*5*
ツバキは、力の抜けた姿勢で立っていた。
左手にはエクスカリバーをブラブラさせている。
アゴは広げていた腕を下ろして立ち止まると、首を伸ばしてツバキ越しに優へと視線を送った。
「女の子に守ってもらわないとダメなの?情けないわね」
「寄ってたかって子供を虐待する奴が、なんかホザいてんなぁ」
ツバキのせせら笑いが癇に障ったらしい。アゴの声音が変わった。
「虐待?教育よ。でもあんた達二人がこれから味わうのは、虐待と言ってもいいのかもね。あたしのほかにも五人の男がいるけど、あんたみたいなのをいたぶるのが大好きな奴が一人いるわ。じっくり可愛がってもらいなさい」
「無理だな。多分そいつはぶっ倒れてるから」
ツバキが指差す。
アゴがそこに視線を向けると、男三人が散らばるように横たわっていた。
「バーカ。黙ってつっ立ってると思ったんかよ。頭にフルスイングした時は少しばかり心が痛んだけど、お前の話を聞いて逆に溜飲が下がったぜ。二度と悪さができねえように、後で再起不能にしてやる」
「・・・あんたは元々気に食わない娘だったけど、こうやって話しているとバラバラに引きちぎりたくなるわね」
「お互い様だな」
ツバキはエクスカリバーを両手に持ち直し、上段に構えた。
彼女が構えるその武器に視線を送りながら、アゴは憤怒を抑えるような声を絞り出した。
「私のエクスカリバーをそんな風にして・・・忘れられない目に遭わせてあげるわ・・・」
あれ、エクスカリバーって名前だったのか・・・。
アゴは両腕を広げ、威嚇する熊のような姿勢で身構えた。その武器は彼の肉体のみだ。
対するツバキは長物。圧倒的有利に見えた。
だが、優は見てしまっていた。
構えに入る前の彼女の足は、わずかに震えていた。
風の音が響く。
漆黒の中、あたりを淡く照らすのはプレハブの塾舎からもれる光だけだ。
長い髪をなびかせながら、微動だにしないツバキ。
湯気を上げながら、岩のようにそびえ立つアゴ。
そんな平衡状態は、ツバキが雪を蹴る音で破られた。
静止状態から一瞬で最大速度に加速しているように見えた。
その速さを乗せた剣が、上段から閃光のように振り下ろされる。
だが剣はガードを固めたアゴの頭を反れ、かわりに右の前蹴りがアゴの左足に向けて放たれていた。先ほど優が小指を捻じ曲げた足だ。
アゴは動じなかった。蹴りを喰らいながら、飛び込んで来たツバキを捕らえるべく覆いかぶさる。ツバキは蹴りの反動にまかせ、紙一重でその囲いから抜け出した。距離を取り、再び上段の構えにすばやく戻る。
ツバキの方に向き直りながら、アゴは口を開いた。
「・・・足をつぶしに来てるの?気の長いことね。でも無駄」
アゴは蹴られた足を指で掻いた。
「あんたの打撃は軽いのよ。足が潰される前に、あたしは必ずあんたを捕まえる」
優は理解した。アゴはとにかくツバキを捕まえることだけを考えているのだ。
対するツバキはアゴに捕まらずに打撃を加えることに腐心している。武器や体の一部でも、つかまれたら終わりだからだ。
「いいぜ、じゃあそこで置き藁になってろよ」
ツバキがそう言い捨てると、再び間合いの削りあいが始まった。じりじりと近づくアゴ。すり足で距離を保ち続けるツバキ。
不意に風が強まり、吹雪が三人の視界をさえぎった。
それが合図であるかのように、ツバキが再び先手を取って動き出した。まるで吹雪と同化したかのようにアゴとの間合いを一瞬で削る。
アゴは泰然として動かない。そこに、ツバキは渾身の一撃を振り下ろした。
物凄い音がした。
頭を狙ったであろうツバキの一撃は、骨を砕く勢いでアゴの肩に叩きつけられていた。
だが、それでは彼の意識を断ち切ることはできなかった。
「つかまえた・・・」
アゴの万力のような手が、ツバキの体をがっしりとつかんでいた。
こうなってしまったら、ツバキはアゴの手の中の人形と変わらない。アゴは暴力的な筋力で彼女を腕の中に抱きすくめると、その体を締め付け始めた。
アゴの肩越しに、ツバキの表情が見える。
そこには怯えが浮かんでいた。
彼女が初めて見せたその表情が、優の体を動かした。
優は苦痛に顔を歪め、大きく震えながら起き上がった。
痛みのあまり、体の各部がバラバラと外れて地面に落ちる錯覚を覚える。
どうやら骨がいくつか折れてしまっているようだ。
優は歯を食いしばりながら、アゴの背後へとフラフラと歩き始めた。
直後だった。
雪球がひとつ、アゴの頭頂に当たって弾けた。
それを合図にしたかのように、大量の雪球がアゴを中心に優たちに降り注いだ。
20人ほどの少年少女たちが次々と雪球をこちらに投げている。
アゴが視線をそちらに向けた直後、優は残った力を振り絞り、その体をアゴの背中にぶつけた。
苦痛のあまり、そのまま地面に転がる。
その瞬間、ごく僅かにアゴの力が緩んだ。ツバキはそれを逃さなかった。
彼女は全身を激しく振るってアゴの腕の中からすり抜けると、着地と同時にアゴの左足を渾身の力で踏みつけた。
痛みのあまり、声を上げることも出来ずアゴはひざまずいた。
「乙女の純潔を汚しやがって・・・」
殺気に満ちたツバキの声に、優は横たわったまま視線を向けた。
いつの間にか、ツバキはアゴの背後で突きの構えをねじ切れんばかりに引き絞っていた。
構えのままツバキは鋭い蹴りをアゴの背中に放ち、アゴは痛めた足で体を支えきれず、その両手を地面につけた。
優の瞳に、紫の放電が一瞬走って消えた。
優は理解した。
アゴは同情の余地がない鬼畜だ。それは間違いない。だが、これから起きる事はあまりに酷い。
「テメーもここは鍛えらんねーだろ!!」
ツバキは蹴りを繰り出した勢いをそのままに、捻れとバネの全てを渾身の突きに乗せた。
「・・・紫電穿!!!」
ツバキの突きが稲妻のように迸る。
野太い絶叫が、山にこだました。
優の隣でアゴは感電したように体をガクガクと震わせ、大きく痙攣したあと、地面に平伏したまま動かなくなった。
ツバキが引き抜いたエクスカリバーの先端は、湯気か煙か分からぬモヤを立てながら折れ曲がっていた。彼女は何かを呟いてから、それを雪の上に投げ捨てた。
優は、横たわったままツバキの姿を見上げた。
凛々しい立ち姿が、涙で滲んで見える。
その視線に気づいたツバキが、彼に疲れの混じった笑顔を向けた。
「・・・またつまらんものを斬っちまったわ」
彼女の言葉に、優は消え入りそうな笑い声を上げた。




