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冬休みの初日。
良く晴れた空からは陽光が注いでいる。
時折吹く風は冷たかったが、それ以外は珍しく暖かな日だった。相模川の河川敷では、薄い湯気が草間から立ち昇っていた。
優と翳は、先ほどまで優のリハビリを兼ねたキャッチボールをしていた。キャッチボールというよりも、ボール拾いと言った方が近いかもしれない。
今はプラスチックのコップを傾けながら、土手の上に座ってボーっとしている。コップの中身は、翳が魔法瓶に持ってきた自家製のハチミツ入りレモネードだった。まだ熱く、体が温まる。
バターのように溶けてしまいそうだ。優はあくびをした。
その隣で、翳はいつもどおりのダルそうな目のまま表情を緩めていた。
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あまりに心地よい陽気に油断したのか、優は意識しないまま、翳の年はいくつなんだろうとつぶやいてしまっていた。会ったときから気になってはいた事だった。
「女性に年齢を聞くなんて」
翳は憤慨するそぶりを見せた。優は苦笑した。
「それは中学生の言うセリフじゃないって」
「そう思われるのには慣れてますが、私は16です」
優は、ハイハイ。と言ってコップを口に運ぶ。
「いや本当にそうなんですけど」
翳の声は真剣だった。驚いた優はレモネードにむせた。
「いや・・・え・・・まじですか。16?」
翳は、川原に視線を向けたまま勢い良く首を縦に振る。
優は愕然として言葉を切った。
多めに見積もって13歳くらいだと思っていたのに、まさかひとつ上の先輩だったとは。
しばらく絶句した後、彼はささやくように言った。
「・・・翳さん、と呼んだほうがいいでしょうか」
「もういいですよ、今更」
翳はため息をついて目を伏せた。
先輩をちゃん付けというのは、なかなかにハードルが高い。
しかしかなりの回数そう呼びまくった手前、今更変えられる気もしない。
「か・・・翳、ちゃん?」
「はーい」
二人は顔を見合わせて硬い笑顔を作ったあと、素の表情に戻って再び河川敷を眺めた。
子供が二人で野球をしている。
野手も捕手も不在なので、打とうが空振りしようがボールを拾いに行かねばならないというハードモードだ。先ほどの自分達に似ている。
なるほど・・・大人になりたいと思っている女性に年齢を聞くのもまた、トラブルの元になるのか。こりゃもう、とにかく聞くなという事だな。というか、歳上?
走っている子供の姿を目で追いながら、優の思考は迷走していた。
「・・・良く言われるんですよねぇ、中学生って。小学生だと思われることも多いです」
レモネードをすすってから、翳がポツンと言った。
光の加減でオレンジ色に見える大きな目。白くツルツルの肌。ウェーブのかかった細い栗色の髪。
どれも儚げで、なんというか新品おろしたてという印象がある。さらに低身長が加わって、子供っぽく見えてしまうのだろう。
それでいて時折大人びた表情を見せるので、見ているこちらは混乱してしまう。
「かわいくて良いと思うけど」
「良くないですよ。あっちこっちで補導されるんです」
結構頑張った一言は、まったく引っ掛かることなく普通の会話に埋もれて消えた。
「・・・それはきついね」
「一人で夜中のコンビニにも行けません」
「翳ちゃんは成長がヘタクソなのかもね」
翳の本気の右ストレートが、優の左肩をえぐった。
けっこう、いや本当に痛い。優は肩をさすりながら言葉を継いだ。
「そ、そういえば、どこの高校なの?」
「高校かぁ・・・」
右腕を引っ込めながら、翳は遠い目をした。
「行ってませんねぇ・・・」
元同業者じゃねーか。
「一回も、行ったことないですねぇ」
意外ではあったが、彼女なら、まぁ学校など行かなくても良いのかもしれない。
口から出る言葉はいちいち馬鹿っぽいんだが、彼女からは何かにつけて高い知性を感じる。例えば野球の教え方も理路整然としていて、人に物を教えるとはこういう事なんだと感心させられる。こちらのヘタクソな話を誤解なく理解してくれるし、事を始める際の段取りの良さにも驚かされてばかりだ。
賢いくせに全然賢く振るまわない彼女の事が好きだった。
そうなのだ。最近はっきり分かったことだが、優は翳の事が好きだ。
しかし翳のほうはというと、どうも優のことを出来の悪い弟だと思っている節がある。
下手をすれば、犬とか猫だと思っている可能性すらある。
もっと下手をすれば、母性の対象なのかもしれない。
彼女は重度の男性恐怖症を自認しているが、優に限ってそれが問題とならないのは、そもそも彼女に男性として扱われていない事が原因だと思われた。
ここらで男として認めさせたいという気持ちが高まってくる。
「聞きにくいことを聞いたついでだけどさ」
優は喉を鳴らした。
「翳ちゃんの「つよさ」の数値って、今どうなってる?」
優は、自分の心臓が早鐘を打ち始めたのを感じた。
翳のほうはというと、あからさまに怪訝な顔をしている。
「優さん、今日はなんか変ですよ・・・というか、どうしたんですか急に」
「実はさ、ここんとこ、自分の能力が上がっているのを実感してるんだ」
実際、ここ半月で優の能力はかなりの向上を見ていた。
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つよさ
・ちから 8
・かしこさ 6
・すばやさ 7
・たいりょく 7
・こううん 3
・みりょく 1
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力は最初見た時から5も上がり、素早さも4上昇している。能力値の最大値は9、多くても10なのだから、8という数値は世の中でもかなり高いグループに属する。翳もさすがに感服せざるを得ないはずだ。
潤んだ目で見上げてくる翳を想像し、優は鼻の穴をふくらませた。
「だから、翳ちゃんの数値を聞いて、自分の力がどの程度なのか知っておきたいと思ってさ」
翳は胡散臭げに優のニヤけた顔を見た。
「そんな理由でこんな大それた事聞きますか?なんか納得しづらいなぁ」
「あんなの本当とは思えないし、遊びだよ遊び」
「嘘ですね、あのウィンドウが妙な力を持ってる事、もうだいぶ信じちゃってるでしょ」
優は言葉に詰まった後、最後の手段とばかりに手を合わせて翳を拝み倒し始めた。
「頼む!」
「いやです。ここで裸になるようなもんじゃないですか」
手を合わせたまま、その言葉に少し興奮してしまった。
そんなやりとりがかなり長い間続いたあと、ようやく翳が折れ始めた。彼女は優の動機を怪しむような目をじっと向けていたが、ため息をついてうなずいた。
「わかりましたよ・・・じゃあ私が教えたら、優さんも教えてくださいよ。あと絶対にバカにしないこと」
優は喜び勇んでうなずいた。
翳はまだ納得がいかない顔で躊躇していたが、しばらくして観念したのか、口を開いた。
「いやだなあ、これスリーサイズなんて目じゃない恥ずかしさですよ・・・うう・・・力が、9。賢さが、239」
「え?」
冷水をいきなり浴びせられたような衝撃を受け、思わず声が出てしまった。
優の声に翳は言葉を切り、身構えながら視線を彼に向けた。
「な、なんですか」
優は強いめまいを感じながら、彼女に質問した。
「・・・賢さが、230?」
「唯一の取り柄をへんな風に丸めないでください。まぁ大体そんなもんです。ここからまた数値が物凄く低いんで、恥ずかしいからさっさと終わりにさせてください。いきますよ、素早さが・・・」
笑みを顔に貼り付けたまま、優の思考が停止する。
翳が顔を赤くしてまだ何か言っているが、残りは優の耳に届かなかった。




