↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

68/72

4-10 労災は無理そうだけど、彼女は納得してない

◇


月曜日の朝。

騒がしい雁や白鳥たちの声で目が覚めた。

渡り鳥たちは、しばらくはこの調子だ。


カーテンの隙間から、白い光が差し込んでいる。

どこか時間の流れが止まったような、穏やかな空気が部屋に満ちていた。


そういえば、今日は祝日だ。


こんな空気を感じるのは久しぶりだった。

ゆっくり起き上がろうとした瞬間。


階段から軽やかな足音がして、ドアがコンコンと控えめに叩かれた。


「颯太さん、起きていますか」

「……あ、うん。起きてる」


昨日に引き続き、まるで見えないセンサーでもついているようなタイミングの良さだ。


扉を開けて顔を覗かせたおこめさんに「どうしてわかったの?」と尋ねると、彼女は眼鏡の奥の瞳を悪戯っぽく細めた。


「そろそろかなと思いまして。……おはようございます、颯太さん」


ダスティブルーのワンピースに身を包んだおこめさんは、今日も素敵だ。


だけど。

2日続けて起きた瞬間に扉を叩かれた。


「あ……うん。すごい。本当に。……おはよう」

おこめさんのことは大好きだけど、タイミングが良すぎて怖いくらいだった。


唇に柔らかい感触。

「おはようございます」

至近距離のおこめさんは、いい匂いがする。

僕からも、おはようのキスをした。



朝ごはんを食べた後。

おこめさんはノートパソコンを持って、そそくさと外に出ようとしている。


「リモート会議があるので、颯太さんの車お借りしますね」


びっくりした。

「え、良いけど、祝日なのに?」


「ええ。外国との会議なので日本の祝日は関係なくて」

「そっか。え、もしかして英語で!?」


「はい」

「すげー……」


おこめさんは別に気負ってる感じでもなく淡々としていた。


祝日の朝から英語のリモート会議なんて、僕なんかには想像もつかない。だけど、おこめさんにとっては普通のことらしい。


おこめさんは、正真正銘シゴデキのハードワーカーだ。

こんな形で改めてそれを実感する。

でも不思議と悪い気分じゃなかった。


しばらくして、おこめさんが戻ってきた。

「お待たせしました」


「お疲れ様。うまくいった?」

「おかげさまで」


リビングのソファに二人で座ってのんびりしていると、玄関チャイムが鳴った。


「顔見にきたよー」

「お、思ったより元気そうじゃん」


大輝だった。翠、浩太郎、遥香も一緒だ。


先日、おこめさんと一緒に飲んだ四人組。

一気に玄関が賑やかになる。


「彩夏さんも来てたんだ。さすが」

「もちろんです!ご連絡ありがとうございました」

「いやいや。颯太の姉ちゃんに頼まれただけだし」


浩太郎が僕の肩に手をついた。

「颯太、お前ほんと幸せ者だよな」

「うん」


「……え、否定しないの?」

「いや、そりゃそうだよ」

おこめさんが隣で嬉しそうに僕の手を握った。

「おーおー。見せつけてくれるね」

思わずおこめさんと微笑みあった。


母さんがジュースを出そうとしたけど、浩太郎が「俺たちすぐ帰るんで」と遠慮した。

「え、もう?」

「顔見れたし。元気そうだし」

「いや、せっかく来たんだから、もうちょっと……」

「二人の邪魔するのもアレだしねー」

四人は笑いながら、あっという間に帰り支度を始めた。


帰り際、大輝が僕の耳元に顔を寄せてきた。

「……彩夏さんを、これ以上心配させんなよ」

「わかってる」

僕は短く答えた。

ありがたい親友達だった。



昼ご飯のあと、覚悟を決めて会社に電話をする。


祝日だけど月曜日だから工場は動いている。

皆も普通に出勤してるはずだ。


大事なことはご家族にサポートしてもらうように、というお医者様の言うことを思い出す。

スピーカーフォンにして、おこめさんにも聴いてもらうことにした。


班長の木村さんが出た。

「田中くん、大丈夫だった? 退院できてよかったよ」


嬉しかった。

温かい言葉だった。


「あの、今回工場で倒れたので労災の相談をしたいんですけど……」


「あー、ごめん。それは俺の担当じゃないんだよ。総務にまわすね」

そう言って、総務に転送してくれた。



「はい、総務です」

「あの……、揚げ物ラインの田中と申します。先日、工場での作業中に倒れて入院しまして。労災のご相談がしたくて」


「田中さんですね。事故のことは聞いていますが、労災にはなりませんよ」

一刀両断だった。


「えっと、でも、工場の作業中に倒れたんですが」

「工場で倒れただけでは不十分なんです。工場での勤務に起因して倒れた、という因果関係が必要でして」


何を言われてるか分からなかった。


「田中さん、他でバイトしてましたよね。疲れ気味だったとも聞いています。うちは残業もさせていない。バイトがなければ倒れなかったんじゃないですか」


そういうことか。それを言われると、痛い。

「え。ええ……」


「でしょう? うちのせいじゃありませんから。労災は無理です」

冷たく、断固とした声だった。


「働けるようになったら、また連絡してください。田中さんが抜けた穴は、今のメンバーで回しますので。体調管理できない人だと現場が混乱するんで次はないですよ。お大事に」


僕の返事も聞かず、そのまま電話が切れた。

頭を抱えた。


そうだよね……。

バイトを詰め込んでたのは、僕だ。

言い訳のしようがない。


だけど入院の費用もかかるし、いつ仕事に復帰できるかもわからない。

日当が消えると、生活がきつい。


顔を上げて、おこめさんに言う。


「労災、ダメだって。バイトで無理してたのは本当のことだし、しょうがないけど……。でも困ったな……」


おこめさんは、真剣な顔で何か考えた。

それから静かに言った。


「颯太さん。工場での作業中に倒れたんですよね」

「うん」

「もうちょっと聞かせてください。」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。