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>コマンド?  作者: オムライス
第三話
13/120

*1*




冬休みの初日。

良く晴れた空からは陽光が注いでいる。

時折吹く風は冷たかったが、それ以外は珍しく暖かな日だった。相模川の河川敷では、薄い湯気が草間から立ち昇っていた。


優とかげりは、先ほどまで優のリハビリを兼ねたキャッチボールをしていた。キャッチボールというよりも、ボール拾いと言った方が近いかもしれない。

今はプラスチックのコップを傾けながら、土手の上に座ってボーっとしている。コップの中身は、翳が魔法瓶に持ってきた自家製のハチミツ入りレモネードだった。まだ熱く、体が温まる。


バターのように溶けてしまいそうだ。優はあくびをした。

その隣で、翳はいつもどおりのダルそうな目のまま表情を緩めていた。





あまりに心地よい陽気に油断したのか、優は意識しないまま、翳の年はいくつなんだろうとつぶやいてしまっていた。会ったときから気になってはいた事だった。


「女性に年齢を聞くなんて」


翳は憤慨するそぶりを見せた。優は苦笑した。


「それは中学生の言うセリフじゃないって」

「そう思われるのには慣れてますが、私は16です」


優は、ハイハイ。と言ってコップを口に運ぶ。


「いや本当にそうなんですけど」


翳の声は真剣だった。驚いた優はレモネードにむせた。


「いや・・・え・・・まじですか。16?」


翳は、川原に視線を向けたまま勢い良く首を縦に振る。

優は愕然として言葉を切った。

多めに見積もって13歳くらいだと思っていたのに、まさかひとつ上の先輩だったとは。

しばらく絶句した後、彼はささやくように言った。


「・・・翳さん、と呼んだほうがいいでしょうか」

「もういいですよ、今更」


翳はため息をついて目を伏せた。

先輩をちゃん付けというのは、なかなかにハードルが高い。

しかしかなりの回数そう呼びまくった手前、今更変えられる気もしない。


「か・・・翳、ちゃん?」

「はーい」


二人は顔を見合わせて硬い笑顔を作ったあと、素の表情に戻って再び河川敷を眺めた。


子供が二人で野球をしている。

野手も捕手も不在なので、打とうが空振りしようがボールを拾いに行かねばならないというハードモードだ。先ほどの自分達に似ている。


なるほど・・・大人になりたいと思っている女性に年齢を聞くのもまた、トラブルの元になるのか。こりゃもう、とにかく聞くなという事だな。というか、歳上?

走っている子供の姿を目で追いながら、優の思考は迷走していた。


「・・・良く言われるんですよねぇ、中学生って。小学生だと思われることも多いです」


レモネードをすすってから、翳がポツンと言った。

光の加減でオレンジ色に見える大きな目。白くツルツルの肌。ウェーブのかかった細い栗色の髪。

どれも儚げで、なんというか新品おろしたてという印象がある。さらに低身長が加わって、子供っぽく見えてしまうのだろう。

それでいて時折大人びた表情を見せるので、見ているこちらは混乱してしまう。


「かわいくて良いと思うけど」

「良くないですよ。あっちこっちで補導されるんです」


結構頑張った一言は、まったく引っ掛かることなく普通の会話に埋もれて消えた。


「・・・それはきついね」

「一人で夜中のコンビニにも行けません」

「翳ちゃんは成長がヘタクソなのかもね」


翳の本気の右ストレートが、優の左肩をえぐった。

けっこう、いや本当に痛い。優は肩をさすりながら言葉を継いだ。


「そ、そういえば、どこの高校なの?」

「高校かぁ・・・」


右腕を引っ込めながら、翳は遠い目をした。


「行ってませんねぇ・・・」


元同業者じゃねーか。


「一回も、行ったことないですねぇ」


意外ではあったが、彼女なら、まぁ学校など行かなくても良いのかもしれない。

口から出る言葉はいちいち馬鹿っぽいんだが、彼女からは何かにつけて高い知性を感じる。例えば野球の教え方も理路整然としていて、人に物を教えるとはこういう事なんだと感心させられる。こちらのヘタクソな話を誤解なく理解してくれるし、事を始める際の段取りの良さにも驚かされてばかりだ。


