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アゴと男達は、気絶したままガッチガチの簀巻きにされた。それらを資材置き場に放り込んで扉を閉じると、優はツバキに肩を借りながら一息ついた。
その直後に、彼は昏倒した。
優は自分がけっこう重傷かもしれないと思っていたが、けっこうどころか本当に重傷だった。
今はタコ部屋の布団に横たわり、酷くうなされている。
寒い。体の震えがどうしようもなく止まらない。
視界がぐるぐる回る。
寝ている部屋が無限に広くなったり狭くなったりする。
不明瞭な景色の中で、廻や翳、ツバキと意味不明な言葉を交わしている。
定期的に木島が出てきて、シャープペンシルの先で腹を刺そうとする。
優は悪夢の世界を漂っていた。
ツバキはそんな彼を枕元で見守っていたが、やがて決心すると立ち上がった。
「優を車まで運ぶから、だれか手伝って」
*
アゴの部屋の引き出しにあったハイエースの鍵が、今は手の中にある。
ツバキはハンドルの前で深呼吸した。
後部座席は全て倒されてフラットスペースになっている。そこに布団が押し込まれ、優はその中で動かないよう固定されていた。
アゴの仲間を使い物にならなくしたのは失策だった。お陰でツバキは、無免許の身で新雪が積もったばかりの山道に挑まなければならない。
優は切迫した状態だ。たとえ危険があろうと、やるしかない。大丈夫。運転の仕方はセンパイの隣で何度も見ている。
ここはやはり圏外だったが、車のナビは使える。案内どおりに走ればいいだけだ。
民家を見付ける事ができれば、駆け込んで救急車を呼んでもらう。それが叶わない場合は何とか携帯の圏内まで走り、そこで救急車を呼んで優をそちらに移動させる。そんなに難しい計画ではない。最悪車が停まる事態になっても、携帯を片手に歩けばいい。ツバキは自分にそう言い聞かせ、もう一度大きく息をついてからエンジンをかけた。
走り出した山道は平板な黒に塗り込められ、立体感も何もなかった。ライトが照らす範囲だけ闇が切り取られて、黒いトンネルの中を走っているようだった。それに加えて前方から雪が吹き付けるため、視界はこれ以上なく悪い。
それでも、生来の運動神経と勘所のよさのためか、ツバキは思った以上に順調に車を走らせていた。
「優~、だいじょうぶか~」
ツバキは定期的に、優に声をかけていた。こういう時は声を掛け続けたほうがよいと聞いたことがある。彼女はそれを律儀に守っていた。
「おまえ、よわっちい癖にがんばるよな。・・・おまえ、ほんと変わってるよ」
スタッドレスタイヤを以てしても、凍った道に積もる新雪を相手にするには心許ない。ツバキは頻繁に最徐行を強いられた。
汗を額に浮かべ、慎重にも慎重を重ねて坂道を上り、そして下る。
「・・・決めた。お前、オレの婿にしてやるよ。リセットだかなんだか知らねーが、オレとお前ならそんなもん簡単にぶっとばせる。アタシが十六になったら・・・」
急坂で車体が斜めに滑り始め、ツバキは息を飲んだ。全神経を集中してブレーキをかけつつ、車輪を路肩の雪に当てて車を減速する。坂をなんとか下り終えると、彼女は車を停めて、ハンドルを強く握り絞めたまま息をついた。
しばらくして落ち着きを取り戻すと、彼女は背を椅子に預けて笑みを浮かべた。
「・・・十六になったら、結婚しようぜ。それまで、ガンガン鍛えてやっからな」
彼女は体を起こすと再び表情をひきしめ、車を走らせ始めた。
*
しばらく走ったあと、ツバキは異変に気づいて車を停めた。そして耳を澄ます。
あれほど聞こえていた優の声や荒い呼吸が、今は全く聞こえない。
