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>コマンド?  作者: オムライス
第三話
23/120

*11*



優は口の中に溜まった鉄の味がするものを吐き出した。その燃え盛る敵意は目の前の雪猿に向けられたままだ。


彼は気を失いそうになるような苦痛の中で、ただ強烈な使命感に突き動かされるままに体を動かし続けていた。その頭の中に、数瞬後の自分の生死はない。あるのはこの敵意と、自分の大切な者が虐げられている現実への激しい焦りだけだ。


全ての爪を失った足で地面を蹴り、優は雪猿の頭部へと跳躍した。彼は常人には動きを捉えることすら困難な速度域で雪猿と渡り合っていた。しかしその速さも、傷ついた体に引きずられて鈍り始めている。


一方の雪猿は優で遊んでいた。致命傷を与える事を避けていたぶり続けている。だがそれにも飽きたのだろう。一体の腕が必殺の速度で優を弾き飛ばした。


骨が砕ける音が、雪原に響き渡った。



気がつくと、優は血にまみれながら横たわっていた。

頬に当たる雪が冷たいが、痛みも苦しみも感じない。


駆け寄る足音を聞き、優は悲しげな視線を上げた。その表情が明るく変わっていく。

彼の視線の先には、雄々しく雪原を蹴って疾走するツバキの姿があった。彼は視界が急に暗くなり始めている事を気にも止めず、ツバキを見つめ続けた。





ツバキは、優の骨が砕かれる音を聞いた。

彼女の怒りは沸点を遥かに超え、その意識は白熱する光に満たされていた。彼女は薄く開いた唇の間から鋭く息を吸い込むと、それを爆発させるかのように吐き出した。


優を叩きつけた雪猿の面が、一瞬の後にツバキの木刀に刺し貫かれていた。彼女が木刀を抜き去りながら胴体を蹴り倒すと、それは地面に落ちる前に崩れて煙になった。

怒りと呼吸が奇跡的に上手く乗った。それをつららの力が何倍にも増幅した結果だった。幸運と助力がもたらしたものであり、ツバキの心中に喜びは無かった。


彼女は残る一体の雪猿に向き直った。その瞬間、彼女は悟った。つららの支援が弱まっている。体が鉛で出来ているようだ。彼女はそれに全く動じなかった。持っている木刀をだらりと下げ、自然体で立つ。


いま雪猿に打ち込まれたら、避けることもできずに間違いなく即死する。だがツバキは、これまでの戦いを通じて相手がそうしない事を知っていた。


こいつらは戦うことを楽しんでいる。すぐに終わらせようとはしないはずだ。


その考えは正しかったようだ。雪猿はこちらの出方を伺ったまま距離を置いて立っている。


棒立ちで睨み合ったまま、ツバキはお互いの戦力差を値踏みしはじめた。動きの速さから考えて、プロボクサーと小学生程度の差か。ただしその小学生は、弾が一発入った拳銃を懐に隠し持っている。


彼女は自分のウィンドウに表示されているたった一つの技、「紫電穿」を疎ましく思っていた。それが辛い修行の末に獲得した自分の技よりよほど強力だからだ。ある日何の努力もなしに凄い技が使えるようになりました。そんなことがまかり通れば、自分が今まで積んできた修行とはなんだったのか。


だが今は、これを奥の手とするしかない。


つららの支援が弱まっている今、気力で動かしている体が言う事を聞かなくなるのも時間の問題だった。次が最後の一撃だ。ツバキは突きの構えを取り始めた。雪猿はそれを待っていたかのように両腕を持ち上げた。


