4-11 私の颯太さんに意地悪するなんて
◇
おこめさんに次々と質問される。
倒れる前に何をしていたか。
誰の指示か。周りに誰かいたか。
どのくらいの時間、一人で動いていたか。
途中から、少し頭がふらついてきた。
まだ本調子には遠い。
でも、おこめさんが真剣に聞いてくれているのは伝わった。
だから、できるだけ丁寧に答えた。
「ありがとうございます。整理できました」
おこめさんが言った。
僕を安心させるような微笑みを浮かべている。
「ちょっと休憩しますか?」
「うん……。ここでゆっくりしてれば大丈夫」
「分かりました。では、颯太さんが休憩してる間、ちょっと専門の人に相談してみますね。実は会社の人事部に親しくしている方がいるんです」
そう言って、スマホを持って外に出た。
僕は、リビングに一人残される。
人事部に仲の良い人?
祝日に相談する?
何が始まるんだろう。
僕には全く見当がつかなかった。
◆◆◆
◎
聞けば聞くほど、工場側が無理筋を通そうとしている気配が見えてきた。
私の颯太さんに意地悪するなんて。
怒り心頭だった。
家の外に出る。
新潟の冷たい秋風が頬を刺した。
寒さに震えるけど、その分、少し冷静になれる。
颯太さんの軽自動車に乗り込み、エンジンをかけた。暖房を最大にする。
スマホから目的の名前を見つけてタップする。
呼び出し音が2回鳴る前につながった。
「祝日にすみません。バタフライの細川です」
電話の相手は、かつて2社目の起業時、労務関係で大いに助けてくれた日本トップクラスの労働法弁護士だ。
普段は使用者側、つまり経営者の味方をする「盾」だけど、その盾の強さを知っているからこそ、この人以上に頼れる相手はいない。
「お久しぶりです、細川さん。……ええ、細川さんとの利益相反は問題無いはずです。こちらも今、別の案件でシンガポールと繋いでいたところですから」
突然の連絡でも彼の声は、落ち着き払っている。
人のことは言えないけど、トップクラスの弁護士たちも、いつ眠り、いつ休暇をとっているのか謎な人種ではある。
簡潔に、しかし正確に颯太さんの状況を伝えた。
一時的に人手が足りないなか、職場の先輩からの指示で、たった一人で重量物を運搬させられていたこと。
そして総務が言い放った「他でのバイトのせい」という冷たい言葉。
「……なるほど。会社側の主張は、ずいぶん無理がありますね」
弁護士の言葉は、鋭いメスのように問題を切り分けていく。
労働基準監督署が判断すること、安全配慮義務違反の作業内容、会社の主張がおかしいところ。
「というわけで、私生活で疲れていたからといって業務と無関係とは言えないはずです。普通なら労災は通りますね」
何とかなりそうだ。
でもそれだけでは怒りがおさまらない。
「私としては、無理を強いた現場の先輩と会社にパワハラの追及をしたいですが」
「ふむ……。法的にはできそうですが、実務的には難しいところですね。会社と徹底的に戦うほど、その方が職場に戻った際に『腫れ物』扱いされがちですから」
これが、この人の良いところだ。
法律論も超一流だけど法律論だけで終わらない。
奥歯を噛み締めつつ、言われたことを素直に認める。
これは私のビジネスではない。
颯太さんの大切な「日常」なのだ。
勝手に壊すわけにはいかない。
「……わかりました。まずは労災認定を最優先に詰めたいです」
「了解です。まずは総務への交渉ですが……」
手元の端末に、総務を論破するためのトークポイントと、医師の診断書に記載されているかチェックすべき重要事項を記録していく。
「大丈夫そうです。ありがとう」
「いえいえ。請求書はバタフライの方へ?」
「いいえ、私個人にまわしてください」
通話を終えた。
たぶん6万円くらいだろう。颯太さんの入院費用より高い。
颯太さんが知ったら目の玉が飛び出るに違いない。
だから颯太さんには、絶対に知らせない。
あくまで人事部の友人が教えてくれたことにする。
ふう、と息を吐いて車の外に出た。
寒い。自分のモードを切り替える。
私は、おこめ。
優しくて一途な、颯太さんの彼女。
扉を開ける。
「颯太さん、良いニュースでっ……」
部屋に戻ると、颯太さんがソファで居眠りしていた。可愛い。
横に座ると、颯太さんが起きた。
「あ、……ごめん。寝てた」
「いえ。大丈夫です。ちょうど戻ってきたところですから。ベッドで横になりますか?」
颯太さんが首を振った。
「大丈夫。人事のお友達は、なんて言ってたの?」
「労災にできそうですよって。会社にどう電話したらよいかも教わりましたけど、電話するのは後にしますか?」
颯太さんは、しばらく考えた。
「うーん。たぶん大丈夫。どう言えば良いの?」
「説明しますね」
話すべき内容を箇条書きで空中に投影して、颯太さんに解説していく。
「……すごいね。おこめさん、人事部の人と、そんなに仲いいの?」
颯太さんに、スゲーっという顔で質問された。
誤魔化したくないけど、本当のことは言えない。
「ええ。少数精鋭なので、みんな仲が良くて。私は社内の何でも屋さんなんです」
颯太さんの手にキスをして微笑む。
「颯太さん、これで会話できそうですか?」
颯太さんが空中に投影された文字を睨んだ。
「うん。話せそう。電話してみるね」
颯太さんの顔がキリリと締まった。素敵だ。
「颯太さん、ファイトです!」




