3-18 彼女が膝枕で耳かきしてくれた
◇
何故、気に入ってくれたのか。
僕も聞いたことが無かった。
気になる。
「今振り返るとなんですけど」
おこめさんが少し恥ずかしそうに言った。
「ゲームで、下品な人に絡まれたことがあって」
「どんな感じ?」と遥香。
「大切な交渉相手ではあったんですけど、下ネタとか、風俗のこととか、聞いてもないのに会話にちょこちょこ入れてくるんです」
「うわっ」
特に女性陣が引いている。
僕も思い出した。
「私の人生、そういう人とそれまで縁がなくて。だから、どう対処して良いか分からなくて結構しんどかったんですよ」
「ゲームってそういう人いるよね」
浩太郎が言った。
「颯太さんに、ちょっとそれ愚痴ったんです。颯太さんも、サブリーダーだったから同盟の方針とか一緒に考えてて」
あったなぁ。
あのときまで、おこめさんは男の人だと思ってた。
「最初はちょっとした愚痴のつもりだったんですけど、颯太さんがずっと聞いてくれて。なんか、どんどん引き出されていく感じがして」
「引き出される?」
遥香が聞いた。
「うん、とか相槌をうつだけなんですけど。嫌がらずに聞こうとしてくれて。それで次の言葉がするっと出てきちゃうんです。気づいたら、しんどかった、疲れた、って弱音が出てきてビックリして」
おこめさんが少し苦笑した。
「普段、弱音って出さないんですよ。出す相手もいないし、出す場所もないし。だから自分でも戸惑ったんですけど」
「颯太はなんて言ったの?」
翠が僕に振った。
「……覚えてないけど、たぶん、そっかそっか、しんどかったね、くらいしか言ってないと思う」
「それだけなんですよ」
おこめさんが頷いた。
「解決策も励ましもなくて。ただ、しんどかったね、って」
「それが良かった?」
「すごく楽になったんです。あ、この人には弱音を言えるんだ、って。そのとき初めて、そういうことができる人がいるんだな、と」
「……で、好きになったの?」
大輝が突っ込んだ。
「そのときは気づいてなかったんですけど……」
おこめさんが照れたように笑った。
「そこから、だんだん気になりだして。たまたま出張があったので、会ってみようかなって」
そうだったんだ。
僕はビックリしたけど納得もした。
「颯太って、それが昔からうまいんですよ」
遥香が言った。
「ひたすら聞けるし、興味を持ってちゃんと聞くから、話したくなっちゃう」
おこめさんが「分かる」という感じに深く頷いた。
僕は、嬉しいやら恥ずかしいやら。
「そうそう。皆、何かあると颯太くんに言ってたよね。女子からも恋愛相談とか失恋の愚痴とか、よくつきあわされてたし」
翠が言った。
「すると颯太さん、モテたんですか?」
皆が黙った。
「……相談相手としては、すごくモテた」
翠が言った。
「その『としては』、いらなくない?」
「でも実際そうだったよね」
「そうそう」
「女子とはよく話してた」
おこめさんが少し首を傾げた。
「それで、颯太さん自身の恋愛は?」
「「「何も」」」
みんな首を振った。事実だけども!
「何もって」
「好きな子ができても、様子見してるうちに、その子が別の人と付き合う」
遥香が説明する。
「それを何回か繰り返してた」
おこめさんが僕を見た。
「……何でだったんですか?」
聞かれると恥ずかしい。
少し考えた。
「うーん……。釣り合わないと思ったら、自分から動けなかった。あと、友達として良い関係があると、それを壊したくなくて」
「そう。それ!」
大輝が頷いた。
「自分のことは、いつも一番最後にしちゃうんだよ」
「見てて歯がゆいんだよね」
翠も続ける。
僕の昔の恋愛が、みんなの共通認識として整理されていく。
本人抜きでやってほしかった。
「で、颯太は、彩夏さんのどこが好きなの?」
浩太郎が振ってきた。
彩夏さんの前で、この質問に答えろと?