賢いくせに全然賢く振るまわない彼女の事が好きだった。

そうなのだ。最近はっきり分かったことだが、優は翳の事が好きだ。


しかし翳のほうはというと、どうも優のことを出来の悪い弟だと思っている節がある。


下手をすれば、犬とか猫だと思っている可能性すらある。


もっと下手をすれば、母性の対象なのかもしれない。


彼女は重度の男性恐怖症を自認しているが、優に限ってそれが問題とならないのは、そもそも彼女に男性として扱われていない事が原因だと思われた。

ここらで男として認めさせたいという気持ちが高まってくる。


「聞きにくいことを聞いたついでだけどさ」


優は喉を鳴らした。


「翳ちゃんの「つよさ」の数値って、今どうなってる?」


優は、自分の心臓が早鐘を打ち始めたのを感じた。

翳のほうはというと、あからさまに怪訝な顔をしている。


「優さん、今日はなんか変ですよ・・・というか、どうしたんですか急に」

「実はさ、ここんとこ、自分の能力が上がっているのを実感してるんだ」


実際、ここ半月で優の能力はかなりの向上を見ていた。


----------------------

つよさ


 ・ちから   8

 ・かしこさ  6

 ・すばやさ  7

 ・たいりょく 7

 ・こううん  3

 ・みりょく  1

----------------------


力は最初見た時から5も上がり、素早さも4上昇している。能力値の最大値は9、多くても10なのだから、8という数値は世の中でもかなり高いグループに属する。翳もさすがに感服せざるを得ないはずだ。

潤んだ目で見上げてくる翳を想像し、優は鼻の穴をふくらませた。


「だから、翳ちゃんの数値を聞いて、自分の力がどの程度なのか知っておきたいと思ってさ」


翳は胡散臭げに優のニヤけた顔を見た。


「そんな理由でこんな大それた事聞きますか?なんか納得しづらいなぁ」

「あんなの本当とは思えないし、遊びだよ遊び」

「嘘ですね、あのウィンドウが妙な力を持ってる事、もうだいぶ信じちゃってるでしょ」


優は言葉に詰まった後、最後の手段とばかりに手を合わせて翳を拝み倒し始めた。


「頼む!」

「いやです。ここで裸になるようなもんじゃないですか」


手を合わせたまま、その言葉に少し興奮してしまった。



そんなやりとりがかなり長い間続いたあと、ようやく翳が折れ始めた。彼女は優の動機を怪しむような目をじっと向けていたが、ため息をついてうなずいた。


「わかりましたよ・・・じゃあ私が教えたら、優さんも教えてくださいよ。あと絶対にバカにしないこと」


優は喜び勇んでうなずいた。

翳はまだ納得がいかない顔で躊躇していたが、しばらくして観念したのか、口を開いた。


「いやだなあ、これスリーサイズなんて目じゃない恥ずかしさですよ・・・うう・・・力が、9。賢さが、239」

「え?」


冷水をいきなり浴びせられたような衝撃を受け、思わず声が出てしまった。

優の声に翳は言葉を切り、身構えながら視線を彼に向けた。


「な、なんですか」


優は強いめまいを感じながら、彼女に質問した。


「・・・賢さが、230?」

「唯一の取り柄をへんな風に丸めないでください。まぁ大体そんなもんです。ここからまた数値が物凄く低いんで、恥ずかしいからさっさと終わりにさせてください。いきますよ、素早さが・・・」


笑みを顔に貼り付けたまま、優の思考が停止する。




翳が顔を赤くしてまだ何か言っているが、残りは優の耳に届かなかった。

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