」
バリケードにするガラクタを積んでいたアゴが呼び掛けてくる。その顔には笑顔が浮かんでいた。トラはというと、18階でルダの分身と一緒に居るはずだ。大人しくしていればいいが。一方翔は、作業しながらこちらに背を向けたままでいる。優が腕を失ったあの一件以来、ずっとこんな調子だ。
優は左腕の肘から先を立てて、アゴに向けた。
「こいつのお陰で楽なもんだよ」
昆虫のように節くれだった、オレンジ色の腕。
19階をあっさりと攻略できたのは、この機械の腕のお陰だった。生身のそれより遥かに軽く丈夫で、指先の強靭さは岩くらいなら貫きそうな程だ。
だが、この腕の優れている点はもっと別にあった。掌から半径30センチほどの範囲に、敵の銃弾や熱線を弾く力場を発生させる事ができる。
雨傘のように敵の弾をはじきながら突撃し、あとは剣を振りまくるだけの簡単な作業だ。三ヶ月もいらない。今日中にあと五階はいけるだろう。
「こんなに楽になるんだったら、さっさと付け替えとけばよかったな。どうせなら足も交換するか」
優はそう言って笑った。
が、他に笑う者はいない。
ルダもアゴも、優から顔を反らして俯いている。
彼をまっすぐに見ているのは、さっきまで背中を向けていた翔だけだ。
「・・・おい、優」
ようやく口を利いてくれたと思ったら、激しい怒りの気配をぶつけてくる。優は怪訝な顔で翔に向き直った。
「なに?翔ちゃん」
「このクソチキン野郎が」
唐突に一体なんだ。
「・・・どういうこと?」
「まんまの意味だよ!!」
一触即発で睨みあう二人を置いて、武器を抱えたルダとアゴが歩き去っていく。歩哨がてら、二人だけでケリをつけさせるべく席を外すつもりらしい。
この所、翔の態度が気になっていた優は、望むところだとばかりに彼に向かって一歩踏み出した。
「言いたいことがあれば言いなよ」
「上等だ・・・てめぇ、自分の命の事を何とも思ってねーだろ」
意外な言葉に不意を衝かれ、優は返答に詰まってしまった。
そんな彼に対し、翔は言葉を続ける。
「おめぇはただ逃げてんだよ」
その言葉に、妙に胸がざわつく。優はそれを自らの怒りだと考えた。
「・・・はぁ?逃げてばかりいる翔ちゃんには言われたくないよ。いっつも僕の後ろに隠れてるだけじゃん」
図星を突いたつもりが、翔はまったく怯む様子もない。
「ああそうだよ。俺は死にたくないかんな!それが当たり前なんだよ!!よく考えろ、こんなトコに放り出されて、バスみたいなデカさのトカゲやら、人を取っ捕まえて血を搾り取るツタやら、挙げ句銃をぶっぱなしてくるロボットの群れやら、怖いのが当たり前なんだ!だがお前はどうだ、ひびるどころか自分から突っ込んでいきやがる!!」
翔はここからでも分かるほど体を震わせている。その目は潤んでいるように見えた。
「優よぉ、俺は最初、おめぇの事をただ単にスゲェ勇気のある奴なんだとおもってた。でも違う!!なんでかしらねぇが、おめぇは自分の命をどうなってもいいと思ってやがる!いともアッサリ捨てようとしやがるんだ!!」
翔は力を込めて、まっすぐに優を指差した。
「おめぇはよ、カノジョを幸せにできりゃ、あとはどうなってもいいって言ってたよな。だがてめぇのそれは、カノジョを「おめぇが考える幸せ」ってやつにさっさとしちまって、あとはてめぇが心置きなくこの世からオサラバできりゃいいって感じじゃねぇか!!オレなら絶対そんな事は考えねぇ!!大事な女の幸せに、オレ抜きなんて事はありえねぇんだよ!!おめぇはカノジョとずっと一緒に生きたいって、一緒に幸せになりたいって、そう思わねぇのかよ!?」
その問いに答えるためには、長い沈黙が必要だった。
優はこれまでの自分を思い出していた。