この飲み会は拷問だろうか。
僕は覚悟を決めた。
「全部!」
「全部って言うな」
「全部なんだよ。田んぼで捕まえたアマガエルに目をキラキラさせてるおこめさんも、オシャレを楽しんで、気づいて褒めてーってくるおこめさんも、仕事頑張ってるおこめさんも」
ビールを飲んでから断言する。
「好きじゃないとこ、ない!」
「なんか恥ずかしくないの、それ言うの」
浩太郎が半笑いになった。
「恥ずかしいけど本当のことだから」
そう。おこめさんが隣にいなくても、同じことを言った自信がある。
ふと、おこめさんを見る。
耳が少し赤かった。
「彩夏さん、照れてる?」
翠が笑った。
「……颯太さんだって、顔赤いです」
突然こっちに来た。
「僕はビール飲んでるから」
「ずるいです」
「何が?」
「私だけ照れてるみたいじゃないですか」
皆が笑った。
「じゃ、私も颯太さんの好きなところを言っていきますからね! 覚悟してください」
おこめさんは、けっこう負けず嫌いだ。
最後は褒めあい合戦になって、二人の顔が真っ赤になった。
飲み会は、大盛り上がりで終わり、おこめさんは全員と連絡先を交換した。
今日もおこめさんのホテルに泊まる。
実家に招待する勇気はまだなかったし、おこめさんも、当然のようにホテルに泊まろうとしていた。
前回と同じホテルだけど、今回はスイートルームじゃなかった。ホッとする。
それでも、デスクもソファもある良い部屋だ。
部屋のソファに一緒に腰をかけた。
「僕の友達、良い人たちでしょ」
「はい。皆さん、颯太さんのことを心配してたんだなって分かりました」
「うん。お互い何かあったら最優先で助けにいく。そんな仲間なんだ」
「良いですね」
おこめさんは微笑んで頷いた。
そして、いたずらっぽくニコリとした。
「颯太さん、横になってくれますか」
自分の膝をポンポンと叩いた。
「え」
ここに頭を乗せろって?
おこめさんがポーチから綿棒を取り出した。
「さ、横になってください。私、颯太さんに耳かきしてあげたいんです」
有無を言わさない声だった。
ゴロンと転がる。
おこめさんの膝が柔らかくて温かかった。
良い匂いがする。
おこめさんの爽やかで少し甘い香り。
「くすぐったい」
「じっとしてください」
おこめさんが静かに耳かきをしてくれた。
「颯太さん」
「うん」
「疲れてるときは、無茶しないで休んでくださいね」
「……うん」
「約束ですよ」
「約束する」
できるかどうかは、正直分からなかった。
でも、おこめさんの膝の温もりが全身に伝わってくる。
今日だけは素直に頷こうと思った。
◆◆◆
◎
颯太さんの耳の中をそっと綿棒で撫でる。
あ、耳の後ろに小さなほくろがある。
耳かきは彼氏ができたら、やってみたいと思っていたことの一つだ。
ネクタイも締めてあげたいけど、颯太さんはネクタイをしないから機会がなさそう。
しばらく耳かきをしていると、颯太さんが膝の上で、うつらうつら、居眠りをはじめた。
颯太さんの髪を撫でる。
明らかに疲れ切っている。
何をそんなに頑張ってるんだろう。
堅実な颯太さんのことだから、普段から計画的にお金を残しているはず。タイヤと車検を理由に、急にバイトを入れるのは違和感がある。
何か、別の理由がある。
颯太さんの力になりたいけど、教えてすらくれないことに少しモヤモヤする。
無理しないと約束してくれたけど、答える声は小さかった。
たぶん守れるかどうか自信が無いんだろう。
でも無理しようかどうか迷ったとき、私の心配を少しでも思い出してくれたら嬉しい。
颯太さんが少し重くなってきたので体勢を変えると、颯太さんが目を覚ました。
「颯太さん、気持ちよかったですか?」
「うん。すごく気持ちよかった。ありがとう」
膝のうえで颯太さんが微笑んだ。
「ごめん、ちょっと寝ちゃった?」
「ちょっとだけ。さ、お風呂にいきましょう」
「そうだね。お風呂に行こう」
颯太さんが立ち上がる。
お風呂のあと、ベッドに移る。
颯太さんが「この匂い、好き」と言いながら抱きしめてくれる。なんだか、前回よりも骨があたるというか、少し痩せた気がする。
颯太さんの顔を見ていると、優しくキスをしてくれた。
「好きだよ」
「はい。私も……」
それから電気を落として、ゆっくりと愛しあう。
颯太さんの肌が少し冷たくて、私も温めてあげたかった。
お互いの熱がおさまると、シャワーを浴びてベッドに戻った。颯太さんを抱きしめる。颯太さんも抱きしめてくれた。
優しい腕の中で颯太さんの愛情に浸る。
「眠い?」
「眠くないです」
「今、目閉じてたよ」
「閉じてません」
「閉じてた」
「……3秒くらいです」
颯太さんが笑った。
「もう、寝ていいんじゃない?」
「颯太さんが寝るまでは起きてます」
「なんで?」
少しだけ、抱きしめる腕に力をこめた。
「もう少し、こうしてたいので」
「そっか」
やがて、颯太さんから寝息がするようになった。
温かな腕を抜け出して、バスローブを羽織る。
颯太さんの髪を優しく撫でてからデスクに座る。
既にタコちゃんがパソコンを設置してくれていた。
ノートパソコンの蓋を開ける。
画面の光が暗闇に静かに広がった。
新プロダクトのリリースまで、あと13日。




