↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

71/74

4-13 彼女は、名案を思いついた

◇


おこめさんが、僕と一緒に新潟に住む?

父さんから言われて想像してみた。


違和感しかない。

おこめさんは、世界を飛び回るような仕事をして、僕の人生で一番おしゃれな、生粋の都会の人だ。


「そうだね……。おこめさんと、ずっと一緒にいられたら。もちろんいいけど」


おこめさんは世界で活躍しているし、それを僕の我が儘で縛りつけたくない。


「ふたりで考えるよ。これからのことも」

そう言って僕は、窓の外を見た。


「わかった」

父さんが静かに返した。


暗くなった窓の外では、雁の群れが鳴きながら夜の空を渡っていく。

その声は遠く見えなくなっても聞こえていた。


   ◆◆◆

◎


火曜日の朝。

颯太さんのお母様と並んで、朝ごはんを準備する。

台所には、出汁の香りと味噌の柔らかな匂いが満ちている。


だんだん慣れてきた。

お母様は味噌汁を、自分は卵焼きを作っている。


「彩夏さん、本当に助かるわ」

「ありがとうございます」

微笑みながら答える。


スマートグラスの調理支援機能によると、そろそろ卵焼きはひっくり返したほうがいい。


卵焼きをお皿にのせたところで視界の端、スマートグラスのARレイヤーがそっと点滅した。

『モニタリング対象、覚醒の予兆を検知。推定覚醒時間、2分後』


見守りロボからの通知だ。


これまで、このデータのおかげで「偶然」を装った完璧なタイミングの挨拶ができていた。


ふと、昨日の颯太さんの顔を思い出す。

あまりのタイミングの良さに、颯太さんは驚きを通り越して違和感を抱いているようだった。


自重すべきか。

だけど颯太さんの顔を早く見たい。


そうだ!

名案を思いつく。


時間ピッタリに迎えに行くのがダメなら早くいけば良いのでは。


「ちょっと上に行ってきますね」

「はーい」

お母様が、気さくに頷いてくれた。


階段を上がって、颯太さんの部屋の扉を開ける。


膝をついて、颯太さんの寝顔を間近から見る。

優しい寝顔だ。可愛いなぁ。


キスしたくなるけど、起こさないように我慢する。

代わりにじーっと見つめた。それだけで幸せになれる。


そのとき。

颯太さんの目が、ぱちりと開いた。

目が、合った。


「うぇ!?」

颯太さんが大きな声を出した。


これは……颯太さんが引いてる。

引いちゃってるな。


「お、おはようございますっ」

努めて明るく言ってみる。


「う、うん。……おはよう。いつから?」

「さっきです。そろそろかなと思ったんですけど、勘が外れちゃいましたね。颯太さんの寝顔、可愛かったですよっ!」

えへへ、とごまかす。


「そ、そうなんだ。ありがとう?」

視線が、かすかに逃げた。


重い彼女になっちゃった?

いけない。安心してもらわないと。


「だ、大丈夫です! 寝てる颯太さんにキスするのは、ちゃんと我慢してました!」

「……キス?」

「……あっ」

余計なことを言ってしまった。


どうすれば良いんだろう。

颯太さんが大好きなのだ。


「おこめさん、おはよう」

颯太さんが微笑むと、体を起こして朝のキスをしてくれた。

自分も颯太さんをギュッと抱きしめる。

颯太さんの温もり、颯太さんの匂い。大好き。


「朝ごはんできたわよー!」

お母様の声が下から聞こえた。


ハッとして体を離す。

ちょっと恥ずかしかった。

「下に行こっか……」

「はい……」


颯太さんが立ち上がる。昨日より軽やかだ。

階段を下りる足取りも危なげない。

それが嬉しかった。


朝ごはんの後、颯太さんの車を運転して工場へ向かった。

昨日、約束してくれた書類を受け取るためだ。


書類は、あっさりもらえたらしい。

颯太さんは書類を嬉しそうに抱きしめていた。


「お待たせ、おこめさん。どうしたの?」

「いえ……」

書類は、まだ大事そうに抱えられている。

……書類になりたい。


帰り道に寄った病院に書類を渡す。あわせて、休業補償に必要な医師の証明をお願いした。


颯太さんの家に戻ると、お父様もお母様も仕事に出ていた。

颯太さんの実家に、二人きり。


なんか、どきどきする。

なんでだろう。

いままでも二人で会ってきたのに。


颯太さんと目が合った。

二人とも何かを意識しちゃって、なんだか照れていた。


「あの……」「えと……」

同時に声が出た。

「僕の部屋で、ゆっくりする?」

「……はいっ」


颯太さんの部屋に上がって、二人でベッドの端に座る。


颯太さんが、私の体を引き寄せてハグをしてくる。

退院したての数日前とは明らかに違う。腕の力が、しっかりしている。


うっとりしながら、ギュッと抱き合って、情熱的なキスをする。


でも。

ふと気づいてしまった。


これは、颯太さんが禁止されている『激しい運動』にあたるのでは。

元気になってくれたのは嬉しいし、このまま続けたい気持ちは当然あった。


だけど。


「颯太さん」

「ん?」

「激しい運動は、まだダメですよ」

「……あっ」


「次に会うとき楽しみにしてますね。それまで、ね?」

そう言って、私の服の中に入りこもうとしていた颯太さんの手を外した。


颯太さんが名残惜しそうな顔になる。

可愛い。


「……わかった」

大人しく納得してくれた。

この素直さも、好きなポイントのひとつだ。


少し乱れた服を整え、後ろを向いてリップをひと塗り。


それから颯太さんに話しかける。

「クリスマスのことなんですけど……」


明日の朝ごはんを食べたら出張に行かないといけない。

その前に、颯太さんとクリスマスプレゼントのことを話しておきたかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。