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3-12 頑張りすぎて倒れないようにね

◇

気づけば、水族館に行くには遅い時間になっていた。僕たちは、シャワーを浴びた後、ソファでくつろぐ。


「……水族館、行けなくなっちゃいましたね」

「うん」


二人で顔を見合わせて、なんとなく笑った。


僕たちはソファに並んで座りゲームを立ち上げる。日曜日の日中だから、インしているメンバーは少ない。


二人ペアのミニゲームを選んだ。

いつもは、ジェネラルさんとそのサブアカが首位を独占しているけれど、その記録を破れるか。


このゲームはテキストチャットオンリーだ。

だから、おこめさんと実際に会話しながら一緒にプレイするのは新鮮だった。


「右、行きます」

「うん。僕、引きつけるね」

「お願いします」


声で相談できるから、操作の手も止まらない。

リアルで隣に座って息を合わせる僕たちの連携は完璧だった。


見事、今月の首位をジェネラルさんから奪取する。


「勝てたね!」

とお互いの画面を見せ合って笑う。

これが僕たちの愛の力だ!と内心喝采をあげた。


「愛の力の勝利ですね!」

おこめさんが本当に言った。

しかも自慢げだった。


大好きだ、と思う。


おこめさんはスペックだけなら高嶺の花なのに、肩肘張らないで一緒の時間を楽しめる。

何気ないこんな時間が一生続けばいいのにと思った。



だけど時間が経つのは早い。

もう帰る時間になってしまった。


まだお腹が減ってなかったので、ゴンダムさんがおにぎりを作ってくれた。


「私、東京駅まで送ります」

出る前におこめさんが言った。


「家にいて良いよ。疲れてるでしょ。夜遅くに一人でここまで戻ってもらうのも申し訳ないし」


「私も颯太さんが帰っちゃうのは、淋しいんです」

おこめさんが悲しそうな声だ。

一撃ノックアウトされた。


ゼロ距離で腕を組んで、一緒に駅に向かう。


帰りも自由席だから、いつ乗っても大丈夫。

二人とも名残惜しくて3本くらい飛ばしちゃったけど、諦めて新幹線に乗った。


新幹線のシートに座って、ため息を吐く。

膝の上に、おにぎりの包みがある。


本当なら、ずっと東京にいたかった。

最高の週末だっただけに、明日の仕事を思うと気が重い。


ふと、おこめさんの最寄り駅の1LDKの家賃が気になった。


東京だしターミナル駅じゃないけど、オシャレだし高いんだろうなとは思っていた。


スマホで調べる。


僕の手取りを下回る物件は1軒もなかった。

分かってたことだけど、おこめさんは僕よりもずっと稼いでる。


やっぱり妥協せず、あの20万円のネックレスを贈りたい。


今回はホテル代が浮いて本当に助かった。

貯金は4万7千円になった。

20万まで、まだ15万以上ある。


ちゃんと頑張らないと。

プライドとかそういうものを越えて、ただ、おこめさんに似合うものを渡したい。


太陽は、とっくに沈んでいた。

窓の外は曇り空で夜空には星も月も見えなかった。


◆◆◆


◎


日が沈んだばかりの薄闇の中、颯太さんを乗せた新幹線がホームを離れていく。


颯太さんが見えなくなるまで手を振った。颯太さんも最後まで振ってくれた。


颯太さんが見えなくなっても、足は動かなかった。

新幹線が見えなくなって、やっと踵を返した。


淋しかった。

でも、いつまでも一緒にはいられない。


自分もシンガポールに戻らないと。土日に溜め込んだ仕事は徹夜しないと挽回できない。



火曜日、ゆきさんがシンガポールに来てくれた。

シドニーから東京に戻るついでらしい。


ゆきさんは、日本最高のベンチャーキャピタリストであり、自分の会社にも出資してくれている。


自称ゴールドミス、つまり独身貴族の彼女は48歳とは思えない、しっとりとした美しさを持った女性だ。


高級レストランの個室で一緒に夕食を食べる。


「元気にやってる?」

「やってます」


「カンファレンスのゲストも順調?」

「はい。注目度が高いというのもありますけど、グラハムさんが優秀ですね。すごく助かってます」


しばらく仕事の話をした。

ゆきさんは要所だけ確認して、あとは「あなたの判断に任せる」と言う。だけど、ゆきさんと会話すると、自然と自分の考えが深まった。


仕事の話が一段落したところで、ゆきさんがふと言った。


「で、最近、彼氏ができたそうね?」


ゆきさんには、颯太さんのことも時折相談してきた。だけど面と向かって聞かれると恥ずかしい。


「ふふ」

ゆきさんが、にっこり笑った。

「やめてください、その目で見ないで」

「あなた、雰囲気が少し柔らかくなってるもの。良い意味でね」


恥ずかしくなった。

リンにも似たようなことを言われた。


「幸せそうね」

ゆきさんが、ふわりと笑った。


「あなたを心の底から、ただの女の子として大切にしてくれる人は少ないと思う」


ゆきさんは私のことを一番近くで見てきた人だ。お姉さんのように、お母さんのように。

学生起業の頃の私も、男性とのお付き合いに臆病になった私も、全部知っている。


だからこそ、ゆきさんの言葉が胸にしみた。


「彼には、あなたの仕事のこととか資産のこととか、もう言ったの?」

「まだ、言ってないです」

「そう」

ゆきさんは、少し間を置いた。


「難しいよね。慎重にね」

「……はい」


慎重に。その言葉だけだった。

それ以上、ゆきさんは聞かなかった。


ゆきさんとは、エレベーターで別れる。

「次に会うのは、あなたのカンファレンスね」

「はい」


「頑張りすぎて倒れないようにね」

「はい、気をつけます」


ゆきさんが笑った。

「冗談。信頼してるわよ」

そう言ってエレベーターに乗り込んだ。


新プロダクトのリリースまで、あと31日。


だけど、颯太さんに自分の正体をいつ言うのかは未定。

それだけは、まだ決められなかった。


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