ツバキはサイドブレーキをかけ、青ざめながら後部座席に移動した。
優の顔に耳を近づける。呼吸が浅くなっていた。触れた頬は氷のようだ。
彼女は足をもつれさせながら運転席に戻り、スマホの表示を祈るような目で凝視した。
無慈悲にも、それはまだ圏外を表示していた。
狼狽しながら窓の外を凝視するが、山々は暗く、雪に阻まれて民家の明かりも見えない。
このまま走って仮に圏内に入れたとして、救急車が来るまで優が持つんだろうか。
ハンドルに突っ伏し、目を強く閉じて必死に思考をめぐらせる。
やがてツバキは結論を出した。
彼女はサイドブレーキを下ろし、それまでの慎重な運転を捨て、可能な限り大胆に速度を出し始めた。
アクセルもブレーキも、踏む時は刃の上を渡るような心地だった。
抜けた先の地形が分からないため、全てのカーブが賭けだった。
車体がすべり始める前兆を察するために、驚異的な集中力が必要だった。
それらは、永遠に続く拷問に思えた。
しかし彼女は、あらゆる困難を物ともせずに踏み越えていった。
*
痛い。
それが、目を覚まして最初に考えたことだった。
瞼を持ち上げることも苦痛だ。
そこは病室だった。いろんな管が自分につながっているのを、優は不思議な顔で眺めた。
とにかく痛い。あちこち痛い。
彼は、この苦痛から逃れる方法を切望して周囲を見回した。
その瞳に、妙な光景が映った。
ベッド脇のパイプ椅子の上で、ツバキが四肢を放り出してイビキをかいている。
その寝顔を見た瞬間、優は雪山での出来事を全て思い出した。
ツバキが目を覚ましたのは、それから1時間ほど過ぎてからだった。
「・・・お~、起きたのか」
彼女は寝ぼけ眼でこちらを見ながら、間抜けな声を出した。
起きたのか、はこちらのセリフだ。
「心配したぜ、まったく手間かけさせやがって」
そう言ってからしばらくムニャムニャと口を動かした後、彼女は立ち上がった。
そしてベッド脇のテレビ台に置かれた優のスマホを手に取ると、それを差し出してきた。
「・・・ツバキ?」
「ロック解除してくれよ」
まだ眠そうなツバキが、若干顔を赤くして言った。
「連絡先、交換してほしい」
優はロックを解除し、ツバキに自分のスマホを渡した。彼女はお互いが連絡できるように設定してから、それを優に返す。
「・・・んじゃ、オレは帰るわ。家の連中をしばき回してくる」
「ツバキ」
「あん?」
「ありがとう。またね」
ツバキはその言葉に不意を突かれた様子だったが、やがて嬉しそうに笑みを浮かべた。
「ん、またな」
彼女は手をひらひらさせながら、病室を出て行った。
*
後日談なんだけども。
その後は色々と大変だった。
まず警察に根掘り葉掘り聞かれた。
現在進行形で病んでいる優には、かなり辛い時間だった。
次に廻に死ぬほど怒られた。
彼女が旅行から帰ってきてから、結局2日も音信不通になってしまったからだ。頑張って弁解したお陰で許してもらえたが、事情を知ると、今度は原因となった母親に激怒しはじめる結果となった。面倒なことになりそうだ。
その次は、見舞いに来てくれた翳に平謝りしなければならなかった。そんな事を気にしている場合ではないと、彼女は半ば怒りながら許してくれた。そして、傷が癒えたらゴロの処理の仕方を教えると言ってくれた。
退院の日、優はスマホのアドレス帳に加わったツバキの名前を眺めた。
変わった奴だった。
そういえば、混濁した意識の中でずっとツバキの声が聞こえていた気がする。それを思い出すと、苦しい記憶のはずなのに、なぜか少し幸せな気持ちになった。
また会ったら、多少はワガママを聞いてやろう。
病室に廻が入ってきた。優は荷物を持って、ベッドから立ち上がった。
第二話 おわり