翳やツバキが幸せになれるなら、自分は死んでしまってもいいと本気で思っていた。今でもそうだ。それは絶対に変わらない。
だがそれは優の自己満足で、逃げだと翔は言う。
睨みあいを先にやめたのは優だった。
「・・・たしかに、僕は自分の命なんてどうでもいいと思ってるらしい」
ため息をつき、翔の目の前まで歩く。
「でも翔ちゃん、今はちがう。僕は腕を失って眠ってたとき、僕んちにいる居候たちと会ってたんだ。そいつらの喜ぶ顔を見たら、戻らないとだめだって、そう思えた。だから今は生きて帰ろうと思ってる。信じてくれ」
それを聞いた翔の顔は、苦悶を形作っていた。
「・・・優よぉ、それじゃだめだ。それじゃ、今までと何もかわらねぇ」
翔はそう言い捨てて、再び優に背を向けてしまった。
*
次の日、優たちはついに20階に足を踏み入れた。
予想したペースよりも早いが、空に見えるオーロラの光もはっきりと見え始めている。もっと急がねばならなかった。
優は例の如く、左手から力場を発生させつつ敵陣に吶喊した。傘で雹を受け止めているのとそっくりだ。細かな振動が伝わってくるが、それ以外は実に平穏。姿は見えないが、隣を走るルダも快調のようだ。
あと50メートル。優は剣を構えた。その瞳に、いままで見たことの無いシルエットの敵が一瞬だけ映った。
その次の瞬間だった。
何も無い空間からルダが叩き出され、バラバラになって吹き飛んだ。
その隣で、優は宙を舞っていた。
衝撃と共に、暗闇の中で白い火花が何度も激しく四散する。
気絶しなかったのは奇跡だ。かろうじて目を開けるが、視界は白く霞んでいる。
目の前で盛大に敵弾がはじけ、優は目をしばたたかせた。
いかん、動かねば。
彼は起き上がろうとした。とたんに物凄い激痛を感じる。
またやっちまった。
今度はどこだ。
・・・右足だ。紫色の血が盛大に吹き出している。冗談が本当になってしまった。
こりゃ翔ちゃんにこっひどく怒られるな・・・。っていうかキモすぎるだろ、人工血液。紫色とか無いだろ。
そうだルダは?!
・・・だめだ、姿が見えない。
そんなことを考えつつもがいていた優の体が、唐突に引きずられて動き始めた。
首を巡らせた優は、心臓を握りしめられたような衝撃を受けた。
敵弾の嵐の中で、翔の背中が自分を引いていた。
「し・・・翔ちゃん・・・何やってんだよ!やめろ!!やめろって!!!」
翔はそれに全く反応することなく、ただ優を引き続けた。
彼の背中に、無数の銃弾が次々と突き刺さる。
その光景を見続けなければならない苦痛が優の心臓を締め上げ、抉る。まるで自分の体が切り刻まれる様子をつぶさに観察させられているかのようだ。彼は血を吐くようにやめろと絶叫し続けた。
そんな最中に、それは起きた。
青い稲妻の塊が、優とそれを引く翔の頭上を破裂音と共に通過した。
続いて激しい閃光と、爆撃のような炸裂音。
しばらくして、それが止んだ。
辺りには物が焼ける音と匂い、そして瓦礫が転がる音だけが残った。
体を引きずっていた力が失われている。息を飲んだ優が視線を向けると、そこには倒れた翔の姿があった。
優は何とか這いずって、横たわる翔の体に寄り添う。
覗き込んだ彼の目は、ずっと遠くを見ていた。
その表情は、かすかに笑っているように見える。
「・・・翔ちゃん?」
優は彼の肩に手を当てて揺さぶる。
返事は返ってこなかった。
視界がにじみ、歪み始める。優は嗚咽を漏らしながら翔の肩を揺さぶりつづけた。
その側で、全身の毛を逆立てつつ稲妻を放ち続けるトラが、悲しげな鳴き声を上げていた。
第七話 おわり
長々とお付き合い頂き、
いつも感謝いたしております。
次で終わりにします!
なんかもう既にグダグダですが、
よい終りかたを目指してがんばりたいと思います。
引き続き宜しくお願い致します!




