4-13 彼女は、名案を思いついた
◇
おこめさんが、僕と一緒に新潟に住む?
父さんから言われて想像してみた。
違和感しかない。
おこめさんは、世界を飛び回るような仕事をして、僕の人生で一番おしゃれな、生粋の都会の人だ。
「そうだね……。おこめさんと、ずっと一緒にいられたら。もちろんいいけど」
おこめさんは世界で活躍しているし、それを僕の我が儘で縛りつけたくない。
「ふたりで考えるよ。これからのことも」
そう言って僕は、窓の外を見た。
「わかった」
父さんが静かに返した。
暗くなった窓の外では、雁の群れが鳴きながら夜の空を渡っていく。
その声は遠く見えなくなっても聞こえていた。
◆◆◆
◎
火曜日の朝。
颯太さんのお母様と並んで、朝ごはんを準備する。
台所には、出汁の香りと味噌の柔らかな匂いが満ちている。
だんだん慣れてきた。
お母様は味噌汁を、自分は卵焼きを作っている。
「彩夏さん、本当に助かるわ」
「ありがとうございます」
微笑みながら答える。
スマートグラスの調理支援機能によると、そろそろ卵焼きはひっくり返したほうがいい。
卵焼きをお皿にのせたところで視界の端、スマートグラスのARレイヤーがそっと点滅した。
『モニタリング対象、覚醒の予兆を検知。推定覚醒時間、2分後』
見守りロボからの通知だ。
これまで、このデータのおかげで「偶然」を装った完璧なタイミングの挨拶ができていた。
ふと、昨日の颯太さんの顔を思い出す。
あまりのタイミングの良さに、颯太さんは驚きを通り越して違和感を抱いているようだった。
自重すべきか。
だけど颯太さんの顔を早く見たい。
そうだ!
名案を思いつく。
時間ピッタリに迎えに行くのがダメなら早くいけば良いのでは。
「ちょっと上に行ってきますね」
「はーい」
お母様が、気さくに頷いてくれた。
階段を上がって、颯太さんの部屋の扉を開ける。
膝をついて、颯太さんの寝顔を間近から見る。
優しい寝顔だ。可愛いなぁ。
キスしたくなるけど、起こさないように我慢する。
代わりにじーっと見つめた。それだけで幸せになれる。
そのとき。
颯太さんの目が、ぱちりと開いた。
目が、合った。
「うぇ!?」
颯太さんが大きな声を出した。
これは……颯太さんが引いてる。
引いちゃってるな。
「お、おはようございますっ」
努めて明るく言ってみる。
「う、うん。……おはよう。いつから?」
「さっきです。そろそろかなと思ったんですけど、勘が外れちゃいましたね。颯太さんの寝顔、可愛かったですよっ!」
えへへ、とごまかす。
「そ、そうなんだ。ありがとう?」
視線が、かすかに逃げた。
重い彼女になっちゃった?
いけない。安心してもらわないと。
「だ、大丈夫です! 寝てる颯太さんにキスするのは、ちゃんと我慢してました!」
「……キス?」
「……あっ」
余計なことを言ってしまった。
どうすれば良いんだろう。
颯太さんが大好きなのだ。
「おこめさん、おはよう」
颯太さんが微笑むと、体を起こして朝のキスをしてくれた。
自分も颯太さんをギュッと抱きしめる。
颯太さんの温もり、颯太さんの匂い。大好き。
「朝ごはんできたわよー!」
お母様の声が下から聞こえた。
ハッとして体を離す。
ちょっと恥ずかしかった。
「下に行こっか……」
「はい……」
颯太さんが立ち上がる。昨日より軽やかだ。
階段を下りる足取りも危なげない。
それが嬉しかった。
朝ごはんの後、颯太さんの車を運転して工場へ向かった。
昨日、約束してくれた書類を受け取るためだ。
書類は、あっさりもらえたらしい。
颯太さんは書類を嬉しそうに抱きしめていた。
「お待たせ、おこめさん。どうしたの?」
「いえ……」
書類は、まだ大事そうに抱えられている。
……書類になりたい。
帰り道に寄った病院に書類を渡す。あわせて、休業補償に必要な医師の証明をお願いした。
颯太さんの家に戻ると、お父様もお母様も仕事に出ていた。
颯太さんの実家に、二人きり。
なんか、どきどきする。
なんでだろう。
いままでも二人で会ってきたのに。
颯太さんと目が合った。
二人とも何かを意識しちゃって、なんだか照れていた。
「あの……」「えと……」
同時に声が出た。
「僕の部屋で、ゆっくりする?」
「……はいっ」
颯太さんの部屋に上がって、二人でベッドの端に座る。
颯太さんが、私の体を引き寄せてハグをしてくる。
退院したての数日前とは明らかに違う。腕の力が、しっかりしている。
うっとりしながら、ギュッと抱き合って、情熱的なキスをする。
でも。
ふと気づいてしまった。
これは、颯太さんが禁止されている『激しい運動』にあたるのでは。
元気になってくれたのは嬉しいし、このまま続けたい気持ちは当然あった。
だけど。
「颯太さん」
「ん?」
「激しい運動は、まだダメですよ」
「……あっ」
「次に会うとき楽しみにしてますね。それまで、ね?」
そう言って、私の服の中に入りこもうとしていた颯太さんの手を外した。
颯太さんが名残惜しそうな顔になる。
可愛い。
「……わかった」
大人しく納得してくれた。
この素直さも、好きなポイントのひとつだ。
少し乱れた服を整え、後ろを向いてリップをひと塗り。
それから颯太さんに話しかける。
「クリスマスのことなんですけど……」
明日の朝ごはんを食べたら出張に行かないといけない。
その前に、颯太さんとクリスマスプレゼントのことを話しておきたかった。




