〇〇の世界-12
特にいつもと何の変化もなく、放課後がやってきた。部活の時間だ。
僕は、咲と別れてから、早速パソコン室のドアの前までやってきた。
そして、何のためらいもなくドアを開く。
「神治くぅ~ん!」
「ッッッ!」
突然何かにガバッと抱きつかれた。二つの大きなふくらみが押し付けられ、ほのかにシャンプーの甘い香りがする。
僕は、硬直した。動けない。あまりに唐突なことだったし、まあ誰でも動けなくなるだろうね。
「あぁあ~~かわいぃ~~!」
今の声を聞いて、だんだん落ち着いてくる。
状況をほとんど理解した僕は、小さくため息をついた。
「……こころ先輩。抱きつくのはやめましょう。ここは学校です」
「知ってるわ~。知っててやってるんだも~ん」
こころ先輩。氏名は月下こころ。高校3年生で、パソコン部の部長さんであり、生徒会長の彼女さんだったりもするお方だ。身長は、僕より少しだけ小さいってくらいで、僕とほとんど変わらない。
僕に頬ずりをして、背中の真ん中辺りまで伸びているの赤いポニーテールがゆっさゆさと揺れる。
「……離れてください」
こころ先輩は、僕の言葉を無視する。むしろ手に込める力を強めてきた。
「っふ~」
「……ッ!!」
こころ先輩が僕の耳に息をゆっくりと吹き掛けてきた。ゾワワワワワワッと全身に鳥肌が立つ。
「やめてくださいッ!」
僕は耐えきれなくなって、こころ先輩を押した。こころ先輩は、あっさりと離れて、残念そうな表情で僕を見てくる。
あ、押した場所は、肩らへんだから誤解しないように。例のあの場所は触ってない。触ってないって。
それと、別に押し倒したりしたってことでもないからね。
「むぅ~、残念~。あ、生徒会長には内緒ねっ!」
「……はい」
内緒にするくらいなら、こんなことするな、って言いたい。こころ先輩は何がしたいのだろう。
僕は、いつもの定位置にある席に座って、PCを起動した。
僕の周囲にいる人たちは無関心で、PCと格闘している。こころ先輩が僕を襲ってくるのは日常茶飯事なので、誰も興味を持たないってだけ。
そんなこころ先輩はって言うと、僕を襲うことをあきらめて、鼻歌を歌いながら、自分の席でPCをいじっている。
時々、はぁはぁとかそんな感じの色っぽい声が聞こえるけど、聞こえないふり。
こころ先輩が、僕がパソコン室に入るたびに襲いかかってくるのは、僕が『可愛い』からってことだかららしい。……違うよね。僕はいたって普通の容姿だよね。ね。ね! って、そんなことを聞いてもどうせ「そうだよ」って返答しか来ないだろうし、どうでもいいか。
PCが無事起動し、僕はいつも通り2ちゃんねるを徘徊した。
しばらく、2チャンネルを徘徊していると、誰かが立ち上がる時の椅子のずれる音が聞こえた。ちらっと、音が聞こえたほうを見てみる。
「……うぅぅ~~ん!」
こころ先輩が立ち上がって、背伸びを気持ちよさそうにしているところだった。
PCをシャットダウンした時のあの音楽も聞こえてきた。そんなところからして、たぶん今日はもうおしまいなのだろう。
僕は、腕時計で時間を確認した。
4時30分。
部活終了時間が6時なので、終えるのにはかなり早い。
僕は、こころ先輩に声をかけてみることにした。
「こころ先輩」
こころ先輩は、声に反応して、僕のほうを見る。
「んん~? なぁにぃ~?」
「もう終わりですか」
「そうよ~。これから、生徒会長とデートだしね~~」
デート、か。でもデートするのには、時間的に厳しい気がするけどどうなんだろう。
「今からですか?」
「ええ~。これから、泊まりに~~。とっても楽しみぃ~~」
「……」
泊まりに。泊まりに。泊まりに。
間違いなく、デート以上のことをしようとしているッ!
ふふ、ふふふ深くは探索しないでおこう。聞いても、こころ先輩は、ダメージ皆無なのかもしれないけれど、僕は精神的に深刻なダメージを受けてしまう。
「それじゃぁね~~。神治君、次はほっぺにちゅーしちゃうからぁ~」
「……断固拒否しますお疲れ様です」
ほかの部員たちもぽつぽつと「お疲れ」との声が聞こえてくる中、こころ先輩が鼻歌を歌いながら、パソコン室を退室した。
こころ:神治君かぁいい~
なでなで
僕:……こんなところでやめてください
こころ:へぇ~じゃあここじゃなきゃどこでもいいの~?
僕:いえ、そういうわけではないですけど、でもここはやめてください
こころ:ほぉ~なんでかな~?
僕:ここが男子トイレだからですッ
周りの男子A:神山、俺は気にしてないよ
周りの男子B:俺もさ!
周りの男子C:俺もだ!
僕:え、何をいって――
こころ:もふもふ
僕:ギャーッ!!




