*12*
ツバキを追って森の中を走っている子供が二人。
一人は男の子。もう一人は女の子。ともにおかっぱ頭で、顔も背格好もそっくりだ。二人とも被り傘と蓑を身に着け、まるで昔話から出てきたような古風さだった。
二人は森の切れ目で立ち止まり、そこでツバキと雪猿が対峙しているのを目にした。男の子が背中のつづらを地面に下ろし、中から床机を二つ取り出す。これもまた昔ながらの折り畳み椅子だ。
二人はいそいそと床机に座る。男の子は前に置いたつづらに又ぞろ手を突っ込み、中から場違いも甚だしいポテトチップスを一袋取り出した。
「・・・粉々になっておる」
袋を開けた男の子が残念そうにつぶやく。女の子はため息をついた。
「そうなるにきまっておるでしょう。やっと手に入れたというのに」
二人はポテトチップスの破片を口にしながら、ツバキと雪猿の戦いを観戦し始めた。
「まさか本家の者がこれほど早く出てくるとはな・・・しかしあれで跡継ぎなのか?人形と互角程度とは、鬼姫と比べるは酷としても、弱すぎるであろう」
「道志の者が使う技を一度も見せておりませんね」
「なぜに?使えぬのか、それとも使わぬのか」
「さあ・・・未熟者の考えは量りかねます」
それから二人は形勢が変化するたびに盛り上がったり盛り下がったり、バンザイしたり肩を落としたりと、ツバキの死闘を楽しんでいた。そしてついに雪猿がツバキを叩き潰す直前、ガッツポーズで見守る二人の視界にそれは乱入してきた。
「なんじゃあれは」
二人は、森の中から突如走り出たその四足の獣に目を奪われた。獣は倒れるツバキに覆いかぶさると、常人なら即死する打撃を数回身代わりに受けてから、ツバキを抱えて走り出した。
「サルではないな。見たところ、普通の人間のようだが・・・」
「普通の人間はあんなに速く走れませぬ。どこかの手の者でしょう」
「まずいな・・・これ以上に邪魔が入ると面倒だ」
二人は床机を片付け始めた。
その二人の視界の外で、激しい雷鳴が鳴り響いた。森が震え、付近の鳥が一斉に飛び去る。
つづらに手をかけたまま二人が視線を向けると、そこにはツバキだけが立っていた。
少年の顔には焦りが浮かんでいた。
「・・・わしらが直接片付けるしかないか」
額から汗を流しつつ、彼はつづらに手を入れて小ぶりな斧を一本取り出した。
「兄上ひとりでどうぞ。私は子供など殺しとうない」
「わしとて嫌じゃ。だが・・・やり遂げねば死ぬのは我らよ」
少年は斧を片手に歩きだそうとした。瞬間、彼の右手から重みが急に消えた。見ると、彼の手は半分に断ち切られて刀身を失った柄だけを握っていた。
少年はそろそろと振り向いた。
そこには、一人の老婆が立っていた。
モンペ姿で、これからどこかの草刈りにでも出かける老婆、といった風情だった。普通の老婆との大きな違いは、腰に鞘を差し、右手に草刈り鎌ではなく大振りな刀を握っている所だった。
「・・・鬼姫じゃないか。コタツで丸くなっておればよいものを」
「うちの跡取りに稽古をつけてくれておるのでしょう?寒くとも出向かねば、失礼にあたります」
老婆の前に並んで立つと、二人は強張った笑みを浮かべた。その足はどちらも遠目にわかるほど震え、失禁まで秒読みという有様だ。それでも、少年は震える声を何とか押し出した。
「・・・跡継ぎがアレでは、千年以上続いてきたお主の一族も今回の代で途絶えそうだな」
「とんでもない。私はあの子が系譜の中にひときわ大きな文字で並ぶと思うてますよ」
「技の使い方もろくに知らんのにか。それが無ければお主らの剣術など並以下であろうに」
「あの子は自分の力で生きて行きたいと思うておるのです」
「なんじゃそれは」
二人は笑い声を上げた。その足も同時に笑っているが、何とか踏みとどまっている。
「まあ、お主の家族の話題はこれくらいでよかろう。単刀直入に言う。「隠者」を返せ」
「わたしら道志の者が保護する取り決めです」
「我らは納得しておらん。もし返さねば、我らを敵に回すと考えてもらおう」
老婆は不思議そうな表情を浮かべた。
「あの程度の力の子に、なぜそこまで拘泥するのですか?」
「強者の物言いよの。持たざる者は貪欲であらねばならぬのだ」
老婆はため息をついた。
「わたしらはあの子の両親と約束したのです。その履行を阻む者は、みな斬り伏せるのみ」
老婆の手の中で刀が鳴った。
三人はお互いを氷のような瞳で睨む。その緊張を破ったのは少年だった。
「警告はしたぞ」
彼はつづらを拾い上げて背負うと、老婆の脇を抜けて森の奥へと歩き始めた。
「後悔せぬように」
捨て台詞を残し、少女も後に続く。
二人の姿が消えるまで待ってから、老婆はなめらかな動作で刀を鞘に納めた。
老婆は振り返った。その視線の向こうでは、数人の男女がツバキと優、つららを保護すべく走り寄っていた。
「・・・好いた男もまた、呪われた運命に囚われているとは。わが孫も苦労しますね」
つぶやく彼女の目に、優がツバキの胸を揉んでいる姿が映る。
「私の男を見る目は、本当に大丈夫なのかしら」
老婆は苦笑しながら孫娘に背を向けると、森の中を歩き始めた。
第三話 おわり




