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4-7 女神の愛に包まれて

◇


僕は、覚悟を決めて、おこめさんに説明した。


「バイト、増やしてたんだ。夜と週末」

「スタッドレスだけなら、そこまでしなくても良かったはずですよね」


おこめさんは、ちゃんと覚えていた。


「……プレゼントのためだよ。おこめさんへのクリスマスプレゼント。誕生日プレゼントも渡せなかったし、もっとちゃんとしたものを買いたくて」


静かな部屋が気まずかった。


「でも、もう無理みたい……」

20万円は、絶対にクリスマスまでに貯められない。


ため息をついて下を向いた。

膝の上に力の抜けた自分の手があった。情けない手だと思った。


その手に、水が1滴、ポタッと落ちた。

おこめさんの涙だった。


一度はひいた涙が、またあふれ出していた。



「どんなプレゼントでも、颯太さんが体調崩してたら悲しいです……」


ポーチから取り出したハンカチで涙を拭きながら、おこめさんは続けた。


「元気な颯太さんにハグしてもらうほうが、よっぽど嬉しいです」


自分もまた、心配をかけた申し訳なさに目が潤んでくる。


「ごめんね。おこめさん。心配かけて、ごめんなさい」

「……分かってくれれば、良いです」


情けなかった。

倒れてしまったことよりも、おこめさんを心配させて、泣かせてしまった自分が情けなかった。


「ごめん。僕が悪い。反省してる」


おこめさんが、ぎゅっと僕を抱きしめてくれる。

僕も抱きかえした。

僕たちは、しばらく寄り添ったままでいた。


話してると、だんだんと座ってるのが辛くなってきた。

「少し横になっていい?」


おこめさんは、少し心配そうに微笑んだ。

「もちろんです」

布団の上に倒れ込む。


「電気も消しますね」

「うん、お願い」


おこめさんは、サッと立って電気を消した。

すぐベッド脇に戻ると、僕の髪をそっと撫でてくれた。


「ゆっくり休んで、元気になってくださいね」

「ありがと。おやすみ」


どんどん瞼が重たくなってくる。

「はい、おやすみなさい」


おこめさんは僕が寝るまで、ずっと横にいてくれた。

今日も窓の外で、かすかに鳥の声がした。


   ◆◆◆

◎


颯太さんが眠ったのを確認してから、静かに立ち上がる。


ポーチから準備したものを取り出した。


一見すると小さな蜘蛛にしか見えない。

だけど、これはバイタルチェックに特化した見守り用のロボットだ。


シンガポールからでも颯太さんの体調が分かる。



少し迷う。

颯太さんを信用していないみたいだし、後で監視されていたのか、と誤解されるのも怖い。


だけど颯太さんを絶対に失いたくなかった。

今回のことは、本当に不安だった。



不安は不信を呼び、不信は不安を呼ぶ。

自分の信念ではあるけど、まさに不安が不信を呼んでいた。


颯太さんの無茶しないという言葉を今は信じきれない。

だって颯太さんは優しすぎるし、まっすぐ過ぎるから。



せめて、これだけにしよう。

そう思いながら壁にそっと置いた。


ロボが起動し、隠れる場所に移動していく。

これで離れていてもバイタルをチェックできる。



スマホを見た。

さっきピン留めしたメッセージを見返す。


田中颯太: ありがとう。愛してる。


颯太さんも、愛の言葉を返してくれた。

本当に嬉しい。


「愛してます。颯太さん」

こっそりと言ってから、眠る颯太さんの唇にキスをした。



階段を降りる前に、少し廊下で止まった。

手鏡で化粧を確認する。


目の下が、正直に疲れを映している。

コンシーラーとリップで整えた。


これが「細川彩夏」の顔だ。颯太さんの家族に会うための顔。失敗はできない。

階段を降りる。


「颯太さん、お休みしました」

「ありがとうね」


テーブルには、颯太さんのお父様、お母様、お姉様の三人がいた。


「今日は、東京からわざわざ来てくれてありがとうね。いつまでいられるの?」

お母様が質問した。


「できるだけ長くいたいんですけど、水曜日には出張に行かないといけなくて……。リモートワークも多少しますが、水曜日の朝までは颯太さんのそばにいたいと思っています」


「それは嬉しいわ。泊まるところは?」

「ホテルを取っています」


「うちに泊まれば良いじゃない。穂乃花が使ってた部屋も今は空いてるし、使って大丈夫よ」

「そう、大丈夫!」


ご家族の好意は嬉しい。

颯太さんに似て、純粋な善意を感じる。

しかし首を振った。


「いいえ、もう予約してしまいましたので。お気遣い、ありがとうございます」

「そう? 何かあったら、遠慮なく言ってね」


「はい。ありがとうございます」

正直、気疲れするから、颯太さんの実家に泊まりたくなかった。


お母様は、心配するような残念そうな、そんな顔をしている。

これは引き過ぎたな、と思う。


「あの、明日の朝食、ご一緒させていただいてもいいですか。できれば、朝ごはんを作るのもお手伝いさせてください」

お母様が、ぱっと表情を明るくした。


「ええ、もちろん!ねえ、お父さん」

お父様が、小さく頷いた。


「明日は、颯太の好きなお味噌汁にしようかしら」

「分かりました!宜しくお願い致します」

お母様が、嬉しそうに笑った。


遅い時間だし、そろそろ帰ることにする。

タクシーを呼ぼうと思っていたけど、颯太さんの自動車を使って良いことになった。

ペーパードライバーだったけど、スマートグラスの運転支援機能があれば、たぶん大丈夫。


挨拶をして、家の外に出る。


11月の新潟の夜だ。

ほう、と一息ついたら白かった。急いで車に入る。


スマートグラスの端っこに颯太さんのバイタルが緑色で表示されているのが見える。

ぐっすりと寝ている。知らず微笑んだ。


明日の朝も颯太さんに会える。しかも颯太さんの好きなお味噌汁を、お母様から教えてもらえる。

それがこんなにも嬉しい。


颯太さん。私が大好きな颯太さん。

愛してます。

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