3-21 全てはネックレスのために
◇
おこめさんとデートした翌日。
朝の光で目が覚めた。
最近は寝坊が怖くて、カーテンを開けて寝るようにしている。
窓の向こうで雁の群れがV字に並んで飛んでいく。今日は秋晴れの良い天気だ。
起きるのが辛い。
でも、頑張れる。
次は僕が東京に行く番だ。
3週間後、おこめさんにまた会える。
それを考えるだけで少し元気が湧いてきた。
工場に出勤すると班長の木村さんが僕を呼んだ。
「田中くん、最近疲れてるみたいだけど。どうかした?」
穏やかな声だ。
心配している声だった。
「すみません、彼女へのプレゼントを買いたくて仕事の後にバイトを入れてまして。ご迷惑をおかけしないよう頑張ります」
「無理しすぎないようにね」
「はい、ありがとうございます」
木村さんは頷くと、言葉を続けた。
「そうそう。来週の木曜に例のライン変更の検証をやる予定だから。やり方は、そのときに教えるね」
来週の木曜日。いよいよだ。
僕のアイデアが一歩ずつ形になるのは素直に嬉しい。
水曜日の夜。
ゲームを開いた。みんなのログイン状況をチェックする。
やっぱりおこめさんは、しばらくログインしてない。インするのは、僕と一緒に遊ぶときだけだ。
そういう僕も、昨日はログインできなかった。
ミニイベントで遊びながら皆と会話する。
前回のおこめさんの忙しさが気になってた。
ソーダ: 会社員の人って、土日もなく夜中まで働くものなの?
クラッカー: 誰の話だよwww
ソーダ: いや、一般的な話。誰とかじゃなくて
クラッカー: 真面目な話、システム業界とかだと、炎上プロジェクトは帰れなくなるなw
ソーダ: 徹夜とかも?
クラッカー: リリース近かったり、本番で動いてるやつが止まると普通にあるぞ……
ポテト: 普通は無いでござる
パッタイ: 投資銀行とかコンサルとか、すごい稼いでる人たちは、そんなこともあると聞きますけどね
ソーダ: ……そうなんだ
僕には想像がつかない世界だ。
たくさん働いて、たくさん稼いで。
金箔のせ: 私たちは気楽に遊んでるからさ。忙しいだろうけど頑張ってー!
ペッパー: 健康には気をつけて、早く戻ってきてくださいね
ソーダ: ありがとう!
ゲームを閉じた。
おこめさんからは、来月頭に新しいプロダクトのリリースを予定していて忙しい、とまでは聞いてた。
クラッカーの言うとおり、バタバタする何かがあるんだろう。
次回、聞いてみようかな。
またデートの楽しみが増えた。
土曜日。
ブラックだと分かってる物流倉庫のバイトに行く。気が重いけど仕方ない。
昨日ギリギリまで、もっと良い週末バイトを探したけど、これしかなかった。
仕事から帰った後、気絶するように昼寝した。
起きたあと、日曜日のバイトをするか悩む。
今、プレゼント代は9万円まで貯まった。
もっと稼ぎたい。
アプリを開き募集ページをスクロールして、止まった。
おこめさんの言葉が頭に浮かぶ。
「疲れてるときは無茶しないで休んでくださいね」
そうだ。
おこめさんと無茶しないと約束した。
それに、倒れて稼げなくなったら元も子もない。
明日はバイトを入れないでおこう。
アプリを閉じる。
平日のバイトを増やすとか、工夫しよう。
そう思いながら寝た。
日曜日。
待ちに待ったおこめさんとの定例ビデオ通話だ。
今日のおこめさんは、白いカッターシャツに、大きな青いストーンのイヤリング。
「こんばんは」
「こんばんは!颯太さん」
少しだけ疲れた顔をしていたけど、相変わらずシャンとしてオシャレだ。
服装に可愛らしさはあるけど、何となく仕事着だと思う。
「おこめさんは、お仕事中? オフィスなの?」
直球で聞いてみた。
「あ、はい。最後の詰めでバタバタしてまして。まだオフィスです」
おこめさんが、あっさり頷いた。
教えてくれて嬉しいけど、ちょっと拍子抜けした。
もう少しぼかして言われるかと思ってた。
「おこめさんは、どんな仕事してるの? 最後の詰めって?」
もう少し踏み込んだ。
「うーん。来月の頭に、私の会社で新製品を出すんです。併せて大きなイベントもやる予定で……」
おこめさんは、何故か急にワタワタしはじめた。
「あの。私は社内の何でも屋なのでっ。広報とか技術じゃないんですけど、忙しくなるんです!」
ちょっと気まずそうだ。何で『何でも屋』をそこまで強調するのか分からないけど、何だか微笑ましい。
もっと掘るか迷ったけど、今日はやめておく。
「教えてくれてありがとう。無理せず頑張ってね!」
おこめさんは、ふわりと笑った。
「はい。颯太さんの声を聞けたので元気百倍です」
「僕も。おこめさんと話すと元気百倍」
ふふっ、とお互いに笑いあう。
「そういえば、僕の方も木曜にライン変更の検証があるんだ」
「いよいよですね!」
おこめさんが顔の前で両手をあわせて喜んでくれる。
「うん! また報告するね」
「はい!」
この笑顔も好き。本当に好きだ。
「ね。今度の東京デート、どこ行こう?」
「上野動物園に行ったことありますか?」
「ない。いいね! 行きたい。パンダとか!」
「最近、赤ちゃんが生まれたらしいですね。見ます?」
「え! 見れるの?」
人気過ぎて抽選だと聞いたことがある。
「はい、たぶん。行きましょう」
おこめさんがクスっと笑った。
短い通話だったけど、本当にこの時間が癒しだった。
あらためて、大好きなおこめさんに、ちゃんとしたプレゼントを贈りたいと思う。
日曜日に休んだ分、平日は毎日バイトすることにした。今までの週3回2時間に加えて、空いていた火曜と木曜にも3時間入れる。
これで遅れを取り戻せるはずだ。
火曜日。スーパーの裏口に着いたのは、夜の8時前だった。閉店は10時。
明日の朝に向け、閉店間際から閉店後にかけての品出しが仕事だ。
「あ、イツデモさんですね。バックヤードに荷物まとめてあるから。フロアに出してくださいね」
主任のおじさんが軽い口調で言った。
僕がイツデモさんと呼ばれるのは、もう慣れた。
いや、諦めた。
バックヤードにいるパートのおばさんから指示をもらう。10キロのお米とか、重いものばかりを運ばされて後悔する。
最後の30分は足が震えるくらい、疲れ切っていた。なんとかやり終えて家に帰った。
玄関を開けると、母さんが心配そうに顔を出した。
「颯太、あなた大丈夫?」
「うん……、ちょっとバイトを増やしてるから」
父さんが隣の部屋から顔を出した。
「最近、忙しすぎないか。どうした」
「クリスマスプレゼントを頑張ってる」
少し間があった。
「分かるけど、倒れない範囲にしなさい」
母さんが言った。
「……うん」
今だって倒れそうだと思ったけど、言わなかった。
代わりに、明日から寝坊したくないから起こしてもらうことにする。
「子供か!」と言われたけど、結局、了解してくれた。
まだ10万円。頑張らないと。
木曜日。僕は、何とか起きた。
まだ火曜日の疲れがとれない。
「顔色悪いし、今日は休んだら?」
母さんからそう言われたけど「大丈夫!」と言った。
今日は僕が提案したライン変更の検証が予定されている。
休むわけにはいかなかった。
雲が近く、空はどんよりと暗い。
木枯らしが寒かった。




