●●の世界-3
悟朗とは高校生になった時に一番最初に友達になった。その時から、悟朗はバスケの才能をバンバン発揮させていて、大会とかでも大活躍。勉強面もそこそこできたから、高校でも順位はほぼトップ。
だから、女子にも結構モテたけど悟朗は告白されてもおーけーを出したことは一度もなかった。女子が悟朗になんでだめなの? と聞くと、悟朗はいつも決まってこう答えたらしい。
――一目ぼれしたやつがいるんだよ。
まさかその一目ぼれした相手が咲だとはその時は微塵も思ってなかったね。
でもどのタイミングで悟朗が僕に、咲のことが好きだってことを打ち上げても僕は最初は悟朗に譲ろうとしちゃうけど、結局はさっきみたいに自分の本当の気持ちが暴走して、それで、勝ち目がないと悟った悟朗はきっとあきらめただろう。
罪悪感。
「……」
「……」
今もこうやってすたすたと由愛かもしれない女の子を悟朗と探し回っているけど、お互い黙り込んだままだ。
気まずすぎるよ。
悟朗は僕よりも前を無言で歩いている。だから、僕は悟朗が今どんな表情をしているのかを確認することができなかった。
……そういえば、咲は好きな人いるのかな。
僕の頭の中を僕自身が駆け巡る。ぐるぐる、ぐるぐると駆け巡る。
そして、一つの出来事を思い出した。
ああそうだ。なんで忘れてたんだろう。僕はそこまで忘れん坊というわけでもないのに。最近、いろいろ物忘れが激しい気がする。
咲は。
悟朗のことが。
好きなんだ。
以前、夕食の時間に僕が咲に、好きな人はいるのかって質問したら、ないしょーって言ってたのに、もしかして悟朗? って聞いたら悟朗のことは好きだよーって返しが来たっけ。そのあとに何かを言いかけてたみたいだけど、咲が悟朗のことが好きだという事実は揺るがないだろうね。
さっき、悟朗に咲のことが好きだって告白しちゃったのにどうしよう。悟朗は、勝ち目がないから身を引いてくれたんだ。でも本当に勝ち目がないのは、僕じゃないか。
「……」
ギリッと歯ぎしりする。
胸がまた痛みだした。
ジンジンジンジン。
「誰かいるのか?」
悟朗の声に僕はハッとなった。
深い思考に陥っていたけど、すぐに現実かどうかよくわからないこの世界に戻ってくる。
悟朗が声をかけた場所は、どうやらとある教室の中だったみたいだ。
「誰かいるの? 悟朗」
悟朗は僕をちらりと見て、頷く。
「物音が聞こえた」
その一瞬で悟朗の顔が見えたけど、真面目な時の悟朗の顔だった。
「中に入ってみよう」
悟朗は教室のドアをゆっくりと開け、中に入っていった。僕もそれに続く。
それにしても、僕はまったく気づかなかったのに、悟朗はよく気づけたね。……僕が深い思考に陥ってたせいか。
今ここでこんなことを考えている場合じゃないね。悟朗は、さっきの表情からしてまったくそんなことを考えているようには見えなかったし、僕もぐるぐる考えを巡らせるのはやめよう。今はそんなことをいくら考えても無駄だ。少女と合流すること、元の世界に戻るための脱出キーを見つけ出すことが先決なはずだよね。
そもそもさっき、こんな状況だっていうのに、悟朗にあんなことを言ったのもおかしい。後で悟朗に謝っておこう。
「誰もいないのか?」
悟朗は周囲をきょろきょろと見渡す。
「向こう側見てくるね」
「ああ、気を付けろよ」
僕は教室の端っこまで慎重に歩みを進めた。
窓側から、教室全体を見渡してみる。
す……すー……。
「ん?」
何かが聞こえた気がするので、耳を澄ませてみるとすーすーと寝息のようなものが聞こえるような気がしないでもない。
「すーすー」
いや、寝息が聞こえた。今間違いなく聞こえた。
僕は寝息が聞こえる教卓へゆっくりと向かう。悟朗も寝息に気が付いたのか、同じ場所に向かいだした。
教壇から回り込み、教卓の中をそっと覗く。
「すーすー」
そこで、制服姿の少女が眠っていた。
その制服は輝き学園の、僕の高校の制服だ。制服が乱れていてかなり無防備な格好だ。シャツとスカートの間からおへそがちらりと顔を出している。
セミロングのやわらかそうな髪。どこか、神聖な雰囲気を漂わせているその少女の寝顔は可憐な妖精のようで。
「由愛……」
僕は、無意識のうちにその少女に向かって、その少女の名前だと確定しているわけでもないのに声に発していた。
悟朗は僕のことを見る。
「この女の子の名前、由愛って言うのか?」
「んと……なんか直感的にそんな名前かなーって思って」
「由愛って名前、以前しゃべれる死神に会ったときに、その死神がそんな名前を言ってたな……。この女の子がそんな名前だったとは……な」
「あ、いやただの僕の直観だから、あんまり当てにならないと思うよ」
そんな風に僕と悟朗が話をしていると、教卓の下から寝息とは違った声が聞こえてきた。
「んー……?」
その少女はごしごしと目を掻き、起き上がったかと思うと、教卓の上にガンッと頭をぶつけた。
「あいたッ……もうなんなのよ……」
涙目になって、頭を押さえている。
「よお」
悟朗は、少女に声をかけた。少女はその声に反応して、涙目にながらも悟朗と僕の方へ向いた。
「あー、あなたはさっきの。もう一人は……シンジ!?」
「え?」
悟朗を介した夢でも見たけど、なんでこの少女は僕の名前を知っているんだろう。
謎が増幅される。増幅されていく。
「シンジぃ……っ」
その少女は僕に、
抱き付いてきた。
「え? え? は? え?」
僕はこの流れについていけない。悟朗も口をあけっぱなしで僕とその少女のことを見守っていた。
かすかに甘い香りがする。
いつまでもその香りを堪能していたい。
でも、そういうわけにはいかない。
「ちょ、ちょっと、まって!」
僕は少女を無理やり引きはがした。少女の両肩をつかみながら、とりあえず僕の呼吸を整える。
少女の目からは涙が零れ落ちていた。
「会いたかった……会いたかったよ……」
そして僕の少女の肩をつかむ力が思わず弱まってしまった隙をついて、少女は再び僕に抱き付いてきた。
僕はどうしようもなくなってしまい、思わず聞いてしまう。
「……君、誰?」
それは聞いてはいけないことだったんだと思う。
知らなくても、いや、思い出せなくても、今はそんなことを聞いてはいけなかったんだ。
少女は、いきなり僕から離れたかと思うと、驚愕の表情を浮かべ、何歩か後ずさりした。
「嘘でしょ……?」
「ごめん……嘘じゃない。僕は君のことを思いだせないんだ」
「なんで……そんな……わ、私だよ? 由愛だよ?」
やっぱりその少女の名前は由愛だったみたいだ。
それに関しては、悟朗視点の夢のおかげで知ることが、いや、思い出すことができた。
でも、思い出せたのはそれだけだった。
悟朗は、そんな僕と由愛のやり取りをどう介入すればいいかわからないのかただただ見守っているだけの存在でしかなかった。
物語の歯車は動き出した。
由愛:やっと私が正式に後書きに登場できるようになったね……。
悟朗:長かったな……。
由愛:神治が、最初っから夢の世界で私の名前を思い出して、私を呼んでくれれば、それだけで、ここに登場できたのにね……。
悟朗:あいつ記憶力悪いからな……。親友として申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
神治:聞ーこーえーてーまーすーよー?




