4-15 遠距離の彼女は、別れ際のハグだけじゃ満足できない
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水曜日の朝が来た。
今日は、どんよりとした曇りだ。
新潟を離れないといけない。
颯太さんのお母様が運転する車に乗って駅に向かう。颯太さんも一緒に乗ってくれている。
ふと、フロントガラスの向こうに白くてふわふわした綿毛のようなものが漂っているのが見えた。
季節外れの綿毛でもないし、見たことがなかった。
「……あ、雪虫だ」
颯太さんの穏やかな声がした。
「ユキムシ?」
「そう。お尻に白い綿毛がついたアブラムシの仲間。これが飛び始めると、もうすぐ初雪が降るっていう合図なんだ」
新潟の冬の訪れを告げる小さなメッセンジャー。
最先端の気象予報よりも、この虫たちのほうが勘が鋭いのだとか。
「颯太、タイヤ交換の予約はしたの? 早めにしないと、ガソリンスタンドも車屋さんも予約取れなくなるわよ」
運転席からお母様の鋭い指摘が飛ぶ。
「あ……忘れてた。今やるよ」
颯太さんが慌ててスマホを取り出し、アプリを操作し始める。
雪国の自動車生活は大変そうだ。
駅の改札口についた。
今日は、ここでお別れだ。
颯太さんに強くハグをしてもらう。
今回は長く一緒にいたから、お別れがいつもにも増して淋しい。
体を離して颯太さんと見つめあう。
「颯太さん、行ってきます……。出張が一段落したら戻ってきますから、元気になっておいてくださいね」
「うん! 元気になるよ。再来週の週末だよね。楽しみにしてる」
「はい。楽しみにしてます!」
……やっぱり淋しい。
「あの、颯太さん。もう一回、ぎゅってハグしてもらってもいいですか?」
「もちろん」
ぎゅっと抱きしめてくれた。
……まだ足りない。
「キスもお願いします」
「ここで!?」
そう言いながら、颯太さんは恥ずかしそうにキスしてくれた。
新幹線のなかで仕事をしながら、どこか幸せな気持ちで空港に向かう。
今からアメリカ出張だ。
空港ビルに到着し、出国ゲートに向かう廊下で、大きな広告ポスターが目に入った。
『不動産投資の新機軸 鵜飼俊彦が語る「勝ち組」の論理』
ポスターのなかで、笑顔のアレが、ロクロをまわすように腕を広げている。
足早に不快なポスターの前を通り過ぎる。
鵜飼俊彦。
今までの人生で出会ったなかで、最も下劣な男。
1社目の起業も、アレに唆されて悪い方向に捻れてしまった。ゆきさんが助けてくれなければ、どうなっていたことか。
怒りと憎しみに手が震える。
ゆっくりと息を吸って、吐いた。
最近、アレの広告を至る所で見かける。颯太さんがいなければ、この国に足を踏み入れることさえ避けただろう。
不愉快さを振り払うように搭乗ゲートを抜け、機内へ向かう。
アレに目を背けながら。颯太さんの笑顔で、腐臭のする自分の過去に蓋をしながら。
◆◆◆
◇
おこめさんと改札の前でお別れして、母さんの車の助手席に乗った。
バックミラーに新幹線の駅がだんだん遠くなっていく。
「颯太、寒くなかった?」
母さんが聞いてくる。
「ううん、大丈夫」
4日間、おこめさんがずっと隣にいてくれた。
両親とは違う。お姉ちゃんとも違う。
恋人として、寄り添ってくれた。
それが今朝で終わった。
おこめさんがいなくなって淋しい。
今までは、いないのが当たり前だったのが信じられない。
午後、散歩に出る。
刈り取られた田んぼの上を白鳥の群れが一列になって降りていった。
公園の脇を通りかかると、砂場から元気な声が聞こえてきた。
「あー! また崩れた!」
兄妹らしき二人が、小さな山のようなものを作っている。
思わず足を止めると、子どもと目が合った。
「おにいちゃん、見て!」
「うん。なに作ってるの?」
「おしろ!」
当然だろという顔で言われた。
なるほど、確かに城だ。
「手伝ってよ!」
ベンチに座っていたおばあちゃんを見ると、にこにこしながら頷いてくれた。
「じゃあ、少しだけね」
砂場の縁に腰を下ろした。
「おにいちゃん、ここ掘って!」
「ここ?」
「ちがう! こっち!」
「あ、ごめんごめん」
「おにいちゃん、しっかりして!」
初対面なのに遠慮がない。この感じが懐かしかった。
「あ、でも。ここはこれ以上掘ると崩れちゃうよ」
「え、ほんと?」
「そうそう。やってみる?」
「うん。あ!崩れた!」
少し崩れた場所を直して固めてあげる。
「どう掘れば、崩れないと思う?」
「うーん……。あ! こっちにする?」
目をキラキラさせながら城を作る二人を見ると、自分も嬉しくなる。
30分ほど遊ぶと砂遊びに飽きてきたらしい。
砂場を飛び出し、別の子達と合流する。
「おにいちゃん、次は鬼ごっこしよ!」
うーん……。
申し訳ないけど、今の体力で鬼ごっこについていける気がしない。
「ごめんね、そろそろ帰らなくちゃ」
少し引き止められたけど、ちゃんとお別れしてくれた。
「おにいちゃん、バイバイ!また遊ぼうね!」
「今日は、二人と遊んでくれて、ありがとうね」
「いえいえ。僕も楽しかったですし」
おばあちゃんとも少し話した。
だけど、帰り道の坂で足が重くなった。
体がまだ本調子じゃない。鬼ごっこを断ってよかった。
息を整えながら後ろを振り返ると、公園でさっきの兄妹が元気に走り回っているのが見えた。
施設でも、今日みたいに子どもたちと遊んでいた。子供達と遊ぶのは好きだし、遊び仲間として認めてもらうのは、子どもたちから信頼してもらう良い方法だったから。
りんちゃんのことを思い出す。
「そーたにいちゃん!」と走って飛びついてくる、あの子の勢いを。
少しずつ警戒が解けて、本音を話してくれるようになっていた。
そういえば。
あの子たちと遊んでいる間、お金のことなんて考えなかった。
どうしたら喜んでもらえるか、それだけだった。
おこめさんへのプレゼントも同じかもしれない。
……そうだ。ゲームのみんなにも相談してみよう。
もちろん、おこめさんには内緒で。