子供がどうプロボクサーを捉えるか。フットワークを使われたら終わりだ。追えるはずもない。ならば方法は一つ。


ツバキは脳が焼き切れんばかりに精神を集中した。

風鳴りがやけに大きく、ゆっくりと響く。

冷たい空気に乾いていく頬の血。その固まっていく一滴一滴を感じる。


ツバキの三白眼が、眼球が零れ落ちそうなほど大きく見開かれている。その視界の端で、雪猿の左足先がごくわずかに動いた。


ツバキは決めていた。ほんのわずかでも動きを見たなら愚直に、何もかもを捨てて前に突くと。

肉体も、魂も、この一瞬に燃やし尽くす。彼女はその爆発力を全て乗せて、全身を地平線へとまっすぐに撃ち出した。恐るべき手ごたえが腕を伝わってくる。彼女は絶叫した。


「紫電穿!!!」


紫色に輝く無数の大蛇のように放電がのた打ち回り、目を焼く閃光とオゾンの香りが周囲を満たした。空気が炸裂し、破裂音が何百と響き渡る。

放電はしばらくの間続き、やがてそれが止むと、あたりには静寂が戻った。


立ち昇る蒸気の中で、ツバキはきつく閉じていた目をゆっくりと開いた。

そこには壮絶な光景があった。


突き出された彼女の木刀は、雪猿の上半身を蒸発させていた。切っ先は猿の面に穴を開け、それを炭に変えている。


「・・・はあーーーぁ」


ツバキが間の抜けた声と共に息を吐いた直後、雪猿の残りは風に散らばって消えた。彼女はしばらくそのまま呆然としていたが、やがて何よりも大事な事を思い出し、笑う膝を抑えつつ雪原をヨロヨロと歩き始めた。


ツバキは木刀を取り落とし、横たわる優のそばに膝から崩れ落ちた。優はその彼女を目で追っていた。まだ息がある。だかその命の炎は今にも消え去りそうだ。ツバキは彼の頭を持ち上げて膝に抱えた。


「おい優、しっかりしろ」


優は何か言いたげに、血がこびりついた手をツバキの方へと伸ばした。ツバキは目に一杯涙を貯めながら、それを握ろうとした。だが優の手はそれを反れ、あっけにとられているツバキの前で別の方向に伸びていく。


優の手が、ツバキの胸を服の上から鷲づかみにした。

ツバキの泣き顔は、一瞬で無表情に変わった。


優は真剣な表情で胸を一所懸命に揉む。その顔がだんだんと悲しみの表情に変わって行く。

さんざん揉み続けた後、彼は一言だけ言葉を絞り出した。


「ナイ・・・」


悲嘆にくれる優の顔面に、ツバキの拳が叩き込まれた。





「おまえの一撃がとどめだな。儂がおらんかったら、お前は殺人者だぞ」

「かまわねーよ。こいつは一度ぶっ殺さねーと気がすまねぇ」

「まぁ、死んだお陰で呪いも解けた。儂の手間が省けて重畳よ」


頭の上で不穏な単語が混じった会話を耳にしつつ、優は目を覚ました。ただでさえ頭が痛むのに不快極まりない。彼は顔をしかめながら周囲を見回した。


枕元にツバキが腕を組んで座っていた。そっぽを向いていて表情を見ることが出来ない。その隣には、見たことも無い女の子がいた。気品を強く感じる顔立ちをしている。


「しかし、あんな破滅的な能力値を設定しておいて、その成れの果てが殺人鬼ではなく助平なのだから、こいつは大したお人好しの変態ぞ。お前、こんなのに惚・・・」


ツバキが恐るべき勢いで腕を振り上げ、女の子は全力で逃げ去っていった。その姿を目で見送ったあと、優はツバキに尋ねた。


「ここは・・・?」

「オレの実家だ」


ツバキがぶっきらぼうに言った。

優は顔をしかめながら上半身を起こした。掛け布団が体から落ちる。

なるほど。ツバキの実家の客間だ。

優は部屋を眺めながら困惑した。記憶が混濁している。


「・・・なあツバキ、何があった?」


その言葉を聞いたとたん、ツバキの顔色が見てわかるほど急激に赤く変化していった。


「思い出す必要はねぇ。もし思い出したらブッ殺す」


ドスの効いた声でツバキがつぶやいた。優は全身が総毛立つような寒気を感じ、掛け布団を体に引き寄せた。ツバキはその様子にフンと鼻を鳴らすと立ち上がった。


「寝てろ!!」


そう言い捨てて、彼女は部屋を出て行ってしまった。


一体何が・・・優は困惑していたが、ふとひっかかるものがあって、自分の「つよさ」ウィンドウを開いた。


----------------------

つよさ


 ・ちから   61

 ・かしこさ   1

 ・すばやさ  53

 ・たいりょく 25

 ・こううん   1

 ・みりょく   1

----------------------


どうしてこうなった。

優は布団の上で背中を丸めたまま固まった。





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