3-14 本当は、もっと話してほしいけど
◇
宇宙大戦の翌朝。
僕は妙にスッキリした気分で目が覚めた。
嫌な予感がして、急いでスマホの時間を見る。
寝坊した!
アラームを止めた記憶もないけど、気づかなかった。
勤務開始まで、あと15分しかない。
倉庫までは、どう急いでも30分以上かかる。
慌てて電話をかける。
平身低頭で謝ったけど、「もう来なくて良いです。じゃ」と冷たく切られた。
急いでスキマバイトのアプリから、直前キャンセルの手続きをする。
ペナルティポイントが加算された。
このポイントが溜まると、アカウント凍結されて仕事を受けられなくなる。
一発凍結はギリギリ免れた。
だけど、あと一回でも遅刻や前日キャンセルをすれば、アカウント凍結されてしまう。
「……やらかした」
思わず声が出た。
頭を抱える。
ショックで、しばらくベッドから立ち上がれなかった。
今日入れるバイトを探したけど、そんなに都合良くは見つからない。
夜、おこめさんと定例のビデオ通話をする。
今夜のおこめさんは、白くて柔らかそうなブラウスだ。
大ぶりの青いストーンが耳元で揺れている。
「こんばんは!」
「こんばんは」
「颯太さん、ちょっと疲れてます?」
心配そうな顔をされてしまった。
「うん、昨日宇宙大戦争で遅くまで起きてたから」
「そうでした。無理しないでくださいね」
「イベント、3位だったよ! ラストアタック取られちゃって。みんな、おこめさんがいなくて嘆いてた」
「そうなんですね。インできなくてごめんなさい……」
「大丈夫!それより、こないだのミニゲーム、やっぱりめっちゃイジられたよ」
「ふふっ。いなくて良かったです」
「おこめさーんっ」
おこめさんとの会話は本当に元気が出る。
それだけで、さっきまでの落ち込みが嘘のように消えていく。
だからこそ、言えなかった。
バイトで疲れていること。
寝坊して、今日のバイトに行けなかったこと。
心配されたくなかった。
僕にできる最高のプレゼントを渡したい。
通話が終わって、貯められた金額を数える。
貯金は6万6千円。
目標の20万まで、あと13万4千円。
クリスマスまで、あと2か月強しかない。
もう前日キャンセルもできない。
◆◆◆
◎
日曜日の夜。
颯太さんとの定例まで後10分しかないけど、会議が白熱してる。
何とか、定例までにケリをつけないと。
「テストユーザーからのフィードバック、想定よりポジティブです。特に使いやすさは、リンのチームの仕事が効いてる」
ヒジャブを被った営業主管のアミラが言った。
「でしょ」
リンが髪のLEDをチカチカ光らせながら頷く。
「自慢しないで、リン」
「事実を言ったまで」
「油断できない。悪用防止機能でバグが2個見つかってる。見逃したらヤバいやつだった。来週までにはパッチを当てられる」
リードエンジニアのトレイシーが資料を指で叩いた。ニュージーランド訛りがすごいけど、腕は確かだ。
「了解」
アヤカとして頷く。
安全性の問題は、最後まで潰しておきたい。
「グラハム。11月頭のカンファレンスまでに、初期反応は形にしておきたいです」
「分析は進めてる。来週、ドラフトに組み込んだ案を見せられる。スピーチ全体も引き続き詰めてる」
「ありがとう」
視界の端に表示された時計をちらっと見る。
あと2分で颯太さんとの定例だ。
どんなに忙しくても、少しは颯太さんとおしゃべりしたい。
「さ、これで終わりましょう。皆、ありがとう」
「はーい」
リンが立ち上がりながら、ウインクした。
アヤカの次の予定がバレてそうな顔だった。
足早に会議室を出る。
三つ隣の空き会議室に入ってドアを閉めた。
ここは少し防音性能が高い。
パソコンを開きながら手鏡で手早くチェック。
こういうときタコちゃんがいてくれればと思うけど、オフィスだと難しい。
目元の化粧を綿棒で素早く整え、リップを塗り直す。あとはミスト頼みだ。
ギリギリ颯太さんからのコールに間にあった。
ワンコールもなく今日も取れた。
「こんばんは!」
颯太さんとの会話は、癒し効果があると思う。
でも颯太さんに元気がなかった。心配になる。
聞けば昨晩の宇宙大戦争で疲れたとのこと。
それだけだろうか。
単に疲れたにしては、表情が暗い。
もう一度、それとなく聞いてみたけど原因は見えなかった。
何かトラブルが起きているかもしれない。
気のせいかもしれないけど、もっと話してほしい。
「おこめさんは? 今日、仕事どうだった?」
「えっ……。まあ、いつも通りです」
「そっか。おこめさんも無理しないでね」
……人のこと、言えない。本当に。
「そういえば、今日、会議が長引いちゃって、定例に間に合わないかと思いましたよ」
「そんなギリギリだったの?」
「はい」
颯太さんが突然、真面目そうな顔を作った。
「……フェーズジャンプ開始します」
思わず吹き出す。
「それです! フェーズジャンプしました!」
「職場でやった?」
「はい。バビューンと窓を破って」
飛んでるみたいに両手を前に出す。
今度は颯太さんが吹き出した。
さっきより表情が明るい。
颯太さんと話していると、あっという間に時間がたった。
本当はもっと話したい。
だけど、颯太さんをあまり夜遅くまで引き止めるのは良くないし、自分にも次がある。
颯太さんが大欠伸をしたところで切り上げた。
「颯太さん、もう寝てください。眠そうだから」
「うん、確かに、眠い……」
「お話できて嬉しかったです。おやすみなさい」
「おやすみ」
画面が暗くなった。ふう、と一息つく。
お手洗いに行く間もなく、仕事のチャットが入った。
グラハム: アヤカ、メディアコーチが来た
アヤカ: ありがとう。すぐ行きます
立ち上がる。来週のインタビューに向けて想定問答を磨く時間だ。
メディアコーチングは今回3回目だけど、いつも激詰めされるので気が重い。
会議室に向かう廊下で、もう一度颯太さんの顔を思い浮かべた。
絶対、ゲームだけじゃない。何かある。
心配だけど、今は次の予定をこなさないと。
次回の定例でも元気が無かったら、もう少し聞いてみよう。
会議室のドアの前で息を整えた。
メディアコーチング、必要だけど嫌だなぁ……。
笑顔のスイッチを入れて扉を開ける。
新プロダクトのリリースまで、あと26日。




