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3-16 アヤカさん、雰囲気変わりましたね

◇


「えっ……」

遥香の言葉の後、奇妙な沈黙が部屋に漂った。


気まずい。

僕は立ち上がった。


「ちょ、ちょっとトイレ行ってくる!」


廊下に出てスマホを取り出す。


田中颯太: 姉ちゃん、今日暇?家来れる?


幸い、すぐ返信がきた。

飯田穂乃花: なんで?どした?

田中颯太: 遥香が家に来てるんだけど失恋でヤバい


しばらく間があった。


飯田穂乃花: わかった。30分で行く

田中颯太: ありがと



僕は深呼吸してリビングに戻る。

「母さん、お腹減ったー」


母さんに声をかけた。

「そっか、あんたランチ抜きだった。温めるね。遥香ちゃんもいる?」

「あ、大丈夫! ありがとう」

「おっけ。リンゴあるから切るね」


「颯太、ランチ抜きってどうしたの?」

「いやー、バイトで疲れちゃって」

「え! バイト?」

「そうそう。最近さ……」


ランチを食べながら遥香と話す。

遥香と母さんもリンゴを食べた。


やがて、お姉ちゃんが来た。

「遥香! 久しぶりじゃん!」

「ほのねぇ!」


お姉ちゃんが来た途端、空間が賑やかになった。

僕は少し後ろに引いた。


おこめさんの話題になったのは、お姉ちゃんが来てから少し経った頃だった。


「颯太の彼女に会ったんだって?」

「会ったよ。すごくオシャレだった」


「あー、私も写真見て思った。完全にモデルさんだよね」

「そうそう」


「ブランド分かった?」

「うーん、分かんない。ロゴなかったし。けど、高そう」

「あ、やっぱり。颯太は?」

「分かんないけど、すごく似合ってた」

「惚気か!」

お姉ちゃんにツッコまれた。

「いいじゃん! 事実なんだから!」

僕が反論したら遥香が吹き出した。


「彩夏さんは、生地の質感とかデザインとか、近くで見れば見るほど普通じゃないんだよね。化粧品もハイブランドばっかりだったし」

「うわー、颯太、お前逆玉じゃん! 良かったな。あたしに感謝しろよ!」


お姉ちゃんが僕の背中をバシン、と叩いた。


「痛い。感謝はしてるけど」

本当に痛い。


「あはは!」と遥香が笑った。


「でも颯太、彼女ができてから、ちょっと変わったよね。少し自信が出てきた感じがする」

お姉ちゃんが、さらりと言った。


遥香も、うんうんと頷いた。

「そ、そうかな?」

僕は恥ずかしかった。


気づいてなかったけど、もしそれが本当なら、おこめさんのおかげだ。

あんなに素敵な人が僕を愛してくれてるから。


僕は、おこめさんをもっと好きになった。



おこめさんの話題が一段落すると、僕は遥香をお姉ちゃんと母さんに任せて、外に出た。


用事があるわけじゃなくて、空気を吸いたかった。


秋の夕暮れが道路を橙色に染めている。

さっきのことを考えた。


遥香は本気じゃないと思う。

ただ傷ついて、弱気になっているだけだ。


でも……これからは、二人きりで会わないようにしよう。それが正しい。

僕には、おこめさんがいる。



明日のバイトも、今日行ったモラハラ倉庫だ。

気が重い。


でも、それさえ乗りきれば、おこめさんとのテレビ通話が待ってる。

あれがあるから、また1週間を頑張れる。


秋の夕暮れが、すこしずつ夜に変わっていく。

プレゼント代貯金は7万3千円。

目標は20万円。半分にも届いてない。


まだまだ先は長い。


◆◆◆


◎


日曜日の定例の時間。

颯太さんはいつものように通話をかけてきてくれた。でも、明らかに疲れてる。


「こんばんは。颯太さん、大丈夫ですか?」

「うん……。大丈夫!」

笑顔にも元気がない。


「元気パワー送りますか? キラキラーって」

「ん、ありがと。元気出た」

「あの、まだ送ってないです……」

「大丈夫。おこめさんの笑顔から元気もらってるから!」

確かに明るい顔にはなってくれたけど。


「最近、ずっと疲れてます。どうしたんですか?」

「ちょっとバタバタしてて」

「何でです?」

「うーん、色々かな」

笑って、そこから先は教えてくれなかった。

心配が募る。



水曜日の午後。

連続起業家、アヤカへのインタビューが予定されている。


シンガポールのプロダクションスタジオは、ビル群の中の一角にある。


「お忙しいところ、ありがとうございます、アヤカさん」


今回は信頼できるメディアのインタビュアーで3回目。質問リストも事前に確認済みだ。


プロに撮影前のメイクをしてもらった後、白いマダラチョウの仮面をつける。

連続起業家アヤカの象徴だ。


インタビューは順調だった。

ビジョンの話、プロダクトの話、市場の話……。


何週間も磨いてきた内容だ。

淀みなく口から出ていく。


インタビュアーも優秀でテンポが良い。


「今度のカンファレンスは、大きな注目を集めていますね。基調講演は『人類の目覚め』をテーマにするそうですが、どういう意味ですか」


「詳細は、基調講演をお待ちいただければと思いますが、私たちはサイバーパンクの世界とユートピアの世界の分岐点に立っています」


おこめとして、最近、疲れた顔の颯太さんを内心で思い浮かべる。

アヤカとしても、本当は、何かしたかった。


「技術の進化と利用は止められません。だからこそ問われるのです。私たち人間が、全ての人間が、人間としての温かさと尊厳をどう保ち続けるのかと」


「なるほど。楽しみにしております」

インタビュアーが頷いた。


「最後に」

インタビュアーが少し前のめりになった。


「アヤカさんにとって成功した状態というのは、どんな姿ですか?」


少し間があった。


颯太さんの顔が浮かんだ。

理不尽なエンディングを嫌い、ハッピーエンドを信じている人。


一緒に映画を観たとき、ハッピーエンドを迎えると、颯太さんは静かに「良かった」と言った。

本当に良かった、という声だった。


誰かが幸せになる結末を、あんなに純粋に喜べる人がいるんだと知った。


思いを込めて、ゆっくりと話した。

「事業を通じて、より良い社会を実現することは企業としての大前提です。その上で……、この事業に関わるすべての人が幸せになってほしいです」


正直、昔はこの手の言葉を戦略として使っていた。誰かにアピールするためだけの言葉として。

今は違う。


「ユーザー、取引先、従業員、投資家。全員と言うのは簡単ですが、実現するのは難しい。でも今は、それが本気の答えです」


インタビュアーが細い眉を少し上げた。

「……アヤカさん、雰囲気、変わりましたね」

断言のトーンだった。


「そうですか?」

アヤカとして微笑んだ。

そうかもしれない、と思いながら。


取材が終わって仮面をケースに収める。

夕方のシンガポールの空は、雲がぶ厚かった。


新潟に行くのは今週末だ。

颯太さんに会って、ちゃんと確かめないと。

なんで元気がないのか。


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