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4-12 女神に教わった魔法は、威力抜群だった

◇


僕は、もう一度、工場に電話をかけた。

「田中さん、また電話ですか。何度言っても変わりませんよ」

総務担当の人は、いかにも面倒くさそうだ。


「すみません、さっきの労災の件、友人に人事部の人がいて相談したんですけど……」


緊張はしたけど、おこめさんが箇条書きを指さしてくれていたので混乱しなかった。


最後までしっかり言い切る。

電話の向こうが静かになった。反論もなかった。


しばらくして、総務担当の人が口を開いた。

「おっしゃることは、理解できました。上に確認します」

丁寧な言葉遣いになっていた。



10分後、かけ直しがきた。

「田中さん、先ほどは確認不足でした。申し訳ありません。労災の手続きをさせていただきます。書類をご持参ください」


電話を切ると、おこめさんが嬉しそうに笑った。

「行けましたね」


僕は、狐につままれた感じだった。

あんなに冷たかった総務の人がコロッと態度を変えた。


「……おこめさん、魔法でも使った?」

「使ってませんよ」

「さっきまで、何を言っても駄目だったのに」

「……実は、あの箇条書きは魔法の呪文でした!」

「やっぱり使ってる!」


おこめさんが、くすっと笑った。

「私はちょっとお手伝いしただけです。電話で最後まで話したのは、颯太さんですよ」

「……そうかな」

「はい。格好良かったです」

「えっ」

おこめさんがキスしてくれた。



その後、おこめさんの運転で工場に行った。

途中で書類をコンビニでプリントアウトする。

おこめさんの駐車は、やっぱりハラハラした。


おこめさんに車内で待ってもらって、工場に入る。

総務の人は、40歳くらいの男性で、丁寧に対応してくれた。電話と同じ声だ。


「明日、会社側の必要事項を記載したものをお渡ししますので、また来てください」

言葉も礼儀正しくて、最初の冷たさは欠片も残ってない。



帰り道、おこめさんが車の中から西の空を見て言った。


「颯太さん、体調はどうですか」

「うん、大丈夫。どこか寄りたい?」


僕は疲れていたけど頷いた。まだ元気。

昨日よりは回復した。


「良かったです。今日は良い天気ですし、夕焼けが見たいです! 2回目のデートで連れて行ってくれたあそこ、どうですか?」


おこめさんが、嬉しそうに提案する。

僕も行きたくなった。


夕焼け岬。

僕が世界で一番好きな場所だ。

おこめさんと出会ってからも、それは変わらない。


おこめさんの運転で、夕焼け岬にきた。


「前に来たとき、少し離れて立ってたよね」

「はい。あのときは、こんなに離れてました」

おこめさんは両手いっぱいに広げた。


「えっ。そんなに開いてた? これくらいだと思ってた!」

僕も手を広げる。僕の記憶では体1個分くらいだ。


「ええ。でも、それくらい遠く感じました!」

おこめさんがイタズラっぽく笑った。

「実はね。僕も……」

素直にそう言うと、おこめさんも恥ずかしそうになった。


「ほら。今日は、もう手をつないでる!」

「ですね」

おこめさんが微笑んだ。


「もっと近づきましょう」

「そうしよう!」


おこめさんと僕は、ぴったりと寄り沿って西の海を眺める。


西の空が燃えていた。

ピンクとオレンジに溶ける雲。

金色の筋が日本海の表面を静かに走る。

赤い太陽を背景に、白鳥の群れが鳴きながら飛んでいく。


おこめさんが、僕の方に振り返った。


オフホワイトのノーカラーコートに明るい水色のマフラーをしている。

それらが夕日の色を受けて、その輪郭が柔らかく光っていた。


地上に降りた女神そのものだ。


「颯太さん、大好きです」

手をつないだまま、おこめさんが言った。


「僕も、大好きだよ」

キスをした。柔らかい唇だった。


ぎゅっと抱きしめる。

レモンのように爽やかで、ジャスミンのようにさりげなく甘い。

いつものおこめさんの匂いだ。


どれだけ、この人に救われてきたんだろう。

付き合うほどに、もっと好きになる。


日が落ちてきて、寒い風が吹いた。


僕は、すぐ隣に立つおこめさんを抱きしめて、僕のコートで包むようにした。

「とっても温かいです……。ありがとうございます」

「どういたしまして」


赤い太陽が水平線に触れると、あたりの色が一気に濃くなった。

オレンジが濃くなり、紅色に、そして暗紫色に。

空が暗くなっていく。


海から吹き上げる風は冷たいけど、僕のコートの下、密着したおこめさんと温もりを分けあった。


「日が沈んじゃいましたね……」

「うん。帰ろうか」

「はい」


車へと歩きだした。

おこめさんは僕のコートから出たけど、手は恋人つなぎのままだ。


「そこ、段差だから気をつけてね」

「ふふ。前も同じこと言ってくれましたね」

「覚えてるよ」

おこめさんが、つないだ手をきゅっと握った。


「今は、暗くても大丈夫です」

「うん。二人ならね」


微笑みながら見つめ合う。

良い連携プレーでした、みたいな雰囲気だ。



おこめさんは、夕食を食べ終わり食器を洗うと「これからニューヨークと会議があるんです」と言って、名残惜しそうに玄関を出ていった。


夜の新潟から地球の反対側のニューヨークと会議する。僕には現実感がなかったけど、それがおこめさんの世界だ。


「彩夏さん、いい娘だねぇ」

居間で父さんと母さんがしみじみと言っていた。


僕が知らないところで、おこめさんは掃除や料理といった家事のあれこれをずいぶん手伝っていたらしい。


「彩夏さんが新潟に来てくれたら、お前も安泰だな」


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