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何から話すべきか。
とりあえず、ざっと今の状況を説明しようと思う。
目が覚めると、両足の膝から下が例のオレンジ色に変わっていた。滅多なことを言うもんじゃない。意識はハッキリしているんだが、体の方は腹立たしいくらい弱ってて、立ち上がることもできない。
アゴはあの戦いで大きな傷を負っていた。意識不明だ。
ルダの治療のお陰で今は落ち着いているが、予断を許さない。
稲妻を撒き散らす巨大な獣になっていたトラ。彼女は再びセントバーナードくらいのデカいネコに戻っている。疲労困憊なのだろうか、全く目を覚まさないで丸まったままだ。
ルダは敵の攻撃でバラバラにされてしまった。そこで予備のうちの一体が「本体」に格上げされ、ルダとして振舞い始めていた。深く考えると闇に呑まれそうだ。このホラーな現象について、あまり気にしないよう努力することにした。
そして、翔はもうここにいない。
ルダの予備が下に運んでいってしまった。
何の用事で連れて行ったのか聞くと、ルダは彼の遺体を町外れに埋葬する、と答えた。
五年間、ずっと兄弟みたいに過ごしてきた。翔が隣に居ないと調子が狂う。
何でこんなに手間取っているのか分からないが、さっさと用事を済ませて戻ってきてほしい。
*
「なぁルダ、翔ちゃんはいつ戻るんだよ。遺体を埋めるって、そんなに時間掛かる作業なのか?」
優の手当てをしていたルダは、その言葉を聞いて固まった。彼はしばらくの間優の顔を凝視していたが、やがて何かを決意したかのように治療器具を脇に置き、姿勢を正して静かに宣言した。
「・・・優、私は翔のリポジトリを作成した」
「リポ・・・何それ」
「彼のあらゆる情報が記録されている媒体だ。肉体、そしてそのメタデータを網羅している。少し待ってくれ」
彼はそう言って何かを取りに行った。やがて戻って来ると、三本指の手のひらを広げ、一辺が2cmほどの立方体を優に見せる。黒曜石のような質感のそれは、内部に無数の輝く星が埋め込まれていた。
「これに、翔の肉体の全てが記録されている」
あっけに取られてそれを見ていた優は、やがてゲラゲラと笑い始めた。
「そんなもん作ってどうすんだよ!翔ちゃんの情報なんて犬も食わないよ」
「・・・これは君が持っておいてくれ」
「はあ?いらないよ!翔ちゃんにあげたら?」
「だめだ。君が持つんだ」
ルダがらしからぬ強い調子で押し付けてきた黒い石を、優は顔をしかめて見つめた。
*
2日が過ぎた。
その間、敵の襲撃もなく平穏な時間が過ぎていた。
ルダの治療が奏効し、優は起き上がれるようになっていた。何かあればすぐに動けるよう、剣もすぐ側に置いてある。
優はぼうっと虚空を見つめながら、バリケードに体を預けて座っていた。生身のほうの掌には、例の黒い石が乗っている。傍らには、トラが丸くなっていた。
「優、食事だ」
例のプラスチック臭い保存食を持って、ルダがこちらに歩いてくる。
メシを燃料のように食うのは苦痛でしかない。
うまい物を食いたいという気持ちは全く無いが、これを食わないで済ませたいという願いは切実に感じていた。
渋々とチューブを受け取りながら、優は呟いた。
「・・・ルダ、このゲームはバグってる。もうクリア不可能な状態なのかもしれない」
ルダは優の隣に腰を下ろすと、四本の腕で膝を抱えた。
「・・・そうだな」
「何でもかんでも、まるで紙みたいに突き破る攻撃とかさ。もう、どうしようもないだろ。バリケードどころか、塔の外壁も突き破ってるじゃないか。トラさんが助けてくれなかったら終わってたな」
新手の敵の攻撃は、こちらの防御を全てたやすく貫通していた。自分たちが絶対に破壊できない壁すら突き抜けるのだ。あれが一体ではなく、横一列に並んだら・・・完全にお手上げだ。
おまけに、ルダの隠れ身も見破られている様子だった。
爆弾持って突っ込んでれば何とかなっていた頃が懐かしい。それにしたって、腕を失ってやっとだったが。
「・・・そうだな」
壊れたレコーダーのように繰り返される返事に、優は苦笑する。彼はため息をつくと、チューブを嫌々開封しはじめた。匂いを感じたのか、トラが顔を上げる。優がチューブから中身をひねり出して差し出すと、彼女はそれを夢中で舐め始めた。
その様子を微笑みながら見ていた優は、聞きたかった事を思い出して口を開いた。
「そういやまだ聞いてなかったけど、ルダ、トラさんに何が起きたんだ」
「・・・私は、いや、私の分身は、19階でトラと共に待機していた。彼女は最初おとなしくしていたのだが、突然全身の毛が針のように逆立ち、周囲を黒焦げにしつつ激しく放電しはじめたのだ。体の大きさも倍以上になっていた。恐らく君の叫びに反応したのだと思う」
怒らせるとそんな事になるのか。気をつけよう。
針に貫かれて黒こげになった自分を想像し、優は少しばかり寒気を感じる。
その様子に気づかず、ルダは言葉を続けた。
「彼女の毛は敵の攻撃を防いだ可能性すらある。思うにトラは、あまりに危険すぎる存在であるため他の世界からゴミ箱送りになった生物なのだろう。そういった者達が、ここにはかなりの頻度で送られてくる。もっとも、あまりに凶暴、凶悪すぎるものは即座に凍結か消去処分にされる。こちらにも一応の生態系があるので、保護する仕組みがあるのだ」
そのあと、ルダは何かを言いかけて口を閉ざした。
優は彼が何を言おうとしたのか分かっていた。でも、それはダメだ。トラは命の恩人であり、数え切れないほどの借りがある。この上、彼女を危険には晒せない。
それにこれまでの経験から考えれば、いくら強い力を手に入れてもすぐに対策されてしまう。力ではこのクソゲーはクリアできないのだ。
「ルダ、僕にちょっとした考えがあるんだ。無茶を言うけど、協力してくれ」
多分、お前は反対するだろうけど。
「わかった。この状況を打開できるのであれば、何でもしよう」
「頼む。・・・しかし翔ちゃんは何やってんだ、愚図にもほどがあるだろ」
ルダはうつむき、深く考え込む様子を見せた。
その末に、彼は苦痛に満ちた声で告げる。
「・・・優。翔だが、彼は下に残りたいと言っている」
その言葉に、優は衝撃を受けた。
彼はしばらくの間沈黙していたが、やがて無理に笑顔を作った。
「・・・だな、そのほうがいいと思う。アゴも、動かせるようになったら下に運ぼう」
「・・・わかった。そうしよう」
優は天井を見上げてため息をついた。
「もっと早くにそうしとけばよかったな」
そう呟いた彼の顔には、苦痛が深くえぐり込まれていた。




